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2012年12月25日 イイね!

隋の煬帝(ようだい)、江南江を開鑿す(掘った)・・・蘇州~嘉興  2

隋の煬帝(ようだい)、江南江を開鑿す(掘った)・・・蘇州~嘉興  2尖閣尖閣と揉めている中、わざわざ中国の話題なんぞ取り上げおって、と不愉快さを感じる低能は、無心に上海ガニを食べに上海に行く能天気よりたちが悪い。何回言っても分からんな。今こそ中国をその広さと時間軸から正確に知らねばならない時だ。

で、長くなるまえに本題。

船着き場と言っても石段だけで、そこに運河いっぱいの船が来た。娯楽のない田舎だ。僕が乗客と思っていた人はほとんど見物の人たちだった。乗りこんだのは7,8人で、ちょっと身なりもよくバスや鉄道の喧騒を避けて来られる時間的にも金銭的にもゆとりのある人たちだ。

エンジン音からして50㏋程度だ。のろい。堤防の上の姑娘(クーニャン)が自転車で追い越していく。手を振るとほとんど全員が手を振り返してくれる。手を振らない娘は恥ずかしがっているのだ。男はどうだか知らない。僕が手を振らなかったから。そんな無駄なことはしない。

3ノットぐらいで船は進んだ。煬帝の乗った「龍船」と大差ない。煬帝は全工程を行ったはずだから何カ月もかかっただろう。すぐ日は暮れて川辺に海老採りの仕掛けが目立ってきた。仄かなろうそくを四角に紙で囲ってある。僕の乗った船はキラキラ電飾の動力船だ。引き波で壊れてしまう仕掛けもあるそうだ。とくに今は日本人が乗る大型船が高速で通行するようになり、巻き起こす波で運河が壊れているという。

1500年間一度も壊れなかったものを壊して中国を感じるんだな。冥土の土産にするんだったら何をしてもよかろう。

もうエビはいらん、と思ったが3m直径のアルミの盆の上にざるで湯がいたエビを持ってきて中央の1mぐらいの盆にのせた。山盛りだ。僕は3匹でいい。ところっが500匹はある。剥いた皮はと聞いたら、そのままテーブルの上におけと言った。食傷するとチャイナドレスたちはそのテーブルを抱えて船尾に行き、思い切って残飯を運河に投げ込んだ。

なるほど。リサイクルのエコだな。これはいい。日本では牛乳パックに血眼になり普通ごみの中に牛乳パックがあったら人殺しでもしたように怒り狂うババアがいる。そんな人は早く土に帰ってほしい。節約したいなら瓶のデポジット制にしろ。

することがないのでみんなとマージャンをした。少しルールが違ったが数字のプロが負けるわけにはいかない。酒も入り勝ったか負けたか分からなくなった。翌日は二日酔いで遅く起きる。しばらくするとエビが出る。顔は美人だがやる気のないチャイナドレスたち。少しはメニューを変えろ。客が食っていようが手をつけていなかろうが時間が来たら運河に放りこむ。

美人だから我慢するが公務員制度とは人間を腐らせる制度だ。日教組、国労、全逓。日本のブスどもは穴を掘って埋めなければならない。

今写真を眺めながら思い出している。姑娘にもチャイナドレスにも写真を渡す機会はなかったので全部僕の手元にある。どの一人を嫁さんにしてもいいレベルだ。

船は迷路のようになりだした運河を縫って進んだ。到着は遅れた。あたりまえだ。距離を速度で割れ。途中の嘉興についたときですら四日後の朝だった。

もう我慢の限界だ。その時の僕はほとんど立って歩くエビになっていた。エビは嘉興で降りた。
Posted at 2012/12/25 12:04:50 | 日記
2012年12月23日 イイね!

