この記事は、
ゼロスポーツが破産を申請へ、EVベンチャーに暗雲について書いています。
車関係の会社の経営破綻が相次いでますね。
先ごろも、トヨタ車メインのパーツサプライヤー「C-One」が破産した話がみんカラユーザーさんの間で話題になってましたが、今日の「ゼロスポーツ破産」はびっくりしましたね。
「スバリスト」な方には有名ですし、中でもチューニングベースとしても人気が高いレガシィやインプレッサ用のパーツを多く出していて、両者で弄ってる車見るとだいたいここのパーツが付いてたというくらいでしたから、しばらくは安泰だろうと思っていたのですが…。
どこでどうなるか、わからないものですね。
実は、
私の前職でもここのパーツを扱ってました。正確には、一番最初に配属になった店に併設され いたの部門での話なのですが…。
ただ、
今はそこの店も会社も無くなってしまいました。あれから、今月で丸2年になります。
札幌市内にお住まいのスバル乗りの方ならご記憶にあると思いますが、南区川沿のR230沿いにあったところで、
現在はリサイクルショップが入居してる店舗です。
そこは元々カー用品店が入っていたのですが、私が前職に入社した年の前年位(?)に閉店し、空店舗となっていたときに入居したあと、私が入社しました。
AT170カリーナ買ったのも、このころです。
入社の段階で、本社機能のある西区西町の店舗
(現在ドラックストアになってます)を筆頭に、清田区里塚の販売拠点と私がいたところ、それに数カ所の買取専門店が存在し、まもなく函館にも出店するというタイミングでした。
あの頃、里塚の店舗では
ジムニーが大当たりし、私の居た所でも
100系ハイエースとデリカがよく売れてました。
ひょっとすると、今でも私が作業した車が札幌市内などで走っているかもしれないですね。
前身がカー用品店で車検もやっていたこともあり、所謂ビジターさんも含め結構な整備入庫があり、販売よりは整備での売上のほうが多かったことも結構ありました。
そこで2年ほど勤務して、本社機能が白石区北郷に移転した翌年に転勤となったのですが、今思えばそのあたりから急激に雲行きが怪しくなってきました。
北郷の店舗に配属になってから一番驚いたのが、整備での飛び込み客がとても少ないこと。
最初に配属された店舗には、先述の併設部門での来店もあって休日でもかなりの来店があったのですが、北郷の店舗は車両販売がメインとなったことから、極端に少なくなった印象を覚えました。
とはいえ、車を売ったお客さん等からの入庫がそこそこあったため、ものすごく暇というわけではないですし、逆に少ない分一台の車にじっくり取り組める環境でした。
ただ、このころから目に見えて販売台数が落ち始めていて、川沿の店舗が撤退決定。
その後、里塚の店舗を含めて店舗整理が行われて、最終的には北郷と函館の2店舗での展開になっていましたが、状況が好転する兆しも全く見えず、社内には存続を危ぶむ声が日増しに高まってきました。
そして、倒産前年の3月、長きにわたって車業界にいた私でも初めて見る光景が展開します。
例年、この時期は入進学や入社などの要因が重なり一年で最も車が売れ、それに付随して車検での入庫が猛烈に多くなり、冬道での事故による板金修理での入庫も重なって、
いわば修羅場のような状況になります。
当然、帰宅できるのも日付が変わるかどうかというレベルになり、残業時間の自己最高記録を更新するのもだいたいこの時期です。
そんな時期にもかかわらず、
週末になってもお客さんが来ないし、整備の入庫も少ない…。
いつもなら、展示場には営業を捕まえるにも苦労するぐらいの来店があり、納車スケジュールに頭を痛める日々が続くはずなのに…。
通常、3月から4月のの連休スタートまでは
定時に帰れること自体が奇跡なのに…。
今思い返してみても、あの光景は忘れられないものになっていますし、
未だに車業界に対する不安の種になっています。
その年の12月、Xデーがついに来てしまいました。
全社員が会議室に集められて、社長を始め当時の経営陣から説明がありましたが、あたかも現場が全て悪いというニュアンスと、今後のスケジュールや経営側の責任に対する釈明がなく責任逃れに終始する経営陣にいら立ちを覚えましたが、逆にこう考えました。
「多分、会社倒産なんてものを体験できる機会なんてそうたくさんはない。なら楽しんでしまえ!」
こうして、私は最後まで会社に残ることに決めました。
ただ、お客様を相手にすると、心が痛むのです。
もうすぐ無くなってしまうのに、
「また何かあったら声掛けてくださいね!」と言うのが…。
そして、この期に及んで無責任な態度を取り続ける経営陣への不信感は頂点を極め、ついに面談の席上、こう切り出しました。
「あなた方は本部に残れるからいいかもしれん。ただ、この事業の失敗を我々現場に押し付けて逃げ決め込むのは納得できない。アンタらの責任を、今後のスケジュールを含め明確にしたらどうなのよ?
いい加減、この事業はハナッから大失敗だったって認めたらどうなんだ!」
だれだって、好き好んで倒産という現実を受け入れたくはないのです。
たしかに、頑張りが足りなかったところもあるかもしれませんが、どんなに理不尽な振る舞いをされても、職場をなくすことがないように日々頑張っているんですから。
これ以降、
椅子にふんぞり返っているだけの経営者に対して、明確な嫌悪しか覚えなくなりました。
結局、経営側から出た回答は
「失敗だったかもしれないし、我々にも責任はあるかもしれない」という言葉だけ。
所詮子会社に対する対応なんて、こんなもんなのかもしれません。
親会社側の店舗への転籍の話もありましたが、私は一切応じませんでした。
以降、このグループの店舗には足を向けることはあっても、
一切自分の金は落としていません。
尤も、この会社に入る前からジェームスさんとはお付き合いも長く、現在でも信頼を置いています。
それに、重整備関係はディーラーさんへお願いしています。
今考えると、ある面では間違った選択をしている所があるようにも思えますが、完全に信用できない企業と付き合っていくというのも、よくはないと今でも思っています。
さて、今月で健康保険の任意継続が切れてしまうんで、明日は国保の相談に区役所に行ってくるとしますか。