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ジム兄ちゃんのブログ一覧

2020年09月01日 イイね!

としまえんド

としまえんド 暦は9月となり、「豊島園」は昨日を以って94年の歴史に幕を閉じた。
 古くは豊島左近太夫景村の居城であり、東京府北豊島郡上練馬村という地である。
 私は豊島園には子どもでも容易に自転車で行かれる練馬区に産まれ育った。
 その50余年前の練馬は、東京とは言っても家の周りは一面キャベツ畑で、春は自転車に乗っているとモンシロチョウが口に飛び込んで来て鱗粉で咽るような田園地帯、豊島園から北側の荒川にかけてはイナゴが飛び交う米作の田圃が広がっていた。
 自宅からも畑越しに週末の打ち上げ花火を見ることができた。
 母は東京大空襲の被災者であるので、最後に打ち上げられる枝垂れ花火の音と残り火が焼夷弾の降り注ぐ恐怖を思い出させると言い、決して花火見物に家の外に出なかった。
 例年であると週末20時には打ち上げ花火が行われていたが、今年はコロナ禍で中止されていた。そのうえマスコミは8月31日で閉園になると連日伝えていた。
 だが、8月22日20時に全国28か所で密を作らないために時刻場所未公開で打ち上げ花火が行われると報道され、その中に練馬区もあるという。これは豊島園に違いないと直感し、勝手知ったる豊島園外柵間際で花火を堪能したことは24日のブログにも投稿した。
 昨夕、TVは豊島園最後の日を伝えていた。私は今晩20時に最後の花火が打ち上げられるだろうと感じた。既にビールを口にしまったので19:59新宿9階のマンションベランダに出て北西の方角に目を向けた。
 都内南部と神奈川はにわか雨で大雨警報が出ている。今にも泣き出しそうな厚い雲の空、20:00丁度、今はもうマンションが建ち並んだ練馬の空に音もなくぼんやりと花火の輪の上の方の一部だけが見え、その上の雲に花火の色が映った。
すると、様々いにしえの想いが頭をよぎった。
 悪ガキだった少年時代、豊島園は裏口入園で訪れる格好の遊び場だった。園内には紫陽花が多く、最近は都内では見られない大きなカタツムリやバッタやセミの宝庫だった。
 かと言って、10円玉銅貨1枚を握りしめて駄菓子屋にチューインガムを買いに行くような裕福でない家庭に育った子どもには、入園券を買って豊島園に入ることなどできる訳がない。
 ところが豊島園内には今のようにコンクリートで護岸工事されていない土手の石神井川(しゃくじいがわ)が流れていて、川の中を歩いて行き土手を登れば簡単に入園できてしまう楽園であった。
 豊島園に向かう途中は、畑の畔に落ちている芋や人参の泥だらけの切れ端をポケットに入れて、首尾よく入園したのちは、パリッと綺麗な服を着た親子連れが電気仕掛けの遊具に興じる姿を尻目に、まずは小動物園のサル山に表敬訪問をして、ボス猿にお土産を投げ込んで挨拶するのが習わしで、その後は虫取りや鬼ごっこやかくれんぼと最高のロケーションの中で夕方まで遊び、帰りは正面入口から帰ったものである。
 それでも年に一度位は、恐らく新聞販売店から貰ったのであろう遊具利用券付の入園券で、父親が連れて行ってくれ、眩しい程に絢爛豪華なドイツから輸入されたというメリーゴーランドにも乗せて貰ったこともあるし、ソフトボールが圧縮空気で「シュポッ」と大きな音をたてて的に飛んで行くバズーカ砲がお気に入りで遊ばせて貰った。
 しかし、入園すると私が園内を詳しく知っていて目当ての遊具に迷わずに手を引っ張って行くことが原因で、父が不思議に思い詰問されたことがある。仕方なく日々の悪行を白状すると、元陸軍航空兵の生き残りの今は亡き父は、「お前の悪事を事務所に一緒に謝りに行ってやる」と言い出した。嫌だと逃げ回ったところ、大勢の来園者の前を大声で叱責されてグーでブン殴られた。「もうしません」と土下座して許しを請うたことを思い出した。
 勉強をしろと言われたことがない父であったが、登山ナイフでのキャッチボールや樹種別の木登りの仕方など、真剣にやらないと危険な遊びを教えてくれる父親だった。
 勘弁して貰ったあとに父が園内でご馳走してくれたラーメンがやたらしょっぱかった記憶が蘇った。
 それからというものは、石神井川の中から豊島園には決して入らずに通過して、さらに数キロ上流までザリガニなどを採りながらさかのぼり、石神井公園まで遠征して遊ぶように行動範囲が格段に広くなったものである。
 今考えてみると、ペラペラの薄っぺらのゴム草履を履いて、擦り剥けた膝小僧に赤チンを塗り、泥で汚れた半ズボンに薄汚れたランニングシャツの少年達が正規の入園料を支払って入園していると考える方が不自然で、当時豊島園に勤務していた西武グループの大人は、余程子ども達に対して寛大で温かな心持ちで大目に見ていてくれたのだろうと振り返ることができる。そしてまた、自分は大人になって世の中の子ども達に対してそうしたおおらかさを携えて成長を見守ることができていただろうかと反省至極である。
 数分間、遠くに赤や黄色の閃光を見ながら私の豊島園は閉園した。
 さようなら豊島園、ありがとう豊島園。
 ボケボケの写真でスミマセン。
Posted at 2020/09/01 13:47:46 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記

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 月に数回の利用、高速道路も100km/h出れば十分、走れば燃料は消費するもの、と割り切る一方で、大型牽引車も乗って整備する無類の車好き還暦過ぎ白髪爺です。 ...
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