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2023年04月06日 イイね!

BSにまつわるエトセトラ その② ;BS/石橋家の「後援」こそが、菊竹清訓氏を世界的建築家ならしめた(中編)


(前回の続きです)


③ BS国立独身者アパート=青年会館(1956)

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  ひと言でいえば、コルビュジェの5原則(「ピロティ」「屋上庭園」「自由な平面」「自由な立面」「水平連続窓」)を具現化したものと思われます。


<追記>

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 下にも紹介した「35周年 会社概況(1966)」には反対面も掲載されていました。更にますますコルビュジェです!




④ BS横浜工場 殿ヶ谷アパート(1955-56)

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  個人的な感想としては、やや奇をてらい過ぎたデザインのようにも思いますが・・・



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 https://twitter.com/YujiHasemi/status/1367280735053221900

などをみるに、当時建築関係の方には高い評価を受けた作品のようです。実際の住み心地はいかがだったのでしょうか・・・なお、
 http://kashiocho.com/wordpress/wp-content/uploads/2015/K1001_Part4.pdf

によれば1992年解体とのこと。


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 また同工場の「舞岡アパート」についても、「菊竹らしさ」みたいなものはあまり感じられませんが、事務所に設計書類が残っていたようです。




⑤ BS久留米第17号・18号アパート
 わたしが「BS旭町アパートメント群のうち数棟が菊竹デザインである」と以前に知った時、それは、

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階段開口部の処理がカッコイイ、これらの建物だとばかり思っておりましたが(そしてその可能性も全く否定はできませんが)、

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ここに書かれてある第17号・18号アパートというのは・・・

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 どうも、これらの建物であったようです。
 昭和30年代の集合住宅建築の中には、

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(2000年代の初め頃まで残っていたようですが現存せず。北九州もこの20年で、レーモンドの大谷体育館や安川電機本館、八幡や小倉の村野藤吾の諸作、山田守の九州厚生年金病院など、数々の名建築が喪われてしまいましたね・・・)

 柴岡亥佐雄氏の旭硝子社宅を筆頭に、バルコニーを廃してサンルームとすることでフラットな連続窓を形成し、コルビュジェの5原則を達成しようと試みたものが時折みられ、これもそういう系譜の建築でしょうか・・・勿論とっくに解体済みです。


<追記>

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 「35周年 会社概況(1966)」掲載写真より引用。より解像度の高い写真でみると、他のアパート群とは全く異なるデザインであると分かります。




⑥ BS広島アパート(1956)

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 詳細不明にて写真のみ掲載。これもバルコニーを廃したつくりのようです。




⑦ BS高松支店(1957)

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 これはやや「謎」な物件でして、「25周年誌」には2階建て建築として紹介されていますが、「会社概況」では3階建てになっております。短期間で増築したものでしょうか? さらによくみると前者は「加工写真」のようにも思われ、実際のところどうであったのか、少しだけ気になります。




⑧ BS横浜第3工場、および付属施設(1957-60)

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 「会社概況」掲載の地図によると、第3工場というのは写真奥側・一番高層の建物であったもよう。建築様式としては久留米工場などと似たようなつくりのようです。
 さらに、上掲の写真では建設中であった青年会館(単身者共同宿舎)や体育館については、前者が、

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プールに接したこのような建築だったようです。後者については、
https://gengo-matsui.musalab.co.jp/pdf/works007.pdf
にて紹介されていますが、当時一世を風靡したサーリネンにインスパイアされたと思しき「吊り屋根」構造の建築であったもよう。残念ながら現存しないようですが・・・




⑨ 梅林寺ティハウス(1957)

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 今も現存し、近年紹介されることも多いのでこの1枚のみで割愛させて頂きます。




⑩ 久留米市長公舎(1957)

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 1957年に竣工し、石橋正二郎より久留米市に寄贈されたこの建物も「石橋記念くるめっ子館」の名で現存しますが、当時の建築雑誌への掲載はなかったもよう。「スカイハウス」などとは対極的な、尖ったところのない様式です。




⑪ BS名古屋支店・広島支店・仙台支店(1958)・札幌支店(1959)

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 これは当時の一般的な商業ビル建築のようですので写真掲載のみにとどめておきます。札幌支店の控えめなカンチレバーの表現が、しいて言えば特徴でしょうか。


<追記>

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 「35周年 会社概況(1966)」掲載写真でみると、さきに掲載した広島支店の写真は完成予想図みたいなものだったようで、実際に完成した建物は角を斜めに切り落としたデザインであったようです。




⑫ 荘島小学校石橋記念講堂(1958-59)

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 後日紹介予定のため今回は詳細割愛。




⑬ 有馬記念館(1959)