隋の煬帝(ようだい)、江南江を開鑿す(掘った)・・・蘇州~嘉興  1

隋の煬帝(ようだい)、江南江を開鑿す(掘った)・・・蘇州~嘉興  1煬帝、とてつもないことをやってくれたもんだ。南の物資が届かない?よし、じゃあ川をつないじゃえ。と思いつく方はいいが、女子供まで動員して4分の一は6カ月で作る。1600㌔の4分の一だ。

僕は5年ほど前この大運河の10分の一ほどを下った。南国賓館に泊まったと思うがここは1952年にできた由緒あるところだ。しかし、改装をして室内に池をひいて鯉を泳がせたりいかにも日本の田舎者の趣味になっている。

きっと日本の下品な田舎ものが札束を中国人の口にねじ込んで思いどおりにさせたんだろう。どのホテルにも日本のチンピラ資本が入っている。中国的なモノではなく日本人が思う中国的なモノであふれている。カネの力ですべてを破壊するのは自国だけにしなければならない。

蘇州の街はどこに行っても楓橋夜泊だ。ホテルの玄関、刺繍、虎丘、バカにしている。

全くよくないのに結構バカは中国かぶれになって帰る。焼き肉食って韓国かぶれになるのと全く同じだ。悠久の時を感じたとかぬかす。ばか。お前の頭が悠久にだらけているだけだ。

煬帝が掘った江南江を杭州まで船で下ろうと思った。船着き場までがかなり遠い。こんなことなら人力車にすればよかったと思ったがあとどれくらいあるか分からないのでひたすら歩いた。きつそうにしていたので哀れに思ったのだろう。高校生ぐらいの自転車の子供が荷物を乗せてくれた。ホントは僕が乗りたかったんだけど。

そこはただの階段だった。10人ぐらいうろうろしている。いつ船が来るかと聞いてもみんな怪訝な顔をするばかりだ。つまり、だれにも分からないのだ。来たとき乗って行く。秒単位の日本ではない。

中国にいるとだんだん体が慣れていく。行かれたことのある人は分かるだろう。日本の空港にいるとき飛行機が一時間遅れたら、待ち遠しくてコーヒーを飲んだりゲームをしたり電話をしたりする。中国にいると4時間ぐらい待つのは平気になる。田舎に行くとコーヒーショップは高いので中国人はあまり行かない。女給たちは暇そうにしている。賢そうなのをつかまえて筆談するのは実に楽しい。

しかし、僕はここでとんでもない失敗をした。船に乗りこんでしまって分かったのだ。到着時間は夕方ごろというので、そんなもんかと思っていた。ところが、

明後日の夕方だった。
Posted at 2012/12/23 21:48:52 | 日記
2012年12月19日 イイね!

もうよせ、帰って寝ろ。・・・頑張るほど痛ましい。

もうよせ、帰って寝ろ。・・・頑張るほど痛ましい。と、そのまえに言っておきたいことがある。韓国みたいな不誠実な国の言葉を勉強するなんて、と非難をうけるようになった。これは日本人の教養のなさをよくあらわしている。

隣国の言葉を話せない国民は世界でも珍しい。フランス人はほぼ全員、ドイツ人は全員英語が話せる。戦争中はそのような人間はアメリカ軍から重宝された。

敵だからこそ知らねばならない。低質な敵愾心は持つ必要ない。両国関係で、ことの本質がどこにあるのか考えるときバイリンガルの人間は貴重な存在だ。残念ながら東京外語や大阪外語は十分に学生を育成していない。ほかの大学はカルチャーセンター程度だ。ただ話すだけなら帰国子女で十分だ。ものになる論文が書け読め議論できるかが問われる。

そもそも外人なのに自国の文化を研究してくれる人には敬意を払うべきだ。思いもよらぬ視点を提供してくれる。ベネディクト、ライシャワー、キーン、グリーン、ダワー。アメリカだけでもきりがない。低能金田一を軽妙に切って捨てるロバートキャンベルはテレビでもよく見る。

ネトウヨはもう少し大人になってほしい。漢詩の一つも作れんでよくもまあ中国をバカにするよ。第一お前の漢字は正確か。綺麗か。辞書なしに手紙の一つも書けん奴が漢字の国の批判がよくできたもんだ。哀れなマネはよせ。せいぜい僕のブログに妬みひがみ脅しを書いてバカをさらせ。

