人生2台目の愛車、嫌マツダ流に言うなら「愛馬」です。
最初の写真だけ私の車です。
鹿児島県の桜島をバックにフィルムカメラで撮った写真をiPhoneで写しました。
1992年に福岡市にあったユーノス店で購入。
ディーラーに行って「イジるからベースグレードでいいです。全国で一番不人気な色はなんですか」と訊ねると即答で「青です」と反ってきたので「じゃぁ青で」と注文。
「本当にいいんですか」と心配されたが「市内でも赤のロードスターは毎日見掛ける。走っていない色がいい」と強行。リセールバリューなんてくそ食らえです(笑
外観は青ボディにたまたま手に入った中古のマツダスピード製の白のフロントバンパーを取付、純正のリアウイング装着。途中で白のハードトップを中古で入手。
前から後ろまでセンターに二本、片側25cmの太いグレーの3Mのシート(当時はラッピングシートなんて有りません)をセンターストライプとして貼りました。
マツダスピード製フロントバンパーの前にHKS製のフロントバンパーを秋口に導入したのですが10cm程度の積雪時にスタートした瞬間に「バキッ!」て音が聞こえて降りてみるとボロボロに割れていました。幾ら何でも弱すぎ。3ヶ月で塗装代込み10万程度って高すぎ。酷い。
製作の外観イメージは大昔のアメ車、シェルビーコブラのオープンカー。
友人達に「お前の車は直線なら1km先でも分かるわ」と笑われていました。
ホイールはENKEIが長かったです。RPF1ともう一種類履いていました。
他も履いていましたがブランド忘れました。白いスポークでメタリックブルーのリムした目立つモノでした。デザインは最高でした。
どれも15inchにアップしていました。
スタッドレス用は最初安物のアルミでしたが、ブリジストン製の真っ白な鉄ホイールなのに同サイズの殆どのアルミより軽いスポーツ用ホイールを謳っていたモノを履きました。ジムカーナ向けを謳うだけありめっちゃ軽かったです。そして剛性も高かったですし鉄ッチン特有の粘りも感じられて雪道での滑り出しが緩やかになり安全で楽しい低速ドリフトを楽しめました。
足廻りはユーノスでマツダスピード製のジムカーナ向けのショックとバネを装着。よく曲がるけど驚くほど乗り心地が悪く、カヤバ製のショックに交換。1年持たずに抜けてしまい、純正ビルシュタインと純正アイバッハに変更。
しなやかすぎて満足できず3年ほどして市販の正規品のビルシュタインとマツダスピード製のジムカーナ向けバネに戻しました。
納車段階でマツダスピード製のリアデフを装着。
ディーラーの技術不足で組み方が悪く3年弱で地元の県庁所在地の一番大きな交差点の真ん中で壊れて立ち往生。
クスコの1wayタイプに交換。
ブレーキパッド、ローター、ホースはエンドレス。
マフラーはRSR。爆音にびっくりして「これはヤバい」と慌ててマツダスピードのエキマニを装着4in1のそれは回転は速くなるのだけどトルクダウンして納得がいかず、RACING BEATというアメリカのブランドがRSRに製作依頼をしていた4-2-1タイプに変更。
注文時はRSRの製作と知らずに注文。納品前に気付いて「これはヤバいかも」と思っていたら取り付けるとマフラーの爆音はなりを潜めいい具合の音に。高回転フィーリングはマツダスピードに譲りますが低回転から中回転までのトルクが厚くなり、峠でのコーナーの脱出速度が爆上がり。
いい組合せでした。
エアクリは純正タイプK&NからHKSの毒キノコへ、そしてK&Nの剥き出しタイプに。
プラグコードを変更し、プラグも熱値を高い物に変更。
出始めだったホットアースのアースシステムを導入。
バッテリーをボッシュ製に交換。
マツダスピードのメタルクラッチと軽量フライホイールを導入。
首都高の渋滞で左足が痙攣する地獄を見ました。
シートはブリッドを入れるも1年程度で金属パイプフレームに身体が当たる感触を感じる使い物にならなくなり、RECARO製スポーツシートの最上位のA-8だったかな、FRPのシルバーバックに上質なファブリックのデカくて後ろから超目立つモノに変更。このシートは今はラインナップから外れていますが凄く良かった。
シフトノブは凄く色々試して最終的にマツダスピードのカーボン巻き。
ステアリングはMOMOのVELOCE RACINGからCOMPETITIPN、そしてNARDI SPORTへと。
RECING BEATの2点式スタイルバー(ロールバー)を装着。これはボディー剛性も上がったけどデザインと仕上げが良かった。曲がり具合とカバーの質感やデザインが最高に格好良かった。
センターパネルにマツダスピードのリアルカーボン製のカバーを装着。
スピーカーはカロッツェリアのリア一体式を後ろに置き、フロントはカロッツェリアからBOSEに。
オーディオヘッドはKENWOOD。
後にヘッドを同じくKENWOODの新モデルにして出始めのCDチェンジャー式KENWOODのナビを導入。CDロムの変更に時間が掛かりイライラするもナビの便利さに大いに感動しました。
納車時に純正オプションのノーズブラを購入しましたが、着けていると中に凄く砂が溜まり、すれてバンパーが細かい傷だらけになったので即廃棄しました。
最終的に純正オプションのリアウイングは外しました。
アンダーパワーでフィーリングの悪いエンジンはずっと不満でした。
エキマニとマフラー交換でだいぶマシにはなりましたが、後年出てきたシビックタイプRのエンジンが羨ましくて堪りませんでした。
YOSHIMURAが出したコンプリートエンジンが欲しくて仕方なかったのですが100万のプライスタグに直ぐには手が出ず、貯金しようと思っていたら完売しました。
最終のビルシュタインにマツダスピード製のジムカーナ向けバネという組合せは乗り心地は最悪でしたがサーキットでは最高のハンドリングマシンになりました。
年に数回、岐阜県の瑞浪サーキットへ行きセリカGT-FOURなどのハイパワー車をコーナーで攻めて煽るのが楽しくて仕方有りませんでした(性格悪いので)
色々イジり倒して、殆どのパーツを交換交換して辿り着いた最終形は自分の理想型でした。
NBが出ると写真が雑誌に出始めた頃も「なんじゃ、このデザインは巨大化しとるがな、顔つきがカエルじゃ無いがな(リトラクタブルライトじゃない)」と見向きもしませんでした。
今もロードスターはこのデザインが究極と信じています。
但し、ノーマルエアロ状態で向かい風の高速道路を走ると100キロオーバー辺りでフロントタイヤが浮いてハイドロプレーニングよりヤバい感じになり、死の危険を感じるのは滅茶苦茶怖かった。
特にオープンにして高速に乗ると向かい風になると必ず浮く。
気持ちがいいとオープンで入ると向かい風以外は普通に走れて向かい風になると浮く、トンネルの中は快適(臭いは嫌だけど)なのに出る瞬間に大抵フロントが浮く。「開発時に実走試験ちゃんとしたのか」と大いに疑問に感じたものです。
今となっては笑える思い出ですが。
そのせいで80km程度でノロノロ走らなければならないのは恐怖とストレスで堪りませんでした。
マツダスピード製フロントスポイラーを装着後はフロントが浮く現象は一切現れず流石マツダスピード、デザインだけでは無く凄まじい効果でした。
色々問題も(イジる事で)多かった車ですが、本当に楽しくて8年弱乗りましたが今でも一番楽しかった車です。
走る楽しさは私の愛車達の中でダントツの存在です。
やっぱFRは楽しいわ。