第10話 疑念
日曜の早朝。田中雄一は、愛車トラヴィックを磨き上げることに余念がない。
丁寧にシャンプーを洗い流し、仕上げはシュアラスターとネルクロス。
エッジの効いた光沢を放つボディを撫でながら、しみじみ、相棒との日々を振り返った。
雄一のトラヴィックは近所のディーラー系中古車店で購入したものだ。
ウィンカーが国産車と同じコラム右に変更された、後期型のSパッケージ。
走行こそ少々多めだったものの、前オーナーの思い入れが判る、神経質に
磨きこまれたエンジンルームや、テカリやスレなどの使用感が少ない内装など、
新車の雰囲気が感じられるところに魅かれた。
オーナーズクラブのステッカーが貼ってあり、
社外の高価なショック・アブゾーバーが奢ってあったのもポイントだ。
車検が切れており、試乗もせずに購入。憧れのトラヴィックに舞い上がった。
「これがドイツ車の走り。国産とは全然違う・・・・」
ネット上の口コミでトラヴィックの素晴らしさを叩き込まれての購入だったので、
その強い思い込みに支配されていた、ように今となっては思うのだった。
だが、興奮が冷めた頃、自分の中に否定しがたい疑念が沸いてくることに気付く。
「ボクが期待したほど良くないのではないか・・・・」
国産車とは比較にならない、ボディの牢壁さやシートの出来は判る。
しかし、静かでスムーズだけど、思ったほどパンチがなく、かなり踏み込まないとトルク感を感じられないエンジン。
燃費も当然に良くない。
いや、良くない燃費にはスバルで慣れてはいるが、それでもちょっと、という数字だ。
期待した足回りも、固いだけで気持ち良いと思えるレベルではない。
ほぼ新品のショックが馴染んでいないのか、ポンポン跳ねるような挙動。
容赦ない突き上げに美香も口には出さないが、このクルマに良い印象をもっていないようだ。
これならレガシィのほうがずっとしなやかで、自分の感性には合っていただろうとさえ思う。
購入店に持ち込み、相談した。丁寧に何度もリフトアップしたり、
同乗走行までしてはくれたが、特に異常はない、という。
次にネットの掲示板で上記の感想と悩みについて相談した。
予想はしていたが、辛辣なリプライに凹んだ。
「国産のつもりでいるから」 「トラヴィックには向いていないのでは」
という意見が大半で、どうやら自分は国産的なナマクラで柔らかい乗り心地から
抜け出せていない、とのジャッジだった。
本当にそうだろうか・・・・
これまで確かに国産ばかりだが、いわゆる「走るクルマ」ばかりを乗り継いできた。
昔は高性能モデルと言えば、足はガチガチでエンジンだけが先に行ってしまうようなクルマが多かった。
ボディやシャシーの技術が未熟で、まだ試行錯誤の段階だった。
それでも市場にもメーカーにも活気があり、夢があった。
乗り心地とハンドリング、ハイパワーエンジン。このバランスが取れ始めたのは
バブルを挟んだここ近年のことだったように思う。
ようやく欧州に追いついた。このフレーズが何度誌面を飾ったことか。
しかし、長引く不況からか、いわゆる走るクルマがどんどんラインナップから落とされていく。
残ったのは「走るリビング」の様なクルマばかり。
そんななかでもスバル、いやレガシィだけは自分の感性とマッチしていた。
・・・・前モデルまでだが。
そして子どもが二人に増え、ついにセダン・ワゴンでは手狭になった。
正確に言えば、自分はまだいけると踏んでいたが、美香の意見はミニバンにしよう、だった。
話がそれてしまった。
自分のクルマに関する良いものを見抜く感性には自信があった。
だからトラヴィックを選んだのだ。
しかし、かなりコンディションが良いと思われるこのクルマでも
納得するレベルにない。ネットの住人はみんなウソつきなのか・・・
自分のトラヴィックが本当に問題ないのか。
そんな時に辿りついたのが、「ガレージ」のブログだった。
つづく