EVERYBODY’S KIND OF ELEGANCE!
1960年式シボレー・インパラこそは、自分がはじめて意識したアメリカ車であり、タテグロと
並んで自分のクルマに対する認識を改めさせた1台です。
自分が高校生の頃、雷鳴の如きV8エンジンの轟音とともに60インパラが現れ
目の前を走り去っていきました。
今まで見たこがない、巨大で航空機のような翼をもったクルマに一目惚れしました。
その60インパラはすでに地元にはありませんが、自分にとって極めて大きな存在となりました。
そのインパラは427(7002cc)エンジンを搭載しており、その轟音は
はるか彼方からでもわかるほどのボリュームと個性を兼ね備えていました。
今回紹介するのは数々の国産クラシックセダン乗り継いできたベテランの先輩が
所有する個体で、改造されることが多いインパラの中で高いオリジナル度を保っています。
ウィールも純正スティールにハブキャップの組み合わせで、ありがちなローライダー系の
ワイヤーではないところに好感が持てます。
ボディサイドに輝くミサイル型のオーナメントは栄光の1950年代の最期を飾るものです。
発射煙のように白いベルトラインがリヤエンドまで勢いよく続きます。
車名のインパラとは、アフリカに生息するシカのような動物で60㎞の速さで走り、その脚が
生み出す跳躍力は高さ3m、幅10mにも達します。
シボレーはパワフルでスポーティーな最上級モデルに、卓越した能力を誇る動物の
俊敏なイメージを重ね合わせたのでしょう。
直線と曲線の入り混じった複雑な造形が、50年代後半から60年代前半へと変化する
デザイン・トレンドの過渡的な印象をもっています。
フロントウィンドウは大きく湾曲しており、P51やF86などのティアドロップ型キャノピーを持つ
航空機を思わせるスタイルになっています。
ピラーによる死角が一切ないので運転の容易さや歩行者安全にも役立っています。
水平方向に大きな翼を広げたリヤビューは、現代の車には絶対に望めないデザインです。
クルマが様々な制約に縛られず、純粋に夢のカタチであれた時代ならではでしょう。
これを無駄であるとか馬鹿らしいという方も多いですが、無駄こそは余裕であり贅沢なのですから
アメリカと世界を二分した大国であったソビエトの掲げた共産主義が潰えた理由も見えてきます。
インパラといえば丸型6連テールランプが特徴です(59年や66年は違いますが)
下位グレードのベルエアやビスケインが4連となるので、最上級モデルであることが
すぐにわかるアピアランスとなっています。
オプションのコンティネンタル・スペアタイヤ・マウントを装着しています。
給油口はリヤライセンスプレートの裏にあるので、給油の際にはスペアタイヤを手前に倒して
さらにライセンスプレートを倒さなければいけません。
フェンダーの備えられたクリアランス・ソナーもジェット航空機の後退翼をモティーフにした
スピード感溢れるデザインとなっています。
ハードトップ特有の、ピラーが無く開放感に溢れた室内です。
インテリアもエクステリアと同じくターコイズブルーとホワイトのツートーンでコーディネートされて
おり、内外装が統一されています。
ベント・ウィンドウは三角窓というより四角窓といった形状で、いかにフロントウィンドウが
大きく湾曲しているかが良くわかります。
大きく張り出したフェンダーは贅沢の極致といった趣を感じさせます。
ドアは驚くほど分厚く、サイドシルプレートにはフィッシャーボディのエンブレムが輝いています。
大きく傾斜したリヤウィンドウとふんだんに奢られたクローム、明るい色調のカラーが
この時代のアメリカ車しか持ちえない唯一無二の世界を演出しています。
丸型5連メーターやコラム・オートマティック、ホーンリング付ステアリングや左右対称の
インストゥルメントパネルもまた他にはない魅力的なムードを生み出しています。
3種類の生地を贅沢に使い、ソファのように厚くソフトに仕立て上げられたシートは
ホールド感とは一切無縁の安楽極まりない乗り心地を提供します。
基本的には1959年モデルのフォルムを引き継いでいますが、60年型では完全なフラットデッキ
スタイルを完成させていることに注目すべきでしょう。
フラットデッキ・スタイルを採用したプリンス・グロリア(S4)ではパネルの継ぎ目の溶接跡を
隠すためにモールディングを配していますがGM製フラットデッキはそのような加工がありません。
ここにも戦勝国たるアメリカの技術力の高さが表れています。
驚くほど長いノーズには巨大なV8・OHVエンジンが鎮座しています。
ノーズを上回る長さのリヤはただひたすらデザインの為に与えられた余裕です。
このような、大排気量、有り余るパワー、ガソリンガブ飲み、無駄だらけの巨体、鋭く尖ったデザイン
のクルマは二度と現れることはないでしょう。
1950年代、大戦に勝利したアメリカは世界の憧れとして君臨し、平和と繁栄を謳歌していました。
ベトナム戦争もオイルショックも予想だにせず、永遠に明るい未来が続いていくと信じられていた
時代に生まれた1960年式インパラは無邪気なまでの夢のカタマリといえるでしょう。
もちろん、21世紀の今もクルマは空を飛ばず、空中都市も自動運転も叶いはしませんでした。
理想の未来が実現しなかったからこそ、かつて人々が描いた夢の欠片のようなクルマに
惹かれるのかもしれません。
灰色の現代に生きているからこそ、極彩色で彩られた過去に憧れるのかもしれません。
1960年式シボレー・インパラは自分にとって特別な1台で在り続けるであろうクルマです。