
↓ 地図のピンク部分、中条日下野が今回最初の舞台。

地図を見ると、ピンク部分の真ん中に「音楽堂」とある。ここまでの道中にも「音楽堂」の案内看板がたくさんあった。特に関心もなく走っていたのだが、県道の左脇にその姿がみえたものだから、それでは寄ってみるかと考えた。
↓ 敷地内まで車で入ることができる。

↓ 音楽堂なんだろうが、どう見ても校舎に思える👀

すると、県道近くに碑が見えた。行ってみると……。
↓ やはりそうだった❗️「日下野学校跡」‼️

廃校になった小学校の校舎を音楽堂として使っているわけだ😉
山間の地だから過疎化も激しい。学校の統合もやむを得ない。だが、校舎が生かされ続けているのはいいよね😄
音楽堂を後に先へ。すぐにカーブとなる。
↓ 79号カーブ。やはり標識はシールだ❗️

このカーブはなかなかのモノだった❗️
↓ ご覧あれ‼️

道幅に余裕があるが、下りでRが小さく、なおかつコンクリートの擁壁が印象的である🤩
↓ さらに下っていくと、左に分岐する三叉路が見えてくる。

↓ そこにあった標識。「大崩」とは物騒な😨

左折すると中条の中心部への近道となる。もちろん直進する❗️
↓ 路面の舗装の隙間に草❗️田舎道の雰囲気に満ちている‼️
↓ その先、谷筋のカーブにやってきた。

↓ カーブの先端、大木の下に駐車。

↓ 大きなヘアピンカーブを観賞する🤩🤩

↓ カーブ中にある5本杉がとても目立つ😳

てっぺんにしか枝葉を残していないので、ヤシみたいだね😄
↓ さらに進んで県道452号線との分岐まで来た。

↓ やってきた方から分岐点を見上げた画像。

↓ 分岐を直進すると県道452号線。下り坂となる。

↓ 452号線に立ち、分岐点を振り返った図。

30くんが見える側がここまでやってきた道。左に上るのが、この先の401号線。つまりここで折り返すように進むわけ😉
↓ カーブミラーに映る30くんを、いつものように記念撮影📸
さて、401号線を折り返すようにして進んでいくと、
↓ 下の地図の「中条御山里(みやまさ)」地区に入る。

↓ 道路脇には雰囲気のいい石碑も散在

後方のポコっとした山は虫倉山(1378m)。地図を見ると、401号線の北に虫倉山の文字が見える。この辺りの信仰の山らしい。
↓ 突然、道路右手に大きな鳥瞰図が現れた❗️

虫倉山とその周辺の案内図だ。
↓ 「姥久保」の標識。山姥の図柄にピッタリの集落名‼️
↓ も少し走って下のナビ画面の位置まで来ると、

↓ 眺望が開ける。聖山⛰がよく見えた。
↓ 小手屋という集落に来たら、この先通行止めの看板‼️ああ、ここでもか😭

先の様子を見に車を降りた。
↓ そのとき見えた深い谷の風景。

斜面に家が点在している。よく住めるなぁと人間の営みのしぶとさに感心する👍
通行止めの現場はまだだいぶ先のようだから、行ける所まで行ってみようといつものように考えた。
↓ そうして到着したのが、ココ‼️

小学校跡だ‼️(画面の左に通行止めの表示がある😢)
↓ 現場写真。廃校舎には県道の左手の坂を上っていく。

↓ 県道左脇の擁壁に避難場所掲示。

「御山里」で「みやまさ」と読むのか⁉️「と」はいずこへ❓
そういえば、「鬼無里」も「きなさ」と読むなぁ。この辺りでは「里」を「さ」と読むのが定番なのかもしれない。
そんなことを考えながら、坂道を上って小学校跡に行ってみた。
↓ 校庭跡から校舎を見る👀

手前の松の木と焦げ茶色の校舎の壁のコントラストがいい。また、屋根の緑も雰囲気を良くしていると思う。廃校になってから随分時が過ぎているはずなのに、校舎は朽ちることなく建っている。きっと地域の人たちが整備しているのだろう。
↓ 校舎前に記念碑が立っていた。

↓ 狭い校庭跡は、さすがに雑草に覆われている。

使われていなければ、こうなるよねー😞でも、草ボーボーと言うほどでもない。やはり定期的に草刈りをしているのだろう。
↓ 30くんに戻る途中、校舎裏側を撮影。

表側の焦げ茶色とは異なり、こちらはぐっと新しい感じだ。まだ学校が生きていた頃、こちら側の壁は補修されたのかもしれないね😉
御山里小学校跡を後に走り出す。
↓ すぐに通行止め箇所に到達。ここでUターン🥺

小手屋まで戻って迂回路を辿るしかない。
次回予告。

迂回路がとっても楽しかったんです🤩🤩🤩🤩🤩いやあ、通行止めも悪くないぞ‼️
そして、迂回路を抜けた先には棚田が広がっています😄
次回は、素晴らしい回になりそうです👍
Posted at 2020/09/18 22:32:08 | |
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