暗い話をするつもりはありませんが、去る4月2日、実家の祖母(以下ばあちゃん)が91歳で旅立ちました。
草木や花を愛したばあちゃんが桜の季節に旅立ったのは、何かの縁なのかもしれません。
詳細をぼかすために加工しましたが、私と愚弟は幼少期、両親が共働きだったので近所の保育園に通っており、加工した写真は今でも毎年咲き誇るその保育園の桜🌸
毎日欠かさずばあちゃんが送り迎えしてくれました。
またまた加工していますが、通っていた小学校。
ここを通ってやはり毎日欠かさず幼稚園にも送り迎えしてもらいました。
小学生の頃は、宿題を見てもらったこと、運動会のお弁当を作ってくれたこと、よく覚えています。
葬儀の際、司会の方が読み上げた「その手は常に『誰かのため』に動いていた」の言葉には、まさにその通りとぐっと来るものがありました。
「自分の幸せや楽しみよりも誰かの笑顔や幸せのため。」
一言で言えばそういうこと。
言うは易しですが、未だ未熟者の私には到底出来ないことです。
4月7日、ばあちゃんは25年前に亡くなったじいちゃんの元に行きました。
今頃は四半世紀振りの再会を喜び、積もる話に花が咲いていることと思います。
悲しい気持ちは勿論あります。
今までお世話になったことへの感謝は当然ですが、何も恩返しが出来なかったことや時には辛く当たってしまったことへの申し訳なさを思うと同時に、賑やかな場を好み、みんなの笑顔や幸せを願って一生懸命にやってくれていたばあちゃんの想いを汲むと、悲しむよりは笑って送るのが一番かと思いました😊
葬儀の後は、弟夫婦と呑みました🍺
子供の頃に怒られたことや褒められたこと、他愛もない会話等、特に愚弟とはばあちゃんとの想い出話に花が咲き、「ちょっと軽く一杯」のつもりが気付けば2時間近く呑んでいました😅
もし時間と体力が許すのであれば、オールで語り合うほどのエピソードがあったと思います😛
私の妻も連日バイトを休んでは実家に来て手伝ってくれました☺️
次の日が朝早くからバイトとのことなので、先に帰ってもらいました💦
私の勝手な考えですが、ばあちゃんは自分が亡くなったことをみんなから悲しまれるよりも、親族らが集い、去し日の想い出話を仲睦まじく賑やかに語らうことを願っていたのではないかと思っています👍
特に良かったのが、亡くなる前日、つまり4月1日に私たち孫夫婦が揃ってばあちゃんに会えたこと。
意識はほとんどありませんでしたが...。
弔問に来た近所の方が「孫2人が結婚した姿を見て『Nyanko家はこれで大丈夫だな😊』と安心したのかもね。」と言っていました。
公私共に若輩者の私や、それ以上に社会経験のない愚弟では頼りない面は多々ありますが、ばあちゃんがもし「任せて大丈夫」と認めてくれたのであればそうであって欲しいですね😅
ちなみに生前のばあちゃんからは「Nyankoのクルマと『オートバイ』好きは『獣編』が付くなぁ😅」と笑われていました😛
「勉強嫌い、心配ばかりかけるどうしようもない孫1号の私でしたが、これからも好きなことには益々精進していきます😁」とドヤ顔で言うと、「ほどほどにな💦」と草葉の陰で苦笑いしているばあちゃんがいるような気がします😅
「いずれ私や愚弟もそちらに行くと思いますが、お煮しめ(しいたけ抜きでw)とぬか漬け(ナス以外でw)を楽しみにしています🙏」と、この場をお借りしてリクエストすることとします😓
俺も弟も「退屈しないくらいの土産話」を持って行くので、もう暫し「そちら」で待っていて下さい👍