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 これも現存しており、先日は入館料まで払って訪問してみました。が、開口部や窓面積の少ない、やや武骨な建物という印象でした・・・
 当時の「和モダン建築」の第一人者であった大江宏氏の諸作などと比べ、菊竹建築は「武骨だけどダイナミック」、悪く言えば「土臭い・田舎臭い」ところが特徴(あるいは魅力)だと個人的に思っておりますが、本作はやや中途半端な印象を受けます(偉そうにすみません・・・)。




⑭久留米教育会館講堂(1959)

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 これも石橋正二郎による寄贈物件で、建築様式としては「正二郎好み」全開のレンガ造のものでしたが、残念ながら2016年頃取り壊されてしまいました・・・(ストリートビューでは2015年まで現存、2017年時は消滅)。




⑮ BS奥多摩会館(奥多摩園;1962)

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 この建物は「25周年誌」や「会社概況」発刊後の建築、かつ当時の掲載雑誌も未読のため現時点で断定的なもの言いはできないのですが、上記のようにネット検索して引っかかった建物、窓割りの感じがなんとなく(あくまで「なんとなく」ですが)、

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後年の久留米市庁舎の低層階のそれと同じ「かおり」がすること、また、

http://riderv3.blogspot.com/2021/12/blog-post.html

仮面ライダーV3によると(笑)1973年以前に既に存在していること、より、この建物が菊竹物件である可能性は高そうに思われます。
 旧車で奥「たま」を爆走(?)する機会のあるみん友様がおられましたら、是非リサーチして頂けると幸いです(苦笑)。


<追記> どうにも気になったので(苦笑)色々調べ・・・・

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 某所でこういう書籍を発掘してきました!
 「30周年(1961)」では掲載されていなかったこの建物が「35周年(1966)」に掲載されているという事は、やはりこれが1962年築=菊竹建築ということで間違いなさそうに思います。




⑯ 石橋文化ホール(1963)

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 BS関連物件の大トリを飾るのがこの建物。ただしこの建物の真骨頂は外観もさる事ながら、石橋幹一郎氏がこだわった音響の良さにあることはつとに有名です。
 とはいえ私、かつての市民会館は1978年のピンクレディー久留米公演(笑)、高校の文化祭のコーラス大会等で何度も行った事があるのに、文化ホールは幼稚園の時に見た、かげ絵の上映会1回きりなんですよね・・・






 名曲「筑後川」の初演がこのホールで行われたことは、もはや伝説のレベルです。

 皆様もこの圧倒的な感動を、ぜひお聴き頂ければと思います・・・

 (後編に続きます)

Posted at 2023/04/06 01:24:43 | BS関係 | 日記
2023年04月03日 イイね!

BSにまつわるエトセトラ その② ;BS/石橋家の「後援」こそが、菊竹清訓氏を世界的建築家ならしめた(前編)


 およそ何の領域であっても「上達」への最善の道は、とにかく「場数」をこなすことであると、自らの拙い経験からみても思います。




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 K市が生んだ世界的建築家、故・菊竹清訓氏については以前にも、
 https://minkara.carview.co.jp/userid/549571/blog/45597097/
 等で書いたことがありますが、今回、



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 先日の拙ブログでも紹介した資料の中に多くの貴重な写真を発見したので報告させて頂きます。
 なお例によって、関係者より問題とのご指摘があれば画像削除、もしくは公開先限定に変更させて頂きますし、皆様どうぞ「イイね!」はなしでお願いいたします。

 また菊竹氏と石橋正二郎とのかかわりについては、
 https://www.biz-lixil.com/resource/pic/column/inaxreport/IR171/INAX171_15_37.pdf
 のインタビュー記事に詳しく述べられていますのでご参照下さい。



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 菊竹氏の「公共・大規模建築作品」としての建築界へのデビュー作品は「石橋文化センター」でしたが、


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 自著やこの本など各種の書籍等で既に明らかにされているように、文化センターのグランドデザイン自体は「美術、庭園、建築設計が3大趣味」「建築に至っては工場、オフィス、住宅、会館、倉庫、宿舎、その他なんでもござれである。むろん細部にわたって自分でやれるわけでもないが、公私合わせて、私は今までに何万坪かの各種建築物の設計いじりで楽しんできた。恐らく専門家でもこの坪数にはかなうまいと思っている」と公言していたほどの建築マニアであった石橋正二郎その人であり、菊竹氏は石橋美術館など個別建築の意匠・細部設計など、いわば「現場監督」に近い役割であったようですし、


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傍証として、書籍①の文化センター紹介記事をみても、菊竹の「き」の字も出てきてはおりません。