いま目の前にある危機を解決するには千年の歴史の遡行が必要だ。目の前の「ふ」をとり合う哀れな鯉達に問題解決の能力はない。


で、本題。

蘇州の共産党のお偉いさんがリードして子供たちのステージを見にいこうと誘ってくれた。僕は講堂のような広いコヒーショップで待っていた。僕は広東語なんてできやしないのに、少し単語をつないだのを聞きつけた広東から来ているこれまたお偉いさんが、手がちぎれるように握手をしてくれた。

この5,6人でガキのお遊戯を見に行くことになった。ところがこの共産党。時間を守らない。僕はあきらめて夜の街にくり出そうと思って食事をし部屋でシャワーを浴びた。夜9時30分。2時間以上まった僕があきらめて外出する寸前、彼らは来た。

田舎の小学校の講堂の様な劇場についたときはすでに10時を過ぎていた。この講堂がレトロで実にいい。僕はいっぺんで機嫌がよくなった。ライトや階段の手すりや売店の陳列ケース。ごっそり持って帰ったらいい商売になる。

売店は夜遅いのにジュースを3本ぐらい並べて白い服を着たおばさんがニコニコして販売していた。考えようだ。日本のコンビニで気違いになって売りまくるよりここでジュースを売る方がいいかもしれぬ。

会場に入ろうとすると隊列を組んだ子供たちがラッパで迎えた。実に面白くない公演を見てまた出口に向かった。もう12時を過ぎている。みんな共産党を待っていたから遅くなったんだ。

出口でまたラッパの歓迎をあびた。痛ましい。夜半を過ぎるまで子供を立たせておくなんて。

もうよせ、帰って寝ろ。


Posted at 2012/12/19 20:41:11 | 日記
2012年12月18日 イイね!

蘇州刺繍研究所・・・それどころじゃなかろうが、チャイナドレスのスリットが。

蘇州刺繍研究所・・・それどころじゃなかろうが、チャイナドレスのスリットが。中国に行って何をしてきた?と言われないように、まともなところも一つはまわることにしている。タイトルの研究所に行ったことがある。

研究所というのはウソだ。手作業で最高級品のいわゆる両面刺繍をしている。企業秘密もあろうかと思って守衛室に見ていいか尋ねると、「見れば?」というジェスチャーが返ってきた。

そうだな、見られて困るものは何もないな。

工員さん達は農家の娘たちだ。付近の日系自動車工場で働くより収入は多いはずだ。窓にくっつくようにして何かを編んでいた。

みんな百姓で、最近工場がぼつぼつできたが、今まではせいぜいこの刺繍工場程度が主たる産業だった。その昔、一体、日本は、その名に「大」の字をかぶせ、この大陸に果てしなく入り込むが、何をするつもりだったのだろう。

一月で数千円の月給と引き換えに青春を棒に振る彼女達を思うと、とてもではないが刺繍なんて買う気になれない。爺婆が有り余る年金で刺繍を買いあさるから「刺繍研究所」なるものが成立する。

ここの蘇州刺繍は、夜店のインチキお土産ものと同格だ。細かい刺繍をさせるには、処女じゃないといけない。処女は抜群の視力を持つそうだ。残酷な話だ。人買いが処女を求めて江蘇省を回って買いあさる。

チャイナドレスの刺繍も手がけることがあるそうだ。そう聞くと僕の正義感もややぐらつく。表には何軒かチャイナドレスの店がある。幾多の戦乱を越え文化大革命のインチキ大躍進に耐え、よくぞ残ってくれた。

ただ極貧の彼女達を利用して縫い上げているとは想像していたが、ここまでひどいと少し太ももの魅力が落ちる。

あきらかに何日も洗ってない髪。テープでぐるぐる巻きにした血がついた指。40歳程度で視力を落とし辞めていく者が多いという。事務のクリップの様な髪止め。マニキュアをしたものは一人もいない。その刺繍機械たちが目を潰してまで縫い上げる一流品とは何ぞや。

