
理屈じゃなくて、その違いを実感したい。
車重は半分だがパワーだって半分だ。そんなクルマと一緒に走って一体どんな世界が見えるというのか。それが知りたいんだ。
クルマは中からじゃなく外から見てこそ理解できる事がある。
ちょっと試乗したくらいで解るハズもない本当の限界の高さ…自分で走っても理解できないそれが、一緒に走り合うだけで解ることがある。
ベンチマークは400馬力60キロの135i、不足は無いだろ。
エリーゼ…雰囲気だけでその値段は高すぎる。わかったつもりの高い限界話なんてどうでもいいから、その乗り降りにも苦労する這いつくばったカッコの、そして背中にしょったエンジンの、水洗いも拒絶するそのFRPボディの本当の理由を見せてみろ!
先行するエリーゼに135iは後追い。
何という遠慮の無さ…当たり前だ。一体何に遠慮するというのだ、そもそも奴はこっちなんて見ていない。
そう、2台はそこで一緒に走っているかもしれないがお互い一番の敵はそれぞれの目の前に広がる路面と言って良い。
異種格闘技の鉄則は絶対に自分を見失わないコト。
ライン取り、ブレーキングポイント、加速のタイミング、ある瞬間の速度…その全てが全てに於いて異なって当然、が本当に理解できていること。
後ろに付いて同じ事をしたと思ったら。
相手のクルマに一瞬でも気を取られるようなコトがあったら。
まず間違いなく飛ぶ。
同じ操作をすれば同じように走れる…そんなレベルの低い話はここでは通用しない。乗っているクルマの長所を最大限に生かす走りが出来なければ付いて行くのはおろか、一瞬にしてミラーの彼方に消し飛ばされてしまうだろう。
それにしてもこの登りを何という速度で駆け上がるのだ。軽さが効いているのか、ホントにパワー半分しか無いのか!?
前タイヤが逃げ始めるまで速度を高めていかないと差が開いていくなど、登りのコーナーでは経験した事がない。
圧巻は、何も考えてないんじゃないかと思えるほどの左右切り返しの荷重移動の早さ…!ドライバーの思い切りの良さも全然普通じゃないが、それを当たり前のように受け入れるエリーゼもどうかしている…。
こっちは真似てそんなコトしようものなら、そのまままっすぐ横滑りだ。細心の注意でしかし大胆に荷重を乗せ、だが落ち着きを確認するほんの僅かの間を確実に作ってそして次のアクション。
このリズムが少しでも狂うと、大きくラインが外れてとっちらかってしまう。
ここで姿勢を崩すくらいなら少し控えめに安定させ、次に来るだろうほんの少しの直線を待ってなるべくアクセルを開けられる時間を多く取るコトを狙う方がよほど差が詰められる…それが重戦車BMWのハンドルを握る自分がやるべきこと。
この時のエリーゼはと言えば、それを楽にこなせているのかそれともピンポイントのバランスで結構リスクを負っているのか…よく判らない。
しかしこれまた全く信じられないような左側インサイドへの寄せ…クルマの側面を本当に擦っていないのか?目を疑ってしまうほど近く鋭く、コーナーをえぐるように走る…。本当は、どのくらい寄っているのか自分で分かってやってないのでは、と見ている方が恐ろしくなるほど。
いずれにしても、こちらがパワーで取り返せる余地はほんの僅かに残されているだけ。400馬力60キロでコレかよ…だがその少しがあるだけマシで、その他は結構いっぱいいっぱい、というよりどちらかと言えば分が悪い…。
まだ何とかついて行けている…しかし、どこまでこの道は続くんだ、正直いつまでもこの状態を保てるかどうか自信は無い。
突然、それまでの木が立ち並ぶ景色が割れ、視界の大半を青空が覆った。普通に走っていればハッとするほどの綺麗な景色の移り変わりだったに違いない。
しかし次に来るものを知った自分には戦慄が走り、頭の中が真っ白になる。
「…この先は下りか!!?」
登りがあればその先は下っていてもなんら不思議は無い。が、この時ばかりは「なんてこった」という言葉以外浮かんでこない…。
だが、そんなこちらの一瞬の躊躇も全く意に介せずといった様子で、しかもここからが本番と言わんばかりにエリーゼが下りに向かって全開…!
「冗談でしょ!」
こちらも思いっきりアクセルを踏み込んで後に続くが、倍の車重を持つという事実が何を意味するのか解らないワケじゃ無い。
だけど、行けるところまで行くしかない!
不幸中の幸いだったのは135iの6ポッドブレーキは下りでも十分な制動力を発揮してくれること。登りとは比較にならないほどシビアだが、思い切った突っ込みも許容し想像通りの減速を得続けられるのは心強い。重量配分の良さも、不用意なリヤのブレイクを誘う感じが無く余計な気遣いをしなくてイイ。
だがそれとて前を行く奴に対してのアドバンテージと言うほどにはなっていない。
そんな事より、重力の力を借りて更にコーナーからはじき出されるように立ち上がりが鋭くなっていくエリーゼ、マジかこれは…!
アレを追い続けるには、いよいよ自分の車線分だけでは足りないか…!
