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2026年08月08日 イイね!

万沢林道を越えて、山奥に眠る廃線跡へ──太子線跡を辿ってみた

万沢林道を越えて、山奥に眠る廃線跡へ──太子線跡を辿ってみた

 万沢林道でオフロード走行を楽しんだ後、次に向かったのは「太子(おおし)線跡」です。

 太子線は、かつて群馬鉄山で産出された鉄鉱石を運搬するために造られた専用鉄道です。太子駅から長野原駅までを結び、採掘された鉱石を輸送する重要な役割を担っていました。

 その後、国鉄に移管され旅客輸送も行われましたが、利用者の減少などにより1971年に廃止。現在では、太子駅の施設や路線跡の一部が残され、往時の姿を今に伝えています。

 また山間部に残る廃線跡としては珍しく、路盤が道路転用されている箇所が多いため、クルマでその痕跡を辿りやすいのも特徴です。

 


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 まず訪れたのが「太子駅」です。現在の駅舎や線路は復元されたものですが、ここがかつて鉄鉱石輸送の拠点だったことを感じさせる遺構が残されています。

 

 

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 太子駅最大の見どころは、なんといっても巨大な「ホッパー棟跡」です。

 ホッパーとは、鉱石や石炭、砂利などを貨車へ積み込むための施設のこと。上部に貯蔵した鉱石を、下に停車した貨車へ落として積み込む構造になっていました。太子駅では、そのコンクリート製の基礎部分が現在も残されています。

 

 

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 駅名標も復元されています。太子線は途中駅を設けず、太子駅から長野原駅までを直接結ぶ路線でした。

 

 

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 太子駅を出ると、脇を通る細い道路がかつての太子線のルートになります。廃線後、この区間は道路として転用され、現在では地域の生活道路として利用されています。沿道には住宅や畑が広がりますが、集落を離れると、次第に山深い雰囲気へと変わっていきます。

 そして現れたのが、鉄道時代の面影を残す橋と隧道でした。

 

 

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 縦長の独特な形状をしたトンネル。一般的な道路トンネルとは異なるその姿は、ここがかつて鉄道用として造られたものだったことを示唆しています。

 

 

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 トンネル手前には橋梁も残されています。鉄道時代のガーター橋の上に、現在の車道路盤が乗せられています。

 

 

 

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 さらに進むと、もうひとつのトンネルが現れました。単線鉄道のトンネルを道路転用しているため、幅員が狭く、トンネル内での乗用車同士の離合は不可能です。

 

 

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 トンネル自体はそれほど長くなく、クルマならあっという間に通過してしまいます。

 しかし、ここをかつては貨物列車が走り、大量の鉱石を運んでいたかと思うと、短いトンネルにも違った趣を感じます。

 

 

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 入口には、鉄道時代のものと思われる銘板が残されていました。名称は「第一愛宕ずい道」。全長は約55mです。

 「2号型」と記された規格は、非電化区間向けに使用された旧国鉄のトンネル規格で、電化を想定した1号型に比べ、高さが低いことが特徴です。

 

 

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 ここで少し太子線跡を離れます。

 現在、長野原から旧六合村方面へは国道292号線が主要ルートとなっていますが、かつて地域交通の中心だったのは旧県道「長野原花敷線」でした。

 その旧道に架かるのがこの「出立橋」です。

 白砂川本流を渡る立派な橋ですが、現在では交通量も少なく、山中で静かに余生を送っています。

 

 

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 橋の入口には、高さ制限4.0mのバーが残されていました。かつては大型トラックやバスも通行していたことを示しており、地域の幹線道路だった証です。

  今では大型車がこの橋を渡ることはまずないのでしょうが、残された設備が当時の様子を静かに伝えているのが印象に残りました。

 

 

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 再び太子線跡へ戻り、さらに南下してみます。

 しかし、この先で道は通行止めとなっていました。ここから長野原方面へは、クルマで太子線跡を辿って通り抜けることはできません。

 

 

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 六合村時代に設置された案内板には「この先交通止」と記されています。一般的には「通行止め」という表現を使うと思いますが、「交通止め」という独特な言い回しに時代を感じます。

