恒例!冬のロングドライブ 第6回~奇跡の水門・普代水門を訪ねて 


ここは道の駅でありながら、三陸鉄道・普代駅も併設された場所。道路と鉄道が交わる、小さな交通の結節点といった雰囲気です。正直、観光地としてはそれほど有名ではない三陸の小さな村。
しかし、ここには“わざわざ来る理由”があるのです。

2011年の東日本大震災。三陸沿岸の多くの地域が壊滅的な被害を受ける中で、この普代村は――死者数ゼロ。その奇跡の中心にあったのが、この水門です。
この水門が造られたのは1984年。背景には、過去の大津波の記憶がありました。1896年に起きた明治三陸地震で死者302名、そして1933年の昭和三陸地震では死者137名の津波犠牲者を出すという悲しい過去がありました。
この教訓から、当時、村長を務めていた和村幸徳氏の「二度と同じ悲劇を繰り返さない」という強い決意のもと、この水門が建設されました。
当時は、「小さな村にこんな巨大な水門は無駄ではないか」という批判も多かったそうです。しかし和村村長は一切譲りませんでした。明治三陸地震で記録された“15メートルの津波”を根拠に、水門の高さを15メートル以上とすることを貫いたのです。
そしてその判断は、数十年後――、想像を超える形で証明されることになります。「無駄な公共事業」とされた水門が、「奇跡の水門」と一躍、全国から讃えられることになるのです。

見上げるような高さに設置されたゲート操作台。その壁面に、青いパネルが取り付けられています。

それでも水門は決壊することなく、圧倒的な水量を食い止めました。結果として、居住区域への浸水被害はほぼゼロ。すぐ上流にある小中学校も、被害を免れています。
もしこの水門がなかったら――
あるいは、もし破壊されていたら――
普代村中心部は、広範囲にわたって津波の被害を受けていたとされています。

一見すると、海までは距離があるように感じます。しかし3.11ではこの視点の高さをも超える波が、この場所に押し寄せたのです……。
そう考えると正直、背筋がゾッとします。

3.11当時は遠隔操作で閉鎖を試みたものの、停電と余震の影響で県道側(写真とは反対側)の陸閘を完全に閉めきることができませんでした。最終的には消防団が現地で手動操作し、間一髪で閉鎖に成功したそうです。

その姿はまさに、集落を守るために築かれた“巨大な壁”。静かに、しかし確実に、そこに立ちはだかっています。

けれどもひとたび津波が発生すれば、その景色は一変します。すべてを飲み込む“脅威”へと変わるのです。
遠くには普代水門の姿。浜から見ても、そこまでの距離は決して近くありません。

公園として開放されているものの、この日は、訪れる人の姿はほとんどありませんでした。どこか静かで、それでいて少しだけ張り詰めた空気が漂っているように感じられました。
2型ノマドの抽選結果が来ました!!
2月中旬に申し込んだ、ジムニーノマド2型。ついに、その結果がディーラーから届きました。
【ドライブ四至】クルマで到達できる「真の本州最北端」はここだ! 
本州最北端、青森県の大間崎。ここで無事に「到達証明書」を入手し、とりあえずの目的は達成。……なのですが。
「ここ、本当に“クルマで行ける最北端”なのか?」
そんな疑問が頭をよぎります。というのも、どうやら“大間崎=最北端”とは言い切れないようなのです。
以前、「クルマで到達できる本州最南端」を探しに、潮岬に行ってみましたが、今回は「本州最北端」を探してみたいと思います。
ここは大間崎すぐ目の前の道路ですが、ジムニーを停めているあたりが、「最北端」とされている場所です。当初は私も、ここが“クルマで到達できる本州最北端”だと考えていました。

グーグルマップの航空写真で周辺をチェックしてみます。すると……どうでしょう、大間崎のすぐ西側、下手浜漁港の突堤のほうが、さらに北へ突き出しているように見えるではありませんか。
問題はただひとつ。「そこにクルマで入れるのか?」です。

というわけで、現地へ。漁港の入口までやってきました。ここを右に入れば、例の突堤へと続いているはずです。
周囲を見渡しても、進入禁止の標識や注意書きは見当たりません。……どうやら、入っても問題なさそうです。
突堤の途中から、なぜか高さ2メートルほどの盛り土がされており、道幅は実質半分ほどに。少し違和感を覚えつつも、そのまま進んでいきます。目指すのはこの先、突堤が右へ折れ曲がるポイントです。

