2010年05月19日
番場琢 第3弾
今日は、スカラシップ、FT時代の事を書きましょう。
今日は、長々とならない事を祈りながら、、、、、、。
!!!スタート!!!
昨日お話ししたスカラシップとは、トヨタ自動車の若手育成プロジェクト、
『FTRS』 (フォーミュラ・トヨタ・レーシング・スクール)
です。簡単に言うとトヨタのF1候補生。
僕は2期生で、一緒に受かったのが平手選手。
年齢が足らずで、補欠が小林可夢偉選手。
ちなみに3期生が可夢偉と中嶋一貴選手です。
いわゆる世界に通用するトップドライバーばかり。
さて、話しを戻してスカラシップを獲得した翌年は、トヨタ支援の元、FT(フォーミュラトヨタ)にフル参戦。
スカラシップを獲得したけど、カートでは全く結果を出せていなかった僕は、自信もほとんどない状態でした。
しかも、みんなが入りたくても入る事が出来ない「FTRS」の一員としてのレース。
半端じゃないプレッシャーと自信がない弱い自分で、押しつぶされそうになる毎日でした。
でも、人生で一度来るか来ないかのビックチャンス!!
自分なりに精一杯出来る事をしました。
「FTRS」の校長先生は皆さんもよくご存じの、トムスの監督「関谷正徳」さん。
関谷さんは、本当に熱く、優しく、たくさんの事を教えてくれました。
そのころの僕は、1レース1レースをクリアするので精一杯で、自分で色々考えながらレースをするほど余裕がなかったです。
きっと、皆さんがサーキットを初めて走った時に、周りを見る余裕がないのと同じ感じです。
Rd.2で2位表彰台を獲得したり、レース中ファステストを取ったりしていたのですが、優勝という結果だけ手に入れる事が出来ず、レースは後半戦へ。
チームメイトの平手選手は優勝もしているし、シリーズチャンピオン争いをしていました。
僕はシリーズ3位争い。
ちょうどそのころ、関谷校長に「1勝出来なかったら来年はないから、頑張れ!!」と言われたのを今でも覚えています。
もともと、自分に自信がなかった僕ですが、もうそんな事は行っていられない状態。
何が何でも勝たなくてはいけない。
必死にもがいていた後半戦SUGO。
僕にとってそこで勝てなければ来年はない、と自分に言い聞かせレースに望みました。
予選は2位でしたが、スタートが得意だった僕はスタートでトップに出る事が出来ました。
その後の周回は、それまでの人生で一番長く感じたレースでした。
前だけを見て、ミスしないように走ったのは、しっかり覚えています。
あの時の優勝は、きっと自分の気持ち次第で結果は付いてくるんだよ!!っていう母からの伝言だった気がします。
何とか優勝する事が出来た僕は、翌年FTRSとしてF3のシートを獲得する事が出来ました。
ちょうどトヨタオーディションを受けた年から、僕は一人暮らしを始めました。
父が長野に引っ越してしまったからです。←職人バリバリの父です。
大田区→広島→御殿場→広島→神奈川
と引っ越ししまくりの僕ですが、その理由は次回に。
レースにかかる費用はトヨタさんが全て負担してくれますが、生活費は別!!
レースだけでウン千万円、ウン億円ってお金がかかるのをサポートしてくれるので、生活費は自分で稼ぐのは当たり前。
そんなわけで、僕はカート時代からお世話になっている防水屋さんでバイトをしていました。←トレーニングにもなるんですよ!!!
実は、一昨年まで続けていたんです。←神奈川に住んでいる時限定ですが、、、。
父にもお世話になったりしながら、レースとバイトばかりの毎日。
カートの時は楽しい毎日でしたが、4輪に上がってからは楽しいだけの毎日ではありませんでした。
辛い事もたくさんあったし、プロフェッショナルな世界に入り、色々勉強する事が出来ました。
これは、F3時代の話の時に。
こうして、少しずつ自信を付けていったのですが、性格は今とはまるで違いました。
簡単に言うと、自分の意見を言えなく、人見知り。
今とは違い、メリハリもなく、熱さも少なく、そんな自分が嫌いでした。
色々、人の目とか気にしちゃうんですよね。
えっ!?
いつ変わったかって??
F3時代です。
それも次回か次々回に書けると思います。
なんか、書くペースが落ちていますよね??
一年ごとになっている、、、。
、、、、、。
頑張ります!!!
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Posted at
2010/05/19 09:02:55
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