
終戦記念日を前に…NHKが戦争に関する
ドキュメント番組を多数放送した…
「"玉砕"の島を生きて〜テニアン島 日本人移民の記録〜」
「戦争遺産島 大津島 特攻兵器の訓練基地となった島」
「新・ドキュメント太平洋戦争1944」
「NHKスペシャル 原爆 いのちの塔」
「隔離と戦禍〜沖縄 ハンセン病患者たちの受難」
「NHKスペシャル 日本海軍400時間の証言」
沢山の証言…記録…写真から戦争とは何かを
戦争を知らない今を生きる人達に伝える…
伯父貴は「地獄」という言葉を安易に使ってしまうが…
本当の地獄を見て来た証言者達のそれは
とても重く言葉に表せない程だ
逃げ場を失った壕内で我が子を手にかけ集団自決
する母親
内蔵が飛び出し苦しむ仲間を見ていられず…
その頭の下にダイナマイトを置いて火をつける
泣き叫ぶ子供を抱いている母親の頭は…
既に爆弾で吹き飛ばされていた
中でも心に残るのは「海軍反省会」で
録音された音声記録…
昭和56年…原宿に海軍の元将校が集まり戦争の
真実を語り残しておく為に開かれた
反省会が始まり1年後…初めて「特攻」について
議論が行われた
「特攻」作戦を推進したのは天皇直下の軍令部

刻一刻と戦況が悪化する中…
軍令部は越えてはならない一線を越えた
昭和19年10月25日
神風特攻隊に初めての出撃命令が下った…

その戦果は新聞で一面に掲載された
神風特攻隊は全軍及び国民の士気高揚のために
利用された
人間が爆弾と共に敵に体当たりする「特攻」
生きて帰る確率は1%もない
特攻で亡くなった若者達は5,000人を越える

特攻に最初は驚いた敵はそれに対する防戦策を立て…
殆どの航空特攻はその目的を遂げられなくなった…
水中特攻兵器 人間魚雷「回天」
勿論脱出装置等は無い…
一度出撃したら爆死か溺死となる

その命中率はたった2%…
100回出撃しても2回しかその目的は遂げられ
なかったことになる
訓練と特攻で沢山の若者が亡くなった…
小型飛行機の先端に爆薬を取付けた「桜花」
爆弾に翼をつけた様なものだ
ボートに爆弾を積んで体当たりする「震洋」

これらの特攻兵器は神風特攻隊よりも前に
製造開発が行われていた
軍令部は特攻を早くから計画していたがその
関与を認めてこなかった…
反省会の中で「特攻の命令は出していない」と
シラを切る軍令部
「そんな訳がないだろう」と憤る出撃命令を下した将校…
人間を自動操縦機の代わりに…
人間は消耗品という海軍の考え…
詰め寄る将校の言葉に
軍令部は何も言わず沈黙する…
「やましき沈黙」である
1人の将校が発言する…
「日本は新兵器に頼りすぎたのではないか」
「自分の意思…考えを持っていながら流されて
いく海軍の体質ではないか」
特攻とは作戦ではない
1%でも帰れる可能性があるのが作戦であり
100%帰れないそれは作戦とは言えない
若者達が死をもって伝えてくれたのは…
海軍の体質と同様…
間違っているのが分かっているのに…
雰囲気に呑まれそれが言えない
「やましき沈黙」
に陥ってはならない…
伯父貴はそう想う
Posted at 2024/08/17 16:22:35 | |
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