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 一方で、昔の某書籍に掲載されていた「作品年譜」や、「文化庁国立近現代建築資料館の収蔵資料検索システム」;
https://db.nama.bunka.go.jp/index.php/informationobject/browse?collection=140985&query=%E8%8F%8A%E7%AB%B9&topLod=0&sq0=%E8%8F%8A%E7%AB%B9&sort=relevance&sortDir=desc
に記録されている設計図リストをみると、氏の初期建築の多くがBS/石橋家関連のものであることは明白です。


 https://bunganet.tokyo/kurume1/
の方のブログにも記述されておりますが「石橋正二郎は菊竹の才能に目をつけ、若き日の菊竹に数多くの設計のチャンスを与えた。ローコストな施設やリノべーションがほとんどで、菊竹はそのことにより設計の腕が鍛えられたと語っていた」のだそうです。



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 (書籍②より引用)


 ときは正に高度経済成長期。BSの売り上げは文字通り「倍々ゲーム」のように増加し、石橋文化センターのみならず、


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各地の工場や支店、職員住宅などの新設・増築・建て替え、また、


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 (以上、書籍① ②より引用。あの吉阪隆正氏のヴェニス・ビエンナーレ日本館まで石橋正二郎の寄付物件とは!)

K市を中心とした各種建築物の寄贈など、BS/石橋家関連の新規建築案件は枚挙にいとまがなく、若き日の菊竹氏は石橋正二郎からこれら数多くの物件の設計を委託され「場数」をこなすことで設計の腕が鍛えられたのと同時に、安定した収入を得ることもできたのでしょう。




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 かの代表作「スカイハウス」も、またその下に駐車している、おそらくは氏の自家用車(ルノー4CV)も、氏に十分な金銭的「余裕」がなければ、実現していたでしょうか・・・





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 さて、これら初期の菊竹作品については、上のリンクでも紹介されている千栄禅寺本堂(1959)のように近年になって菊竹作品と判明したもの、また上掲のBS関連物件のように建築雑誌への発表が建設当時なかったものなど、その全貌についてはなかなかつかみ難いものがあります。が、前掲の書籍 ①② に比較的豊富に建築写真が掲載されていたため、今回その引用を中心に「知られざる初期菊竹建築」を紹介したいと思います。




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 (追加写真;貴重なカラー写真を「35周年 会社概況」にて発見したので添付)


① 石橋文化センター;これまでにも紹介したので簡単に終わらせますが、前掲の「文化庁国立近現代建築資料館の収蔵資料検索システム」によると、美術館や体育館のみならず、


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プールスタンド(1988年解体)や、


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なんと日時計までも、菊竹事務所に図面が残っていたようです。


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 追記;日時計は形を変え、現在も時を刻んでいました。



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② 永福寺幼稚園(1955);これも石橋正二郎による建物寄贈物件。比較的有名な建築、かつ前回の拙ブログでも考察しましたので詳細は割愛させて頂きます(長くなったので次回に続きます・・・)。


 追記;室内写真について、下記のサイトに掲載されておりました。
 https://twitter.com/kosho_yamasemi/status/1615967298401210370

Posted at 2023/04/03 20:19:42 | BS関係 | 日記
2023年04月01日 イイね!

BSにまつわるエトセトラ その①; K市に残る当時のBS社宅 後編(注;「イイね!」はなしでお願いします)
















 (前回の続き)1950年に90棟ほど建造された⑥、これだけが(現在もBS所有なのかどうかは寡聞にして存じませんが)付近の交差点やバス停に名を残し、またストリートビューで見る限り、現在もなお数棟が(若干の改造を受けながらも)建て替えることなく残存しているようです!







 しかしながら、なんでこんなに工場から離れたところに、これだけのまとまった社宅を建てたのか、いまいち「謎」ではあります・・・


 以下、わたしの勝手な考察ですが、紫山社宅の建設と同時期に行われたグッドイヤーとの技術提携&派遣外国人の久留米への居住、またここが水明荘/外人社宅にほど近い立地である事からすると、もしかしたらグッドイヤー派遣外国人に関連した特別職員(英会話可能な職員など)・上級職員用のものであったのかもしれません。

 当時の世情を考えると、そのような技能職の多くは東京から、彼等にとって「遠方のへき地」と思われたであろう九州のK市まで移住してもらわなければ確保できなかった筈であり、それに対する不満が少なくなるよう、石橋正二郎が住宅・生活環境に細心の配慮を行ったであろう事は想像に難くありません。



 (「五十年史」 p.160より)

 逆にいえばグッドイヤーとの技術提携は、欧米との技術的格差を痛感していた当時の石橋正二郎/BS にとり、何がなんでも成功させなければならない大事業であったのでしょう。






*2024年追記;もうひとつの背景として、創業者2代目・のちの社長~会長となる石橋幹一郎氏は昭和20~27年にかけ久留米・水明荘に居住し、更に昭和24年には役員待遇(取締役)に昇格したため、氏をサポートする優秀な側近集団を水明荘の近くに配しておく必要があったからとも考えられます。







 また紫山社宅の存在こそが、この近辺に存在する(菊竹初期建築としても有名だが当時の建物は現存せず)永福寺幼稚園、あるいは御井小学校図書館などの、石橋正二郎による建物寄贈(=紫山社宅居住者の子弟に対する近代的幼児/学童教育の提供)にもつながっているのかもしれません。そう考えると石橋正二郎―菊竹清訓―永福寺幼稚園のつながりも理解できるように思われ、なかなか興味深いものがあります(終)。
Posted at 2023/04/01 12:42:18 | BS関係 | 日記
2023年04月01日 イイね!