 またトンネル入口は鎖と有刺鉄線で封鎖されていますが、脇には誰かが内部へ進入しようとした痕跡も見られます。

 

 

 

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 太子線跡をそのまま辿ることができなくなったため、国道で迂回し、今度は長野原側から路盤跡を探してみることにしました。国道から分岐する小道を進むと、そこにはやはり太子線のトンネル跡が残っていました。

 

 

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 ただし、こちら側も入口で封鎖されています。内部を覗くと、緩やかに左へカーブしていて、その先は暗闇の中へ消えています。出口の光は確認できず、比較的長いトンネルであることが想像できます。構造も特徴的で、下半分は石積み、上部のアーチ部分はコンクリートという造りになっていました。

 

 役目を終えた鉄道施設は、今では静かな山の中に眠っています。しかし、そこに残された橋やトンネル、巨大なホッパー跡は、この場所がかつて日本の産業を支えた重要な場所だったことを今も語り続けています。

Posted at 2026/08/08 09:17:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | ジムニーJB64 | 日記
2026年08月07日 イイね!

関東屈指のロングダート・万沢林道を走る──万沢ストレートと「起点」の謎

関東屈指のロングダート・万沢林道を走る──万沢ストレートと「起点」の謎 四万川ダムを後にし、いよいよ本日のメインイベント、万沢林道へと向かいます。

 全長約21kmを誇る万沢林道は、関東では数少なくなったロングダートを楽しめる林道として、オフローダーにはよく知られた存在です。この日は雲ひとつない快晴。絶好のオフロードドライブ日和となりました。


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 四万川ダムから来た国道353号を少し戻ると、万沢林道の入口があります。国道から分岐して少し進むと、林道の起点を示す標柱が立っていました。
 ところが、その標柱に記されていた延長は約10km。事前に調べていた万沢林道の総延長は約21kmだったので、「あれ?」と思わず首をかしげます。残りの距離はいったいどこへ……?


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 しばらくは舗装された路面が続きます。が、やがて路面は未舗装のダートへと変わり、いよいよ万沢林道の本番が始まります。


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 ここ数日は晴天が続いていたはずですが、路面には大きな水たまりやぬかるみがあちこちに残っていました。山肌から湧き出した沢水が流れ込んでいるのでしょうか。
 ジムニーならまったく気にならない程度ですが、普通の乗用車ではちょっと神経を使いそうなコンディションです。


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 さらに進むと、「落石注意」の看板が現れました。


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 道路脇の法面は未普請のまま岩肌が露出しており、いつ落石や土砂崩れが起きても不思議ではない雰囲気です。看板で警告されるまでもなく、この景色を目の前にすれば自然と気が引き締まります。


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 場所によっては落石対策として防護ネットが設置されています。しかし、そのネットもすでに何度も落石や土砂崩れを受けてきたのでしょう。所々が破れ、満身創痍ともいえる痛々しい姿になっていました。


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 路面には落石と思われる石があちこちに転がっています。鋭く尖った石も多く、タイヤを傷つけないようラインを選びながら慎重に進んでいきます。


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 途中に小さな広場があったので、木陰にジムニーを停めてひと休み。クーラーボックスで冷やしておいた缶コーヒーを開けます。
 林道を吹き抜ける風は心地よく、雲ひとつない青空の下で味わう一杯は格別。


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 やがて林道はピークを越え、下り区間へ。エンジンブレーキを効かせながら、ゆっくりと山を下っていきます。

 万沢林道は比較的よく整備されており、見通しの悪いカーブにはカーブミラーも設置されています。ダート林道としては走りやすく、林道初心者でも比較的安心して楽しめる一本だと感じました。


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 そして林道も終盤に差しかかった頃、万沢林道最大の見どころが姿を現します。それが、通称「万沢ストレート」

 それまで山肌に沿ってクネクネと続いていた林道が、突然視界の開けた場所へ飛び出し、長く真っすぐなダートが一直線に伸びています。北海道あたりならいざ知らず、関東の山奥で突然これほどの長い直線が山中に現れるため、不意を突かれたような印象を受けます。万沢林道ならではの名場面です。


