すっかりのご無沙汰でゴザイマス (^ ^;
先月は37℃オーバーの酷暑の中、ターボくんを本州最南端往復に引っ張り出してお腹いっぱい (xox
しばらく野外活動はダイジョウブな感じで籠もっておりました。
そろそろツクツクボウシでも鳴いてくれないかなと願いつつ...
宿題を片づけてしまいましょう (笑
四ヶ月も空いちゃいましたが、『カラースキーム考察/ガルフ編』の最終回、お届けします。
前回までのお話は↓コチラ↓から
カラースキーム考察その四 ~Gulf/フォードの時代
カラースキーム考察その五 ~Gulf/ポルシェの時代
(承前)
'75年のル・マン総合優勝を最後に、スポーツカー耐久レースの表舞台から姿を消していたガルフ。
二十年近くの歳月を経た'94年のサルト・サーキットに、突如そのビッグネームは復活しました。
ガルフ・オイル・レーシング。
ジョン・ワイヤーが率いた'70年代のガルフ・リサーチ・レーシングと直接繋がりはなく、チームの母体となったイギリスのプロジェクト100モータースポーツが「ル・マンにガルフ伝説の再来を」とガルフ・オイル社のマーケティング部門に掛け合い、メインスポンサーに担ぎ上げた、というのが真相のようです。
マシンは、エルヴィン・クレーマーの手による、ポルシェ962ベースのクレーマーK8*。
筆頭ドライバーには、かつてガルフ・ミラージュGR8でル・マン総合優勝を勝ち取り、その後ワークス・ポルシェでもル・マン四勝の大ベテラン、デレック・ベルを迎えました。
画像は'94年ル・マンのスタート直後の様子。
十九年ぶりの復活に際し、カラースキームは原点のネイビー/オレンジに戻されました。
紺メタのボディにシルバーとオレンジのストライプが映えますね。
'94年というと、ポルシェでいえば最後の空冷モデル993が発売された年。
紺メタの993にオレンジの差し色を入れて、ガルフ復活へのオマージュ...なんてモディファイはアリかも ? (あ、すでにやっていらっしゃる方が !?:笑)
本戦では、格下のGT1カテゴリーから出走したダウアー・ポルシェ** (画像右後方に写っているFATとSHELLの二台) に先行され六位フィニッシュに終わりましたが、伝説復活を予感させるには充分なインパクトのあるマシンでした。
ガルフ・オイル・レーシングの活動は'94年のシーズン限りで終了。
しかし、ガルフのマシンは翌シーズンからもサーキットを賑わします。
'95年からガルフ・オイル社のスポンサードを受けることになったのは、イギリスのGTCコンペティション・チーム。
この年GT1クラスに参入したマクラーレン陣営の一角として、二台のF1-GTRを走らせることになりました。
ガルフ社とマクラーレン社との関係は実はとても旧く、創始者のブルース・マクラーレンが活躍した'60年代まで遡ります。
当時のガルフ社は、ブルースのレーサー/コンストラクター活動を個人的に支援していました。
画像は'68年F1選手権のマクラーレンM7Aと、同じく'68年Can-AmシリーズのM8A。
ドライバーはいずれもブルース・マクラーレンその人です。
ドライバーが車体センターに位置する三人乗りスーパーカーとして、'93年発売当時話題をさらったマクラーレンF1。
いつか自分の名前を冠した究極の公道マシンを世に送り出したい、という生前のブルースの想いがついに現実となったモデルでもあります。
その性能はさすがに非凡なものがあり、デビューイヤーの'95年ル・マンでは、国際貿易UKチームの一台が格上LMP1クラスを押し退けて、いきなりの総合優勝を果たしました。
画像は同じく'95年ル・マンを、ガルフのスポンサードで走るGTCコンペティション (チーム名はガルフ・レーシング) のマシン。
カラースキームは、前年のクレーマーK8の紺メタ/シルバー/オレンジのパタンを踏襲しているようですね。
チームはこの後、毎年カラーリングを変えながら'98年までの四シーズンをF1-GTRで戦い、'97年のル・マンでは見事総合二位を勝ち取りました (この時のチーム名はガルフ・チーム・ダビドフ・マクラーレン)。
今世紀に入り、ガルフ・オイル社のモータースポーツに対するスポンサー活動は、益々盛んになってきています。
その中から主なものをピックアップすると...
まずは2001年、アウディ陣営からル・マンに参戦したヨハンソン・モータースポーツ (英) のアウディR8。
伝統の “ガルフブルー” カラースキームの復活です。
2008年からは、ワークス・アストンマーチンのメインスポンサーに。
こちらは'08年ル・マンを走る、アストンマーチン・レーシングチームのDBR9。
御大ジョン・ワイヤー指揮の下、ワークスの初代DBR1/300が総合優勝に輝いてから、実に四十九年目のこと。
映画007公開との連動企画だったという “007” のゼッケンナンバーが印象的でしたネ。
そして2012年、ガルフレーシング・ミドルイーストが活動を開始***。
現在は日産エンジン搭載のLMP2マシン、ローラB12/80で世界耐久選手権 (WEC) に参戦しています。
日本人女性ドライバーの
井原慶子選手 が所属することでも話題になりましたね。
今のところ'70年代の圧倒的な強さの再現とまではいかないようですが、ガルフのマシンはきっとこれからも、世界中のサーキットにその鮮烈なイメージを刻んでいくのでしょう。
連載最終回の〆はコチラ、2012年のル・マン挑戦を記録した超クールな映像で (^_-)-☆
VIDEO
Gulf編、おしまい。
*
Kremer K8 Spyder
この年改定されたル・マンとIMSAのレギュレーションに合わせ、LMP1/C90クラスの車両として製作。ハニカム・アルミとカーボンを使用したトンプソン製ポルシェ962強化モノコックに、クレーマーがデザインしたケプラー複合素材のオープンボディを架装。水冷ヘッド付き935型3リッター空冷フラット6の出力はリストリクターにより530馬力に絞られていますが、スプリントに強い軽量オープンボディと空力の良さを武器に予選二位、セカンド・グリッドを獲得しました。
**
Dauer 962 Le Mans
ドイツのダウアー・レーシングが製作した、ポルシェ962を公道リーガルに仕立て直したスーパーカー。公道仕様とはいえ、心臓部には730馬力の935型レーシングエンジンがほぼそのまま搭載される反則スレスレのモデル (苦笑)。ポルシェは、ホモロゲーションに必要な最低生産台数が明記されていなかったル・マンのルールブックの穴を突いて、この車両を「市販スポーツカー」としてGT1クラスに申請しました。962ベースという点ではクレーマーK8と兄弟車のようなものですが、GT1クラスはリストリクター径が大きいためエンジンのパワーロスが少なくて済み、燃料タンクも大きなものを使用できる (=給油回数が少なくて済む) 点で、格上のLMP1クラスに対するアドバンテージがありました。
***
Gulf Racing Middle East
2010年に結成されたプライベートチーム、Gulf Team Firstが母体。Gulf AMR Middle Eastを経て2012年、UAEに本拠地を置くガルフレーシング・ミドルイーストと、イギリスに本拠地を置くガルフレーシングUKに分離。ガルフレーシングUKの方は現在、ガルフブルーのマクラーレンMP4-12Cで耐久レースに参戦しています。