第6話 クルマより先に人を見抜け
檜山和夫 47歳。IT関連企業社長。
大学生の息子が一人。今は妻と2人暮らし、プラス犬。
趣味はゴルフとクルマ。
バブルの頃、株で大儲け。勢い余って仲間とイベント会社を作った。
当時、私は大学生だった。
時代が後押しするように事業は軌道に乗り、
経済誌にも「新進気鋭の若手ホープ」などという触れ込みで
何度か記事になったこともある。
今話したって、誰も信じてくれない様な派手な暮らし。
当時の口癖は「金なら出すけど」。
しかし、数年後。波が退くように全てが弾け、会社は倒産。
仲間(だと思っていた)たちや数多くの知人は去って行った。
幸い、借金を払い終わっても少々の金が残った。
わずかな資金で黎明期だったWeb関係の会社を作った。
一人からの再スタート。
今度は地道に努力した。派手な遊びもスッパリやめた。
着手が早かったことが功を奏したのか、優秀な人材も確保できた。
おかげで今は従業員40名ほどにそこそこの給料が払えるまでにはなった。
息子も一応有名私大に通わせている。
少々の小金が使えるようになったので、自分への褒美として
クルマ趣味を再開した。
ポルシェをはじめ、ベンツ、BMW、マセラティ、アルファロメオ、
レンジローバー、色々乗った。
あの頃と違うのは全て中古車だということ。
中古なら手ごろな値段で夢のあるクルマが手に入る。
もっとも負け惜しみじゃなく、今時のクルマにグッとこないのも正直なところだ。
中古車は安い分だけリスクも大きい。
随分「お布施」も払った。いい勉強になったと言えなくはないが、
これだけは言える。
「クルマより先に人を見抜け」
人というのは中古車を売っている人間のことだ。
人を見抜くだなんて、社長の私が今更言うのも恥ずかしいが、
欲しいもの、趣味に関してはどうしても判断が甘くなる。
「二度と出ない極上のタマが入庫します」
「檜山さんならこの価値、お分かり頂けると思いますよ」
プライドをくすぐる口車に乗せられて、着手金200万を持ち逃げ
されたことがある。
レストアに出したクルマと先払い金ごと行方をくらました業者もいる。
彼らにとって私は絶好のカモだったのかもしれない。
ガックリ肩を落とす度に妻には、
「だから新車にしておけば良かったのよ」
と小言を言われるが、中古車じゃないと興奮しないのだから仕方がない。
今はBMWのM635CSi。同じ仕様は日本には数台しかないはずだ。
この6発をマニュアルで操る気持ち良さは乗った者にしか分からない。
妻には古くて恥ずかしいから一刻も早く何とかしろ、とせっつかれている。
そもそも理解してくれとは思っていないが、乗ってくれないのには参った。
すぐ水温、油温が上がるので毎日は乗れないし大体年の半分は工場に
入っている。
日頃の足は別に持っているが、車検を機に入れ替えようとネットで物色している。
条件は、妻が運転するので車体は小さい方が良い。さらにいえば、
ゴルフバッグが乗ること、犬を乗せられることと、あまり壊れないことも重要だ。
できればドイツ車が良い。一番の要素は安いことだ。
最近ちょっと気になるブログを見つけた。
オペルのザフィーラを得意とする中古車屋のようだ。
能書きが多い中古車屋にろくなのがないのは経験から良く分かる。
知識をひけらかして「ここは詳しい」と思わせるのが彼らの手だし、
綺麗なウェブ・サイトは金が掛る。つまり潤っている、と想像できる。
web屋でありながら騙される私もどうかしているが。
しかし、この店主は少し違うようだ。
淡々と、しかし店主の人柄がよくわかる日記と写真。
ツボを得たメンテナンスのさわりのみサラッと書いている。
本当にこのクルマが好きなんだ、と伝わってくる。
ザフィーラも悪くないかもな。この道具然とした、なおかつ、凛とした雰囲気。
何より安い。
興味が沸いた。何より、店主に会ってみたくなった。
「ガレージ」か。私は携帯を手に取った。
つづく
Posted at 2011/08/14 07:56:27 | |
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