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 万沢ストレートの途中には、「野反湖パークランド和光原」という別荘地へと分岐する道がありました。こちらにも行ってみましたが、別荘地の入口でゲートがあり、関係者以外は立ち入り禁止となっていました。


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 しかし、これほど幅が広くフラットなダートが、なぜこんな山中にあるのでしょうか。火山活動や大規模な山体崩壊によって谷が埋まり、たまたま平坦な地形が生まれたのか。それとも人の手によって造成された土地なのか。
 土地の平坦さに疑問は残りますが、近くに採石場があり、そこを行き来する大型車のために道幅を広げ、フラットな路面にしているというのは間違いないようです。そのためこの広く締まったダートは、採石場の入口から林道終点の国道405号まで続いていました。

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 林道の終点には、入口で見たものと同じ林道標柱が立っていました。
 
 ……ところが、よく見るとこちらも「起点」となっています。入口側の標柱も「起点」だったはずですが、どういうことなのでしょうか?
 こちらの標柱には延長約11kmと記されており、入口側の約10kmと合わせると、ちょうど万沢林道全体の約21kmになりますが……。

 帰宅後に関東森林管理局の林道位置図を確認してみると、万沢林道は行政上、「万沢(相倉山)林道」と「万沢(新湯)林道」の2路線として管理されていることが分かりました。つまり、一般にはひとまとめに「万沢林道」と呼ばれていますが、実際には途中で管理路線が切り替わっており、それぞれの路線に「起点」の標柱が設置されているようです。

 なるほど、そういうことだったのか……。
Posted at 2026/08/07 15:15:23 | コメント(0) | トラックバック(0) | ジムニーJB64 | クルマ
2026年08月06日 イイね!

万沢林道への道──中之条ダムと奥四万湖

万沢林道への道──中之条ダムと奥四万湖 関東屈指のロングダートとして知られる万沢林道へ行ってきました。

 万沢林道は、群馬県北部の四万温泉と旧六合村を結ぶ林道で、東側にある秋鹿大影林道と組み合わせれば、30kmを超えるダート走行が楽しめます。そのため、関東のオフローダーにはおなじみの人気ルートです。
 今回は四万温泉側から林道へ入りますが、まずは林道へ向かう途中に立ち寄った、中之条ダムと四万川ダムから紹介していきます。


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 中之条から国道353号を北上し、四万温泉方面へ向かいます。
 その途中に立ち寄ったのが、中之条ダムと、その上流に広がる四万湖です。


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 中之条ダムは、群馬県が管理する農業用水の確保と発電を目的としたアーチ式コンクリートダムです。堤高は42メートルと規模はそれほど大きくありません。
 実は、このダムで以前から一度やってみたいと思っていたことがありまして、今回はその「あること」に挑戦してみようともくろんでいます。


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 こちらは中之条ダムの天端です。
 一見すると、関係者以外立入禁止の管理用通路にも見えますが、ここは一般の歩行者にも開放されていて誰でも通ることができます。そして、さらに驚くことに……。


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 なんと、この細い天端をクルマで通行することができるのです!! もちろん一般車も通行可能。

 ここでやってみたかった「あること」、そう、それはこの天端を自ら運転するクルマで走り抜けることです。

 ただし、車両にはサイズ制限があります。
 そして、制限があることも知っていました。でも、軽自動車のジムニーなら問題ないだろう――そう思っていたのですが……。


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 制限は幅1.7メートル、高さ2.3メートル、重量1トン。
 ジムニーの全幅は約1.48メートル。ルーフボックスを装着していても高さは約2.1メートルなので、この2項目は問題なくクリアしています。
 ところが、重量制限1トンが思わぬ落とし穴でした。JB64ジムニーの車両重量は約1,060kg。わずか60kgほどですが、規制値を超えてしまっているため、残念ながら通行することはできません。

 実は約10年前にもデリカでここを訪れ、その時もサイズの問題で断念しました。


「次はもっとコンパクトなクルマでリベンジしよう」


 そう思い続けてきましたが、今回は軽自動車だから大丈夫だろうと考えていたところ、まさかの重量制限に阻まれるという展開。10年前にもしっかり確認していたハズなのに、すっかり忘れていました。


