
数年前、とある海外のインターネットコミュニティーで、ある車両盗難対策が話題になっていました。
その話題を伝えた日本のニュースサイトがこちら。
そう、米国では日本以上にAT比率が高く、MT車の操縦などというものは、もはや特殊技能に値するようなもの。
その為、車をマニュアルにするだけで、街のチンピラ程度の窃盗犯だと動かせない事が多く、結果的に盗まれる確率が激減するんだとか。
そんな観点から見ると、昨日当店にてタイヤを交換させて頂いた車は、同じ型の車の中でもとても盗まれにくいグレードだとと言えるでしょう。
なんと、この日産エクストレイル、マニュアル車なんです。
しかも、一時話題になったクリーンディーゼル(確かMT設定だけだったはず)ではなく、ガソリン車のMT。
ディーゼルは話題になった分、ある程度は売れたのではないかと思いますが、ガソリン車でMTなんて「そんなの存在してたの!?」というレベル。
オーナー様はこーいう車が好きで、昔はいろいろ乗っていたそうです。
入れたタイヤも、A/Tタイプですから、もうめちゃくちゃ硬派な組み合わせです。
普通、このくらいの都市型中型SUVなんかだと、新車装着では4WDタイヤが入ってますが、この日本でオフロードなんてまず走らないので、交換時は同サイズのミニバンタイヤ(静かで燃費いいので)か、4WDタイヤでも舗装路メインのH/Tタイプを選ぶのが常なんですが、あえてオールシーズンのA/Tタイプを指定するあたり、この現代日本において、もはや絶滅危惧種に指定し国が手厚く保護すべき「合理的な判断とか損得とかは二の次で、車にこだわりを持つ若者」ではないかと愚考する次第なのであります。
だって、この方、別にオフロード走りに行くわけじゃないっておっしゃるんですよ?(笑) でも、このATの無骨な感じが好きだから、これを履きたいんだと。
AT系のタイヤって、その強力な悪路走破性の変わりに、デメリットも持っています、それは走行ノイズの大きさや省燃費性の悪さなどで、それは舗装路ばかりを走るなら、正直デメリットの方が目立つんじゃないかと思いますし、それは事前に説明もしました。ちなみにお値段も高めです。
それでも、ATを選んだんです。
オーナー様のこだわりは本物で、ブレがありませんでした。
かつて、この日本で「自動車」は憧れの対象であり、ステータスであり、夢や浪漫の結晶であり、実用品であると同時に嗜好品でありました。
しかし、バブルが崩壊し、失われた10年と呼ばれた不況を経験する中、いつしか嗜好品たる自動車は忌避され、実用品であり消耗品という認識ばかりが強くなってゆきました。
車に必要以上のお金をかける事が、まるで愚かであるような風潮が生まれてしまったわけです。
何百馬力というエンジンパワーに「いったい、そんなパワーを何に使うのか?」とか、300km/h対応という超高性能タイヤに「いったいどこでそんな速度が出せるのか?」とか。
何の役にたつの? そんな事にお金をかける意味がどこにあるの? もっと他の事に(お金を)使ったほうが有意義でしょ?
↑こんな風な意見が、いつしか大多数を占めるようになっていたわけです。
それは、車が生活必需品であり、それ以上でもそれ以下でもないという価値観から導き出される結論なのです。
しかし、車はそれだけではないのです。
車は文化であり、夢があり、浪漫があるのです。
例えば、人は何故、映画を見て楽しめるんでしょうか? 僕はあまり映画を見ませんけど、映画を見て楽しいと思うのは、例えば冒険活劇であるならば主人公に感情移入して、自分も一緒に冒険をしたかのような疑似体験が「楽しさ」を生み出す根源なのではないでしょうか。
「楽しさ」は、人の心を癒し豊かにします。
そふいったものを人は文化と呼称しました。
自動車のレースにラリーという競技があります。
(定義としてはラリーはレースでは無いのですが、ここで置いておきましょう)
ラリーには、WRC(世界ラリー選手権)のようなスプリントラリーや、パリダカのようなラリーレイドがありますが、昔は日本でも大変人気がありました。
その中でも、パリダカでは三菱のパジェロが無類の強さを発揮し、日本人ドライバーが優勝したり、黄金時代には7連覇の偉業も達成したりしました。
道なき道を走破する大冒険。
そこには浪漫があるのです。
日本で広大な砂漠を走る事なんてありえません。
日本で本格的なデフロックの4WD機構が役立つ場面なんで滅多にありませんし、オフロードタイヤでないと通れない道を、生活圏内で探すほうが難しいです。
でも、アフリカ大陸の広大な砂漠を走破できる能力を持った車に乗った時、たとえ走る道が近所の国道だっとしても、気分はダカールを走る篠塚建次郎や増岡浩なんです。
映画は、視覚と聴覚だけで感情移入に入りますが、自動車は更に触覚と嗅覚が付け足されます。
その時、車はこの上ない嗜好品であるのです。
閑話休題
えーと、こちらのオーナー様が果たしてパリダカ好きだったのかどうかは聞いてないので解りませんし、たぶん違いますけど(違うのかよ!
そこに合理的意味は無くとも、選ぶだけの価値があるのは、車には浪漫があるからなのだという話をしたかったわけでして、種類は違ったとしてもオーナー様が、こういった無骨なオフローダーに何らかの浪漫を抱いているのは間違いないと思うのです。
ちなみに、こちらのオーナー様、もう一台持っているのは、ジムニーなのだそうです。もちろんマニュアルで、かつ次に交換したいタイヤはM/Tタイプ(A/Tよりも更に更に悪路走破特化タイヤ)だとか。
もう、どんだけ好きなんだよと思います。(笑)
ちなみに、普段このエクストレイルに乗っているのは奥様だそうです。
ご商談の折、ご夫婦で来られたオーナー様は、渋る奥様を何とか説き伏せていらっしゃいました。(笑)
タイヤはメーカー取寄せだった為、交換は後日でその時はオーナー様お一人でいらっしゃったのですが、交換後の会話で最後にオーナー様がしみじみと語られた言葉が印象的でした。
「結婚してから、久しぶりに自分が買いたいモノが買えた気がします」
と。
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収入の大半を趣味の車関連に注ぎ込み、ほぼ全ての休日をプライベートガレージで一人で過ごしている自分は、これからの人生も浪漫と共に心中しようと決意した次第であります。
おわり