こここそが、「クルマでたどり着ける真の本州最北端」です!! ……見た目はかなり地味ですが(笑)。
地図上での最北端は、後ろに見える街灯の下あたり。ただし、突堤の半分は盛り土で覆われているため、実際にクルマで行けるのはジムニーを停めたこの位置が限界となります。

参考までに、先ほどの大間崎前でGPS座標を取得。
北緯41度32分46.8168秒。
北緯41度32分47.6808秒!
やはり、こちらのほうがわずかに北。数字でもしっかり「最北端更新」を確認できました。
大間といえば何といっても「マグロ」ですが、水揚げの中心はここではなく、少し南にある大間港。そのため、この下手浜漁港には観光客の姿はほとんどなく、土産物屋や食事処もありません。あるのは、漁師さんたちの日常。
ここは観光地ではなく、あくまで“生活の場”という空気が色濃く漂っています。
当然ながら案内板ひとつなく、私以外にここを訪れる人もいません。地図をにらみながら東西南北の“キワ”を探し、実際に走りに行って確かめてみる。これこそが「ドライブ四至」の醍醐味なのですが、どうやらこの楽しみ方、かなりマイナーなようです……(笑)。
恒例!冬のロングドライブ 第5回~取りこぼした証明書を求めて、再び最北端へ 
昨日は、秋田県の尾去沢鉱山を心ゆくまで堪能し、その後、青森市内へ移動。市内のビジネスホテルで一泊しました。
そして迎えた東北ドライブ3日目。
本日の目的地は、本州最北端・大間崎です。狙うはもちろん「到達証明書」。実は大間崎自体は昨年も訪れているのですが、その存在を知らず、証明書は未入手のまま。
今回はその“取りこぼし”を回収すべく、再びこの地を目指します。

“災害級”という言葉が、決して大げさではなかったことを実感させられます。

ここは個人的にも思い出深い場所です。今から30年前、学生時代にN14型パルサーで北海道を車中泊しながら一周し、その帰路に函館からフェリーでこの大間へ渡ってきました。そして、そこからさらに神奈川の自宅まで下道で帰るという強行軍。
あれは……さすがにキツかった。今でもはっきりと記憶に残っています。

昨年に続いての大間崎。標柱、まぐろのモニュメント、そして石碑——いわば“定番の3点セット”は今年も健在です。

そのすぐ隣にあったレストハウスは、すでに姿を消していました。
この日はちょうど解体作業の真っ最中。何気なく見ていた風景が、またひとつ過去のものになっていきます。

大間崎から望む津軽海峡と、その先の北海道。手前に見える灯台の立つ小島が弁天島です。

昨年訪れたときは、階段を下りた先まで波が押し寄せていましたが、この日はかなり潮が引いています。
……あの先、行けそうだな。
「大間崎よりさらに北」に立ってみるのも、悪くないかもしれません。

長ぐつを履いているので濡れる心配はないものの、足元は想像以上にシビア。磯には岩ノリのような海藻がびっしりと張り付き、非常に滑りやすい状態です。転倒に注意しながら、一歩ずつ慎重に進みます。
先ほどよりも弁天島がぐっと近く見え、わずかな差ながら確実に「先端を越えた」実感があります。
見事に海上表示。完全に“大間崎の沖合”に立っていました。GPSの座標は北緯41度32分49.1784秒を示しています。

その後、大間崎すぐ近くの「大間観光土産センター」にて、念願の到達証明書を入手。
これで今回の旅、ふたつ目の目的を無事達成です(ひとつ目はもちろん、一般公開終了間際の尾去沢鉱山)。

到達時刻は、2026年2月20日11時02分。レジのお姉さんがしっかりと時間を確認し、スタンプを押してくれました。こういうひと手間が、旅の記憶をより鮮明なものにしてくれます。
恒例!冬のロングドライブ 第4回~一般公開終了間際の尾去沢鉱山へ! 
やってきました、尾去沢鉱山。ここを訪れるのは今回で3回目。それでも、今回ばかりはこれまでの訪問とは少し意味合いが違います。というのも、2026年3月をもって坑道の一般公開が終了してしまうからです。
尾去沢鉱山の坑道は、岩盤が比較的強固なこともあり、掘削当時の姿を色濃く残しています。内部には「シュリンケージ採掘法」と呼ばれる、上へ上へと掘り進められた巨大な空間が今もそのまま残されており、見上げるほどの高さを持つ空洞が、暗闇の中にぽっかりと口を開けています。
そのスケールは数十メートル。人の手で掘り上げられたとはにわかに信じがたいその空間は、鉱石を求めた人間の執念と技術の凄まじさを、静かに、しかし確実に突きつけてきます。
——二度と見られなくなるかもしれないあの光景を、もう一度自分の目で確かめておきたい。
そんな思いに突き動かされ、気がつけば自宅から600km。はるばる秋田の地までやって来た、というわけです。