 最近はコンパクトカーでも1トンを超えるモデルが珍しくありません。この条件を満たせる車種は意外と少ないのかもしれませんね。


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 中之条ダムを後にし、四万川沿いをさらに上流へ進むと現れるのが、四万川ダムです。こちらも群馬県が管理する多目的ダムですが、最大の特徴はその独特なデザイン。
 下流側の堤体には石積み風の意匠が施され、尖塔風の管理施設を備えた洋風の建築となっています。下流側からの堤体外観は、まるでヨーロッパの古城のような雰囲気を漂わせています。
 バブル期に計画・建設されたダムらしく、機能性だけでなく景観にも強くこだわった時代を感じさせるデザインです。


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 四万川ダムの天端も一般車が通行できます。ただし、一方通行となっているため、天端を走るには奥四万湖をぐるりと一周してくる必要があります。
 もちろん、せっかくなので一周してきました(笑)。


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 ダム湖である奥四万湖は、「四万ブルー」と呼ばれる神秘的な青い湖面で知られています。
 訪れた日は雲ひとつない快晴。澄み切った空の青さ以上に鮮やかな湖面が、周囲の深い緑と見事なコントラストを描き、本当に美しい景色が広がっていました。写真はまるで画像に手を加えたかのような湖面の色ですが、これで無加工の撮って出し。実際に見ると息をのむような美しさです。


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 奥四万湖をバックにジムニーを一枚。
 訪れたのは平日の朝でしたが、観光客やドライブを楽しむクルマが次々と訪れていました。四万温泉を訪れた際には、ぜひ立ち寄ってほしいおすすめスポットです。

 さて、美しい景色を満喫したところで、いよいよ今回のメインイベント。関東屈指のロングダート、「万沢林道」へと向かいます!!
Posted at 2026/08/06 14:24:36 | コメント(0) | トラックバック(0) | ジムニーJB64 | クルマ
2026年07月23日 イイね!

イラン情勢がまさか愛車にも──ジムニー6か月点検で思わぬ影響

イラン情勢がまさか愛車にも──ジムニー6か月点検で思わぬ影響

 一カ月ほど前、いつもお世話になっているスズキアリーナ店へ、ジムニーの定期点検に行ってきました。新車購入時に加入したメンテナンスパック(車検なし)も、今回の点検が最後です。内容は通常の6か月点検に加え、エンジンオイル交換も含まれていました。


 ところが、昨今のイラン情勢の影響で純正エンジンオイルが不足しているとのこと。なのでこの時は、点検のみを実施しオイル交換は入荷後に改めて行う、ということになりました。

 全国的にエンジンオイルが不足しているというニュースは目にしていたので驚きはしませんでしたが、まさか自分のクルマにまで影響が及ぶとは思ってもいませんでした。


 もっとも、今回は結果的に都合が良かったとも言えます。というのも、冬の間にあちこち走り回り、前回の交換から5,000kmを超えてしまったため、点検を待たずにカーショップで一度オイル交換を済ませていたのです。そこからの走行距離はまだ1,000kmにも満たない状態でしたので、交換が少し先延ばしになるのはかえって好都合だった、というわけです。


 さらに、この点検ではクラッチのレリーズベアリングの異常も見つかりました。こちらも部品の入荷待ちとのことで、部品が届いたら修理を行い、そのタイミングでエンジンオイルも一緒に交換しましょう、という話になっています。


 しかしながら、点検から一カ月以上経った今も、まだ連絡はありません。


 オイルが入荷しないのか、レリーズベアリングの部品が届かないのか、それともメカニックさんの手が回らないほど忙しいのか……。このディーラーは比較的大きなスズキアリーナ店(スズキ自販系)なのですが、6か月点検の予約を取ろうとした際も、一カ月以上先まで予約が埋まっている状態でした。


 幸い、このジムニーは数か月後にノマド(2型)へ乗り換える予定なので、仮に修理が間に合わなくても私自身への影響はほとんどありません。現状では走行に支障はなく、クラッチペダルを奥まで踏み込んだ際に、最後のあたりで「ギギッ」とした感触が出ることがある程度です。

 それでも、このジムニーは次のオーナーさんへ引き継がれるクルマです。できれば修理と整備をきちんと終えた万全の状態で送り出せたらいいな、と思っているのですが……。

 
Posted at 2026/07/23 09:21:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | ジムニーJB64 | クルマ
2026年06月23日 イイね!

