日本国内でF1グランプリが開催されたサーキットは、これまでに3ヶ所ある。鈴鹿サーキット、富士スピードウェイ、そして
岡山国際サーキットだ。
岡山国際サーキットは当初は「TIサーキット英田」と呼ばれ、ここでは1994年4月と1995年10月に「
パシフィックグランプリ」が開催された。94年のパシフィックグランプリは、次戦のサンマリノグランプリでアイルトン・セナが事故死したため、セナにとっては日本での最後のレースとなった。ちなみに、この時のセナ(ウイリアムズFW16)のポールポジションタイムは
岡山国際サーキット最速のコースレコードとして今も残っている。
この当時、私の母は山口県にあるゴルフ場のキャディをしていた。このゴルフ場を経営していたのはタナカインターナショナルという会社で、TIサーキット英田を建設し、運営していたのもこの会社であった。サーキットの名称にある「TI」とは「タナカインターナショナル」の略である。
母の話によると、パシフィックグランプリが開催される前に、ゴルフ場のスタッフに入場券が現物支給されたらしい。ところが田舎にあるゴルフ場のスタッフに、F1のファンがいるわけでもなく、こんなものよりもお金をよこせ状態で、無用の長物化していたとのこと。最近ならネットで売るなどもできたんだろうけど、昔はそういうのもなかったしね。
この頃のF1は中嶋が引退して人気のピークは過ぎていたとはいえ、セナは健在だったし、躍進めざましいシューマッハや時折キレた走りを見せた片山右京などもいて、まだまだおもしろい時期だった。当時母からこの話を聞いててとてもやるせない気がした。
ちなみにタナカインターナショナルは経営不振のためユニマットグループ傘下となり、2004年にTIサーキット英田は岡山国際サーキットに名称が変わった。母がキャディをしていたゴルフ場は今もある。
Posted at 2025/06/10 13:05:42 | |
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