
タイトル画像は、富久町の安保坂下の歩道橋上から見た「安保坂」です
10/10(土)、よく晴れた絶好の坂巡り日和☀️
前回歩いた「四谷界隈」に続き、今回はまず、新宿3丁目から市ヶ谷駅までの「靖国通り近辺(紅葉川の谷周辺)」の坂を巡りながら東方向へと歩きました🚶
↓ 新宿区の地形図

新宿区は、台地と谷戸が複雑に入り組む、見ただけでワクワクする地形ですね🤩
市ヶ谷見附手前まで行き着いたら折り返し、西方向へ
「市ヶ谷(の台地)界隈」を市ヶ谷柳町駅まで巡ります🚶
半日で35もの坂(中には、ホントに坂か?と思うものもありますが……)を踏破、頑張りました😤
↓ 10/10、10:00〜14:30で歩いた範囲
まずは都営新宿線「新宿3丁目駅」の7番出口を出て、靖国通りへ🚶
最初の坂は「瓶割(かめわり)坂」(①)

旧蟹川が作った大久保(大窪)の支谷部分にかかる坂です
現在の「瓶割坂」は、元あった坂の痕跡といった方が正しいかもしれません
「瓶割坂」坂下からの眺め👀

この坂は、靖国通りの「新宿2丁目北」交差点から「新宿1丁目北」交差点まで緩やかに上る坂です
坂上の「新宿1丁目北」交差点からの見下ろし👀

車で走ると、ほとんど気にならない程度の勾配ですが、歩くと確かに上っていることが分かります
「瓶」とは「腹」のことで、「瓶割」とは出産のことだそうですが、なぜその名前なのかは不明です
道脇の歩道に案内板が設置されています
そのまま靖国通りを東進します🚶
「富久町西」交差点まで進むと

その先(東)も、右(南)も、左(北)も、全て下り
岬の突端のような地形になっています
まず右折、南へ向かって下りましょう
この坂は「大木戸坂」といいます(②)
坂を下って、その先を上ると、甲州街道に出ます
かつてその辺りに四谷大木戸があったのにちなんで名付けられた坂ですね😉
東京オリンピックで国立競技場を出た選手たちが最初に走った坂でもあります
「富久町西」交差点付近の坂上から見る「大木戸坂」👀
坂下手前には「大木戸坂下」という交差点があります
坂下からの見上げ👀
「大木戸坂下」交差点まで戻り、右折🚶
その道を下っていくと左手に坂が見つけられます
この坂は「茗荷坂」
文京区小日向に続き、2つ目の「茗荷坂」ですね😉(③)
坂の上り口の反対側に坂の名を取った児童遊園がありました😊
児童遊園前から見る「茗荷坂」坂下👀
上り始めて最初の電柱脇に標柱があります

茗荷畑って、どんな風景なんでしょうね🤔
坂の途中から坂下を眺めた図👀
同じ場所から坂上を見上げた図

マンション外壁のレンガ色と青空のコントラストが目に眩しく感じました😎
坂上からの見下ろしです👀

勾配がキツめの良い坂でした🤗
「茗荷坂」の坂上は、再び「富久町西」交差点
右折して、靖国通りの急坂を下ります
この坂は「安保(あぼ)坂」といいます(④)
1944(昭和19年)命名の新しい坂だそうです🤓
この近くに住んでいた海軍大将安保清種にちなむ名のようです
坂上からの眺望👀

右へ曲がりながら急激に下ります
急勾配になるあたりから坂上を振り返って📸
同じ場所から坂下を覗き込んだ図👀
坂下からの見上げ👀
↓ 坂下近くにある歩道橋上から「安保坂」を撮ってみました📸

マラソンの中継では、往路の下り場面でも、復路の上り場面でも「安保坂」とは呼んでもらえず、「壁のような急坂」などと言われていました
せっかく名前があるんだから、「安保坂」と言ってあげればいいのになぁ😔
歩道橋を下りて、「安保坂」坂下へ戻り、靖国通りから右手に入る道へと進みます🚶
「東京医大通り」と呼ばれる道です
道なりに進んでいくと、徐々に勾配が始まり、東京医大に近づくにつれて勾配が上がっていく⤴️
そんな坂道になっています
この坂を「禿(かむろ)坂」といいます(⑤)
坂下からの眺め👀

坂の始まりがどこなのか、はっきり分からないほど微妙な勾配変化ですが……
この位置に標柱が立っていましたので、たぶんここから坂が始まるんだろうなと思って、坂下と認定しました(あくまで個人的な見解です😉)
坂下?の標柱

「禿」といえば、遊女のお付きの童女のことですが、坂名の由来は不明だと解説していますね
坂は大きく左へと湾曲していますので、湾曲部から坂下を眺めて📸しました
同じ場所から坂上方向を望んだ図👀
東京医大角の交差点(坂上)からの見下ろし👀

緩く上り始めて、徐々に傾斜が増し、最後に勾配がキツめになる
これもまた歩くと味わいのある坂と言えるでしょう👍
「禿坂」の坂上を極めたら、引き返して坂を下ります
次なる坂に参りましょう🚶
今回ご紹介した坂たち
【新宿3丁目〜富久町】
①瓶割坂 ②大木戸坂 ③茗荷坂 ④安保坂
⑤禿坂
Posted at 2026/10/13 19:37:14 | |
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