初めて、あれだけコンパクトと感じていた135iをデカイと思った。ホイールベースが長すぎると思った。
目の前をいくエリーゼに対し、明らかに曲がっていない。
この下りで!ヤツよりも速くコーナーを回るにはどうすればいい、この大きく長い(!)クルマでとにかく小さく回り、出口に早く向け、より長くアクセルを開ける…そのためには突っ込みから一瞬でクルマの向きを変えるようにワザと滑らせていくしかない…!
しかし焦る気持ちがより深い突っ込みを誘い、徐々にフロントの滑りが収まるタイミングが長くなっていく…という事はアクセルを開け始められるのも遅くなっていく。
登りですらエリーゼの様子をいくらか伺う程度の余裕しか無かったものが、完全に全神経をクルマのコントロールに集中しているだけでやっと。
確かに視界の中に捉え続けてはいるが、僅かに、ほんの僅かずつだけどエリーゼが離れていくのが分かる。
どうやってもその差を取り戻す事ができない。
なんなんだ、アレは。
くそっ、逃げるフロントをより早く収める手立ては…アクセルを更に踏み足してリヤを出す事で荷重を移しフロントの回復を期待する走り方しか無い。
BMWのバランスだったらイケる領域のはずだ。
「…!!?」
出ない、というか何をやってもリヤがこれ以上は出せない?…走り出す前にセットしたDTCモードがスリップ率をコントロールしてしまっている!!
何てコトだ、こんな落とし穴があるとは…!!
出したいケツを出す事ができないとは。
この走りの中、とてもDTCを解除するためにボタンに3秒以上手を伸ばしているような余裕など無い。
あれほど良く出来たシステムと思っていたDTCが、奇しくも乗り手の意思に応えることができない初めての場面に出会うことになってしまった。
しかもこの状況で…ここまでか。このまま頑張るしか無いのか。
…。
もう、どこをどう走ったかなど全く覚えていない。
永遠に続くかとも思われたそのバトルは、突然エリーゼのハザードによって終止符を打つ。
ペースを上げて走れる場所は、ここまでだったのだ。
「助かったかも」
それは正直な気持ちだった。もう少しコーナーが続いていたなら視界から消え去るのは時間の問題だったはず。
続けてクルマを停めるとすぐにエリーゼに駆け寄り、興奮したまま、まくしたてた。
「ダメでした!…ホントいっぱいいっぱいで。エリーゼ速いですね~!!それにウデが全然フツーじゃない!…勝てない、というか多分、負けたと思います、離されてってるからこりゃ負けですよね」
それは今張れる精一杯の虚勢かもしれなかったが、少しの悔しさと共にこの上ない興奮と充実感、そして畏怖にも似たクルマと乗り手への不思議な感覚に包まれる。
エリーゼってのは、こういうクルマだったのか。
ホンモノ。
だけど乗り手もホンモノじゃ無ければ宝の持ち腐れかもしれない究極のバランス。エリーゼもすごいが、そのバランスを実際に見せつけられるテクニックを備えたドライバーに出会えていること自体に感謝すべきか。
やはり最終的にはクルマは乗り手の意志を体現する単なる道具に過ぎないと言える。
走り合えた後だからこそ素直に飲み込めるその言葉、そのカタチ。今はやはり何も知らずに挑みかかった自分に僅かばかりの後悔もある。
無知も怖いが、しかしこうして積んだ経験は何物にも代えがたい深い理解とともに身になっていくのも事実。
BMWもいいバランスを持っていると思うが、それが良ければ同じなのでは無くてバランスレベルの高さに違いがあるという事なのかも知れない。
下りはもうエリーゼを見ている余裕すら無かったが、それで良かったのだ。
本当は、大事なのは勝ち負けでなくて楽しさだと解っている。
なぜなら我々は速さではなくて楽しみを求めてクルマに乗っているからだ。
最高に楽しめた結果が速ければ言うことは無いが、決してそうでなかったとしても楽しめたならそれでOK、そこでは速さは二の次だ。
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「エリーゼ乗りって皆こんなレベルで走るんですか?そりゃまあこのバランスを本当に楽しもうと思ったらアレですけど(汗)」
「だいたい、みんなこんな感じかと(笑)。走って意味のあるクルマなんで、使うってコトでしょう」
「(絶句)持ってるだけの人とかいないんですか」
「そういう人はエリーゼ買わないでしょう!」
「(…あかん(^_^;マジでバカばっかりみたいだ)」
「かなーり、コレ欲しくなったでしょ」
「いらない(キッパリ)!だいたい完全なアソビ車なんだから、セカンドカーでしか持てないでしょ、車庫とかスペースとか、もうその時点で一般人にはムリ!」
「そうですかあ?」
ふと、手に持った1本のタバコに気付く。
「それは…」
「吸おうと思ってくわえたんだけどね、結局あんなんなっちゃったんで置けもせずに、そのままくわえっぱなしで降りて来ちゃったよ(爆)」
どこかのマンガで似たようなのを読んだ気が(笑)。
「…まさか曲がってる最中に火をつけていたとか」
「んなワケないでしょ(爆)」