フォーカスの生産が去る11月14日をもって終了したという。2年前のフィエスタの生産終了時と違い、フォード側から公式にフェアウェルのコンテンツで送り出されることもなく、フォード従業員向けの内部メールで生産終了の報がされただけだったらしい。1998年から27年にわたりフォードの重要な商品ポジションを担ってきた基幹車種としては、なんともさびしい幕切れにも思えるが、私にとってフォーカスは今なお現役所有車であるとともに、私自身に非常に大きな影響を与えてくれた不世出の1台として、これから先も私のすぐそばで変わらず輝き続けるだろう。
Cセグメントというかつては自動車市場における主流であったカテゴリーにおいて、新しい基準を打ち立てたパッケージングとドライビング・ダイナミクス、それらを鮮烈に印象付けるスタイリングの斬新さは、今もなお少しも揺るぐことのない初代フォーカスの美点であると考えている。ゴルフというメートル原器の如き存在が長らく君臨し続けるカテゴリーにあって、フォーカスはそれとは明確に異なり、それでいてユーザーが望むものを過不足なく備えた、偉大なるオルターナティブであり、かつ主流派であった。
その証拠に、初代フォーカスはヨーロッパはもとよりアメリカでも多くのユーザーを獲得したベストセラーであり続けた。多くの人に好まれ選ばれるものは得てして保守的である-そんな定説をフォーカスはあっさり覆した。真に使いやすくて信頼するに足り、何より暮らしに悦びをもたらしてくれるものであるなら、多少異質に映っても人々は積極的に受け入れることを実証してみせたフォーカス。私にとっても自らのそれまでの固定観念が根底から揺さぶられたとともに、先入観に囚われることなく、良きものを正当に選んだ世界のフォーカス・オーナーたちの「開かれた眼」の寛容さに感動を覚えたことも、今もって鮮やかな記憶となっている。
フォーカスは代を重ねるごとに商品性を改めてきた。2代目は欧州フォードがプレミアム指向を強めた時期で車格と品質の向上を志したことと引き換えに、初代が持っていたある種のラジカルさ・パンクなスピリットは影をひそめた。続く3代目はOne Ford体制下で世界共通車として開発され、動的性能の高さを誇示する方向へと舵を切った。個人的にはこのときにそれまでのフォーカスの一大特徴であったコマンドポジション(アイポイントが高い上背を立たせた着座姿勢)が捨て去られたのが残念でならなかった。そして最終世代となった4代目は3代目の正常進化に映るが、外観の印象はあたかもアルファ・ロメオのジュリアかBMWの1シリーズの如しで、そこにもはやフォーカスらしさは希薄だった。だからこそ、次のフォーカスが現状の袋小路を脱して久方ぶりのブレイク・スルーをもたらすことを微かに期待した頃、フォードはすでにフォーカスの次期モデル開発中止の決定を下していた。
当時の欧州市場における急速な電動化へのシフトを織り込んだ経営判断であったとはいえ、その後の電動化がなかなか思ったように進展しない今の状況を前に、フォードの決断は性急でなかったのか?そんな思いはやはり拭えない。一方で、報道によれば2027年に事実上のフォーカスの後継に相当する小型BEVの登場が予定されているらしく、それはハッチバックでなく現在主流のSUVタイプらしい。願わくば、フォーカスが初代で示した「偉大な過去の遺産からの飛翔を恐れず、多くの人々が望み手にしうるものを、独創性の高いデザインによりリーズナブルに提供する」という高尚なまでの精神が、いくばくかでも継承・反映されたものとなることを望みたい。
最後に、初代フォーカスの特にデザインに関しては、「それまでに見たことのないような造形」として、これまで本当に多くの紙幅を割いて賞賛してきた。しかしそれについては私に勉強不足な面があったことを認めなければならない。イタリアの著名なカロッツェリアであるベルトーネ社が1996年に発表したコンセプトカーSLALOM(スラローム)のボディデザインは、明らかにフォーカスが範を得たものと理解ができる。4枚目の掲載写真を見てもらえば説明は不要だろう。1996年といえばフォーカスが登場する2年前、そのデザインの決定にはまだ間に合うタイミングであり、フォードのデザイナーたちがSLALOMに大きなインパクトを受けたことがうかがえる。それどころか、フォードがベルトーネからデザインのモチーフを買ったの?とも勘ぐりたくなるレベルだが、もちろん、それであっても初代フォーカスのデザインが持つ訴求力はいささかも揺るがない。繰り返すが、すでに定まった公式が存在するかのような領野に、大胆なアプローチをもって異なる解を示すことに挑んだ姿勢こそが偉大なのである。
(掲載のフォーカスの実車写真はすべて2025年11月に撮影。BERTONE SLALOMの写真はAUTO MOBI LISTE 2024.11.10掲載記事から引用)