尾去沢鉱山の周辺は、深い雪に覆われていました。今も残る鉱山施設のコンクリート遺構もすっかり雪に埋もれており、その細部を観察できなかったのは少し残念です。

2026年2月現在、一般公開されている観光坑道「石切沢通洞坑」の入口。ここから地下の世界へと足を踏み入れます。

尾去沢鉱山は、2007年に「有数の金属供給源として近代化に貢献した東北地方の鉱業の歩みを物語る近代化産業遺産群」のひとつとして、近代化産業遺産に認定。また2005年には、残された施設群が土木学会選奨土木遺産にも選ばれています。

マスコットの「鉱太(こうた)くん」。以前は坑口の前に立っていましたが、この季節は屋内に避難中。
君に会えるのも、今日が最後なのかな……。

坑道に入ってしばらくは、コンクリートで巻き立てられた区間が続きます。内部は通年13℃前後とのことですが、このあたりはまだ外気の影響が残っているせいか、正直かなり寒い。

奥へ進むにつれ、坑道は次第に素掘りの荒々しい姿へと変わっていきます。ゴツゴツとした岩肌に、木製の支保工。
一気に“鉱山らしさ”が濃くなり、空気まで変わったように感じられました。

尾去沢鉱山の主力は銅鉱石。観光坑道の中には、今も鉱脈がそのまま残っている箇所があります。この青緑色に変色した部分——おそらくこれが銅の鉱脈なのでしょうか。

そして現れる、シュリンケージ採掘の跡。見上げるほどの高さに掘り上げられた巨大空間ですが、これでもまだ一部分に過ぎません。
高さ約30メートルの空間が、上下に15段。合計で実に450メートル。
その数字を頭では理解しても、実感はまったく追いつかない。ただ、目の前の“異様な空間”だけが見る者へ何かを訴えかけてくる、そんな鬼気迫る迫力に魅せられます。

そこにあったのは、山神社(さんじんじゃ)。かつてここで働いた鉱夫たちが、良質な鉱石の産出と日々の安全を祈った場所です。

廃坑やトンネルが菌床栽培の場や酒蔵などに転用される例はよくありますが、ここにも日本酒やワインが並べられていました。

尾去沢鉱山の大きな見どころのひとつが、マネキンによる再現展示。そのリアルさはかなりのもので、今にも彼らが動き出して採掘作業を始めるのではないかと思えるほどの存在感です。暗い坑道の中でふと視界に入ると、正直ちょっとドキッとします。

鉱石や資材の運搬には、バッテリー式の電車が使われていました。坑内では排ガスを出すガソリンまたはディーゼル機関車が使えないためです。
足元には当時のトロッコ軌道もそのまま残されており、縦横に張り巡らされたレールが、往時の賑わいを静かに物語っているようです。

立坑を移動するためのエレベーター。上下に広がる坑道を行き来するため、人だけでなく鉱石や資材の輸送にも使われていました。

分厚いコンクリートで囲まれた一室。ここはかつて火薬庫として使われていた場所です。現在は当時の写真が展示されており、操業時代の様子を垣間見ることができます。

尾去沢鉱山の歴史は非常に古く、708年(和銅元年)に銅が発見されたという伝説が残っています。
江戸時代にも採掘が行われており、その頃の坑道も現存しています。このエリアでは、機械化以前の採掘の様子が再現展示で紹介されています。
こちらが江戸時代の坑道。人がひとり、かがんで進むのがやっとという狭さです。いわゆる「たぬき掘」と呼ばれるもの。先ほどの巨大空間とは対照的で、同じ鉱山とは思えないほどの違いがあります。
観光坑道の近くには「鹿角市鉱山歴史館」も併設されています。規模は大きくありませんが、展示はどれも興味深く、気がつけば30分以上も見入ってしまいました。

昭和35年当時の全景。精錬所が立ち並び、山肌にはほとんど草木が見られません。いかにも“鉱山の町”といった荒涼とした風景です。
雪に覆われて全貌は見えにくいものの、大煙突や煙道、精錬所建物跡が今もなお残っています。かつてこの場所にあった膨大な営みを思うと、目の前の静まり返った風景の中に、どこか言いようのない余韻が残りました……。
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♠警告灯点灯【ウインカーハイフラ現象】 カテゴリ:その他(カテゴリ未設定) 2025/06/15 06:25:47 |
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