自然を制し、自然に翻弄される人々の営み~長崎「残照」探しの旅④

自然を制し、自然に翻弄される人々の営み~長崎「残照」探しの旅④ 長崎旅行二日目。今日も朝から雨が降り続いています。そんな中、今日は長崎市から東へ向かい、雲仙・島原方面を訪ねることにしました。

 島原半島の北側に広がるのが諫早湾です。ここは有明海の一部で、潮の干満差が非常に大きいことで知られています。その差は大潮の時には4~5mにも達するといわれ、古くから広大な干潟を利用した干拓が行われてきました。

 また、島原半島の中央部にそびえるのが雲仙岳です。その名を聞いて、1990年代初頭の出来事を思い出す方も多いのではないでしょうか。

 1990年11月に始まった雲仙・普賢岳の噴火活動

 火口から粘り気の強い溶岩が次々と押し出されることで山頂付近には巨大な「溶岩ドーム」が形成され、その一部が崩落することで、高温の火山灰やガス、岩塊などが斜面を高速で流れ下る「火砕流」が発生しました。
 そして火砕流被害を受けたエリアの下流域では、その後の降雨によって大量の土砂が流れ下る「土石流」も繰り返し発生。島原半島は、長期間にわたる火山活動によって大きな被害を受けることになります。

 今日訪ねるのは、そんな島原に残る「自然と向き合ってきた人々の残照」を探しに行くドライブです。


---INDEX---

第1回 プロローグ
第2回 原爆資料館と爆心地公園
第3回 野母崎軍艦島資料館と軍艦島遠望
第4回 諫早湾干拓道路とがまだすドーム【←この記事】
第5回 土石流被災家屋保存公園と旧大野木庭小学校【COMING SOON】
第6回 石原岳堡塁跡【COMING SOON】
第7回 針尾送信所【COMING SOON】
第8回 無窮洞【COMING SOON】
第9回 片島魚雷発射試験場跡地【COMING SOON】
第10回 池島炭鉱ツアー【COMING SOON】
第11回 池島・島内廃墟群めぐり【COMING SOON】
第12回 軍艦島ツアーに参加する、が……【COMING SOON】
第13回 エピローグ【COMING SOON】



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 長崎市から雲仙へ向かう途中でまず立ち寄ったのが、諫早湾の干拓堤防道路です。
 諫早湾では古くから干拓が行われてきましたが、戦後になると農地の造成や水害対策などを目的とした大規模な干拓事業が計画され、1989年には国営諫早湾干拓事業が着工されました。
 その象徴ともいえる存在が、諫早湾を締め切る潮受け堤防と、そこに設けられた排水門です。干拓事業をめぐっては、漁業関係者と農業関係者を中心に長年にわたって激しい議論が続きました。

 そして、特に全国的な注目を集めたのが、1997年4月に行われた潮受け堤防の閉め切りです。写真は、その潮受け堤防に設けられた水門です。
 その後もこの水門をめぐっては、開門調査をめぐる裁判など、諫早湾干拓事業に端を発する問題が長く続くことになりました。


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 水門から島原半島方向へ、全長約7kmに及ぶ潮受け堤防が伸びています。この日はあいにくの悪天候。諫早湾を横切る堤防は、途中から雨と靄の中へ消えていました。

 1997年の閉め切りの際、293枚の鉄板が次々と海へ落とされていく様子は、当時のテレビで何度も放映されました。その光景から「ギロチン」と呼ばれるようになったこの閉め切りは、私にとっても強烈な印象として残っています。

 そして現在、その潮受け堤防の上には道路が整備され、一般の車両が走ることができるようになっています。



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 「雲仙多良シーライン」と呼ばれるこの道路を、島原半島側へ向かって走ります。途中に設けられているのが雲仙多良シーライン展望所。駐車場とトイレが整備されており、巨大な潮受け堤防を間近に見ることができます。


