第12話 氷解2

「まあこんなもんですよ。って言うのが一番簡単なんですけどね」
幸田はニコニコしながら続ける。
「ザフィーラ、トラヴィックはオペルの中では、いやドイツ車の中でも、
かなりセッティングを煮詰められているクルマなんです。」
「つまり、ノーマルの性能バランスが恐ろしく良いので、いくら高価な社外品を
ポン付けしたところで、トータルのバランスを底上げすることにはならないんですよ」
「正直、アストラなんかよりもずっと煮詰めてあると思います。奇跡的レベルですよ」
ボクはただただ頷くしかない。
「煮詰めてある、ということは逆に言うと自由度が低いということですか?」
「鋭いですね。そうなんです。ドイツ車はだいたい、ある程度の遊びを許す
つくりになっているのでショックを多少どうしようと基本的な乗り味には影響
が少ないクルマが多いんですよ」
「でも、ザフィーラ、トラヴィックは違うと?」
「そうです。詰めた分、部品に要求する性能が違うと途端にバランスを崩すん
ですよ」
「このショックもモノは悪くないとは思うんですが、ちょっと硬すぎます。なので、
純正よりは明らかに固く感じるのは間違いないです。が・・・・・・・」
「運転してみたところ、せっかく新調したショックが動いていない感じです。」
その後も言葉を慎重に選びながら、時に図解を示し、時に波の形を腕でつくり
ながら、徐々に口調にも熱がこもってくるのが判る。
ボクの感覚は間違いではなく、本当に足が上手く動いていないらしい。
その原因は預からないと判らないが、目星はついているとのこと。
本当に、このクルマに詳しい。そしてこのクルマを心底認めている。愛している。
それがヒシヒシと伝わってくるのがわかる。
もうこれだけで、今日ここに来て良かった、と思った。
「次にエンジンのパンチの件ですが、これ、少し長くなりますがいいですか?」
良いも悪いもない。その話が喉から手が出るほど聞きたいのだ。
トラヴィックのエンジンは、日本仕様とは銘打ってはいるものの、
その制御及び構造はいわゆるそのまんま「欧州車のエンジン」であること。
アウトバーンなどの高速連続走行のためのヘビーデューティな造りであり、
小型軽量、薄い燃料で低燃費、ガソリン冷却で済ませている国産エンジン
とはモノが違うこと、エンジン・オイルが国産エンジンとは比べ物にならない
くらい重要な役割を担っていること、
などなど、聞いたことも、見たこともない話に圧倒されっぱなしだった。
そして自分のトラヴィックは、国産車と同じ感覚で6000km~10000km
ごとにしかオイルを換えていなかったようで、エンジン内がスラッジで大変な
ことになっているらしい。
既にその弊害がいろいろ出ているというではないか・・・・
この日、ボクが一番聞きたかったのは、ボクのトラヴィックは本来の
性能を発揮できるようになるのか・・・ということ。
「それでは、よろしければ、徐々にやっていきませんか?」
幸田が切り出す。
「徐々に、というと?」
「まず足回りですが、このショック、まだ新しいのでもったいないですよね。
まずこれをちゃんと動かす方向でセッティングしなおして使い切りましょう。
どうせ5万キロもすれば交換ですからね。その時は是非、純正で組み直しを
検討してください。驚くと思いますよ」
「あ、もちろん、どーんと総とっかえというのも有です。部品なら手配できますよ」
「それから、社外のスタビリンクが付いていますが、これはどうしましょうか?」
「す、スタビリンク??」
どうやら前オーナーが輸入して付けたモノらしいが、今回の印象に大きく作用
しているらしい。
「それは純正に戻すといかほどかかりますか?」
などと、あくまで出来ることから、違いを少しずつ判りながら変えて行こう、
という趣旨の様だ。
その方が予算的にも大いに助かるし、徐々に手を掛ける楽しみもある。
そしてエンジンだが、オイルを小まめに換えて続けてスラッジを処理すること
によってフィーリングは徐々に良くなるという。
量販店にあるスラッジナイザーみたいな機械で強制的に落とすと、オイルラ
インに詰まって大きなトラブルに発展しかねないらしい。
時間を掛けて、とはそういう意味なのだ。
「オラ、なんだかワクワクしてきたぞ!」
孫悟空のセリフが口を突いて出そうになる。
ショートパーツなどの部品を手配してもらい、後日トラヴィックを預けること
になった。
もうダメだ、と思っていたトラヴィックとの生活にパアアッと明るい兆しが見え
たのだ。
悩んだ分、その帰り道の嬉しさと言ったらない。
「どうしたの?何かいいことあった?」
美香の問いかけに、せきを切ったように「ガレージ」の話を浴びせかけた
のはいうまでも、ない。
つづく