BSにまつわるエトセトラ その①; K市に残る当時のBS社宅 中編(注;「イイね!」はなしでお願いします)


(前回の続き)


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 続いては①の「筑後川社宅」。こちらについては1980年頃までに殆どが取り壊されたようです。



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 ④についても1980年頃までに消滅、⑤については詳細不明ながら、遅くとも2000年代には消滅したように思われます。







 (「ブリヂストンタイヤ五十年史」より)

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 そして総和28年の大水害の復旧事業を契機とし、戦後のK市の繁栄の象徴ともいえた③についても、1980年代より急速に縮小・建て替え・大学病院外来棟への敷地用途変更などがすすみ、2011年までに昭和30年代の建築物は消滅しました(現在残っている数棟のアパート群はいずれも後年の建て替え物件)。










 また上級職員が住まうエリアとして知られた②についても徐々にゴーストタウン化し、同じく2010年頃までに取り壊され、現在は若干の植栽を残しながらも従業員用駐車場となっているようです。







 しかしながら・・・(続きは後編にて)

Posted at 2023/04/01 11:41:02 | BS関係 | 日記
2023年03月31日 イイね!

BSにまつわるエトセトラ その①; K市に残る当時のBS社宅 前編(注;「イイね!」はなしでお願いします)


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 今回この小特集を始めようと思ったきっかけは、この2冊を偶然某図書館で発見した事からでした。

 いずれも60年以上前の書籍であるため写真など拝借させて頂きましたが、関係者より問題とのご指摘があれば画像削除、もしくは公開先限定に変更させて頂きます。また社宅の話題という事もありプライバシーへの配慮も必要ですので、皆様どうぞ「イイね!」付けはなしでお願いいたします m(_ _)m 。



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 BSのマザープラントたるK工場、
 https://www.jdt-news.co.jp/report/3466/

 https://www.kurume-nct.ac.jp/RCTC/industry/2020-430059.pdf

によると、現在の従業員数は1000人ほど(それでも十分に多い数)だそうですが、1960年代の最盛期は約4000人にも達していたそうです。それだけの人数を住まわせるため、K市内には多数の社宅・アパートが群をなしておりました。



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創立30周年の「会社概況」に掲載されていた地図によると、K工場周辺には、
① 筑後川社宅
② 城南社宅
③ 旭町アパートメント群/青年会館
④ 篠山東社宅
⑤ 篠山南社宅
が存在し、それとは離れた郊外にも、


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⑥ 紫山社宅
⑦ 外人社宅;技術提携を行ったグッドイヤーからの派遣外国人用住宅。高良山の麓、石橋家の別邸である水明荘そばに存在
があったそうです。




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 まずは⑦について。当時の写真より推察すると、おそらく5棟の住宅が存在した模様であり、テニスコート(らしきもの)まで完備した高級住宅でした。
 石橋正二郎は1949年にグッドイヤー社のリッチフィールド会長を久留米に招いて歓待し、その好印象が1951年の同社との技術提携を成功に導いたという話はつとに有名ですが、この「外人社宅」もその延長線上の「おもてなし」であったものでしょう。

 追記;「ブリヂストンタイヤ五十年史(1982)」p.159 によると「グッドイヤー社からは技師二人、経理担当員二人が久留米工場に駐在して技術指導にあたるとともに、同工場でグッドイヤーブランドのタイヤの生産が開始されたのである。」とあり、5棟というのは駐在員4世帯分+トラブル発生時の予備棟、もしくは本国から臨時で役員等が来久した際のゲストハウスとしての1棟、という事なのでしょう。


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 1958年の航空写真と現在の跡地を対比。勿論、現存はしておりません。



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 https://www.bridgestone.co.jp/corporate/history/story/04_01.html


によれば、グッドイヤーとの技術提携は最終的に1979年に終了したとのことであり、両社の提携関係の縮小~終了に伴い「外人社宅」は徐々にその棟数を減らし、おそらく1980年代前半に消滅したもようです。





 その跡地は現在も、植栽などが施された上で管理されているようです(長くなったので一旦切ります)。


Posted at 2023/03/31 19:31:52 | BS関係 | 日記

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