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 堤防道路を跨ぐ歩道橋から、その姿を眺めてみました。一直線に伸びる巨大な堤防が、諫早湾を二つに分けています。写真左側が有明海。右側に見えるのが、堤防によって海から仕切られた調整池です。





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 諫早湾を後にして島原半島へ渡り、まず向かったのが「がまだすドーム(雲仙岳災害記念館)」です。
 ここは、雲仙・普賢岳の噴火災害について学ぶことができる体験型の火山災害ミュージアム。1990年から1996年まで続いた一連の火山活動と、それによって島原半島が受けた被害について、映像や模型、実物資料などを通して知ることができます。


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 こちらは雲仙岳と島原市周辺を再現したジオラマ。ここにプロジェクションマッピングによって火砕流や土石流の発生と、その被害がどのように広がっていったのかが映し出されます。
 地図だけではなかなか実感できない災害の規模が、立体的な地形の上に再現されることで、一目で把握することができます。


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 こちらは「火砕流の道」という展示。光と音によって、火砕流が迫ってくる様子を体感できるようになっています。
 火砕流の流れる速さは時速100kmから数百kmにもおよぶと言われ、迫る火砕流に気付いてから逃げることは極めて困難です。実際にその動きを目の前で体感してみると、確かにあっと思った時にはもう間に合わないということがよく理解できます。火砕流の恐ろしさの一端を知ることができました。



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 1991年6月3日。
 雲仙・普賢岳の噴火活動の中でも、とりわけ大きな被害を出した火砕流が発生しました。この火砕流によって43名もの尊い命が失われました。
 そんな大火砕流が引き起こした被災地の様子が、ジオラマによって再現されています。鬼気迫る臨場感で、実際に被災地に降り立ったかのような感覚になります。


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 さらに驚かされるのが、ジオラマに使用されている展示物の一部です。立ち入り禁止を示す看板、バス停、自転車……。これらは単なる再現物ではなく、実際に火砕流の被害を受けたものなのだそうです。


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 こちらは、被災した子どもの三輪車。車輪の部分は焼けて失われ、残されたフレームだけが残されました。そこにあったはずの何気ない日常が、一瞬にして奪われたことが実感されます。


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 こちらはスクーター。ホンダ・リードでしょうか。エンジンや駆動系、リアホイールなどが失われています。
 

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 1991年6月3日の大火砕流では、取材に当たっていた報道関係者も犠牲になりました。こちらは、その火砕流によって焼かれたテレビカメラの三脚。高熱にさらされて脚部は大きく変形し、まるで細いひもの束ような姿になっています。
 火砕流が単に「熱い煙」などではなく、あらゆるものを焼き、破壊しながら押し寄せる巨大なエネルギー塊だったことが伝わってきます。


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 館内には、このほかにも当時の映像や写真、実物資料、火山や火砕流のメカニズムを説明するパネルなど数多く展示されています。ここは火山と共生する人々の暮らしと災害の記憶を伝える場所なのだと感じました。


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 最後に、がまだすドームの屋上に上がって雲仙岳方向を眺めてみます。

 しかし、この日はあいにくの雨。雲仙岳はもちろん、巨大な溶岩ドーム「平成新山」の姿も見ることができません。わずかに雲の切れ間から、手前にそびえる眉山が姿を見せる程度でした。

 少し残念ではありますが、今日見てきた展示を思い返すと、この雨に煙る山の姿もまた、この場所には似合っているような気がします。
 普段は穏やかに見える山の向こう側には、かつて巨大な火山活動があり、そこで多くの人々の生活が大きく変わってしまいました。このミュージアムでその隠された残照を、様々な資料の中に垣間見ることができたように感じたからかもしれません。
Posted at 2026/09/03 09:58:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | 旅行・お出かけ | 日記

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「自然を制し、自然に翻弄される人々の営み~長崎「残照」探しの旅④ http://cvw.jp/b/642464/49282013/
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平成20年まで東京に住んでいましたが、このほど出身地でもある神奈川県に移り住んできました。 10年ほど続けた雑誌編集者(主に自動車関係の雑誌を作ってマシタ...
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