今は機械化してきました、とかいうのを屁理屈という。その研究所には一つも機械と言える機械はない。両面刺繍は機械化できない。せいぜい僕の好きなチャイナドレスの刺繍をミシンで縫う程度だ。

背虫のように身をかがめて一心不乱に針をさす彼女達。

社会主義はなにを解放した。誰を幸せにした。資本主義日本の落ちこぼれ爺婆たちのいい見世物になって、いくばくかのカネを得る。動物園のサルを撮るように何の断りもなく写真を取って通り過ぎる爺婆。

年金枯れ葉マーク達よ。娘たちがなにも考えてないと思うなよ。僕はこらえていると思った。











Posted at 2012/12/18 21:47:24 | 日記
2012年12月17日 イイね!

蘇州の街をぐるぐる、ぐるぐる。・・・Deep China

蘇州の街をぐるぐる、ぐるぐる。・・・Deep China日常の生活パターンが固定してくるとあっという間に時は過ぎる。夜は夜店や食堂を廻った。最近できたのに古く見せて観光客の関心を買おうとしている。その品のなさに吐きそうになりつつ、日本人にはなぜか必要なお土産というものを買いに行ったときの事。

悲しくなるようなまにあわせの手工芸品。何十年も前に日本では消えたどぎつい色づかい。鉛たっぷり使っているだろう。笛、センス、箸、手ぬぐい、帽子、どっかの農家で裸電球のもと一家総出でつくっているんだ。

人力車を雇い食事や酒や、意味もなく通りを走ったりした。僕にはこのリヤカー改造リジッドFR車が気に入った。この時は僕は竹輝飯店に泊まっていた。

いつも玄関で胡弓をひいている人がいて、ちょっと僕と代わって下さいというと、お前に弾けるのかというから、僕はバイオリンが引けるから大丈夫、と言ったら弾かしてくれた。何事もやってみると難しい。音らしい音はしなかったのにその胡弓弾きの兄ちゃんは、初めてでそれぐらい弾ける人は初めて見たといたく感動してくれた。

3,4日、こんな生活をしていたので町の不良がかぎつけた。あるときホテルに帰ろうとすると入り口の門の手前に7,8人柄の悪そうなのがたむろしていた。照明が少ないのでよく分からなかったが素手のようだったので、筋骨隆々たる人力車夫のおじさんと一緒にヘナチョコ不良を伸ばしてしまおうとそのおじさんに言った。

おじさんは商売道具を壊される心配をしていたので、それは僕が弁償すると言った。おじさんは相手の人数を数えていたが、止めると言った。勝たない。ガンつけ合った時この判断をするのは困難だ。おじさんもなかなか実戦経験がある。あっという間にいなくなった。

近づいて不良をよく見るとまだ高校生程度だ。一人になった僕は少し怖かったが、僕の方から不良に近づいたのでホテルの門のそばにきた。不良たちはかかってくることはなかった。

翌日もその翌日も人力車夫のおじさんを探した。一緒に写真を撮っていたから。住所を渡すと言っていたのに渡せていない。おじさんは字が読めない。僕の北京語はなかなか通じない。人を介しての筆談になる。おじさんはその紙を持って近所の人に聞いていた。だからどうしても直接探し出すしか手段がない。

僕が書いた紙を持って通りのお店の人に聞きに行く姿が哀れだった。中国人なら誰でも字が書ける?そんなはずない。本当に申し訳ないことをした。恥とか思わないでほしい。そんなおじさんを僕はとうとう見つけ出すことはできなかった。旧市街にいるって言ってたのに。

おじさんが2人やっつけて僕が一人やれば後の屑は必ず逃げる。日中合作で蘇州作戦を成功させたかった。

爺婆やブスバカのベタベタ写真を張った中国旅行記を見るとバカにされていると感じる。






 
Posted at 2012/12/17 21:01:35 | 日記

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「目新しいものを求めてさまようカモ http://cvw.jp/b/849485/48568574/
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