先日、K・M・Dさんとお話しているときに話題にあがった510についてお送りします。
こちらは地元の方が新車で購入され、ワンオーナーで平成18年頃まで
お乗りになられていた個体です。
今から7年ほど前、市内を走行中に発見し、御自宅まで追走しお話を伺ったことがあります。
最初期型なので1967年8月のデビューから、1968年10月のマイナーチェンジの間までに
新車購入された車となります。
昔は砂利道が多く、飛び石などで痛んだためにボディの下半分(モールより下)を板金塗装
されたことなどを聞かせてくださいました。
30年以上に渡って乗り続けられたこの車ですが、フロントガラスに張られたステッカーの
車検期間(18年4月)が終わる少し前に降りられた御様子で、現在は中古車販売店にあります。
旧車としての510ブルといえば、スポーツグレードのSSSやクーペが人気の中心ですが
新車時はこういった何の変哲もないファミリーセダンこそが販売の中心でした。
ワイド・バリエーションを誇る510シリーズの中でもっともベーシックな1300ccエンジンと2ドア
の組み合わせは今ではかえって貴重なものになっています。
少し前まではSSSの部品取りとしてドナーになったり潰されてしまう運命の車がほとんどでした。
1300ccエンジンとコラム3速マニュアル、2ドア・セダンという組み合わせは
個人的には510の中でもっとも好きなチョイスです。
サッシがなくスッキリとしたポップアップ式リヤウィンドウは、ベンチレーション機構の強化によって
三角窓が廃止されたフロントサイドウィンドウと相まってクリーンな雰囲気を醸し出しています。
ボンネット~キャビン~トランクと綺麗な3BOXを描くサイドビューは乗用車かくあるべしと
いった趣を感じさせます。
寸法的には小さいにも関わらず、大きく立派に見せる工夫が凝らされています。
サイド・ターンシグナルレンズは最初期型のみ左右非対称の形状になっています。
マイナーチェンジでコストダウンの為に左右共通部品に変更されています。
ウィールキャップは純正品で、4枚とも揃っています。
よく30年余に渡って落とさなかったものだと感心させられます。
派手ではなく、かといって貧相には見えないオーソドックスなデザインは同時期の
B10サニーと並んで好きな日産車のひとつです。
ベーシックなファミリーセダンらしく、万人受けするスマートなフェイスを持っています。
プリンス系である、同時期のC10スカイラインが厳つい顔付きだったのとは対照的です。
対向作動式、いわゆるケンカワイパーは最初期型のみの特徴です。
フラットなフロントグリルは1964年式フルサイズ・シェビーとの近似性も感じます。
釧5のシングルナンバーを掲げるライセンス・プレートからは歴史と風格が漂います。
流麗な砲弾ミラーはスポーツグレードのもので、フォグランプと相まってオーナーが車好き
であったことを無言の内に伝えてきます。
同時期のB10サニーとも共通する端正な角張ったスタイルが素晴らしいです。
オールレッド・テールもまた最初期型の特徴です。
シンプルなリヤガーニッシュによって連続性を持たされたテールランプで構成された
リヤビューも、フロントと同じく奇を衒わない万人受けするデザインとなっています。
Cピラーの根元には換気用のエア・アウトレットが装飾を兼ねて配置されています。
広いリヤ・ウィンドウやエッジの効いたトランクの峰は見るからに車輛感覚が掴みやすそうです。
後席には80年代のモノと思われる社外品のカップホルダーが取り付けられており
ファミリーカーとして使用されていた歴史を垣間見た気がします。
現在では消滅してしまった2ドア・セダンというボディですが、かつては後席の子供の安全の
為に選択されることも多かったそうです。
この510もまた、リヤシートでお子さん達の成長を見守っていたのかも知れません。
ヘッドレストはありませんが、当時流行した社外ヘッドレストがそ運転席にのみ装着されています。
ダッシュボードやインストゥルメント・パネルは樹脂で覆われていますが、ボディ同色の鉄板
が剥き出しの部分も多いです。
2点式シートベルトのバックルはHinoのロゴが入ったものでした。
ホーンリング付ステアリングやコラムから生えたシフトレバーが良い雰囲気です。
70年代に入るとホーンリングは安全性の点から廃止され、シフトレバーもスポーティーさを
売りにしたフロアシフトが増えていきます。
他車種用か、汎用と思しき白いシートカバーが当時のオーナードライバー車らしいです。
当時モノのカセットデッキやオーナーのイニシャルが入ったエンブレムから車への愛着を感じます。
オーナーは殊更表立って強調することはありませんでしたが、並々ならぬ愛情と特別な想いが
なければ1台の車に30年以上も乗り続けることはで出来ないでしょう。
特別、インパクトのあるデザインではないのですが、垢抜けた国際感覚を感じさせます。
アメリカ市場に於いてはBMWやアルファ・ロメオといった高性能な欧州車に匹敵する
車が安価に手にすることができるとあって高い人気を得ました。
ピート・ブロック率いるBREの手によってチューンされた2ドアセダンがトランザムの
2500ccクラスで優勝するなどサーキットに於ける活躍もあって、それまでの日本車のように
安価なだけではない、高性能なクルマとして認知され現在も熱心なファンが多く存在します。
軽量かつ剛性に優れた2ドアセダンはレースのベース車輛にはうってつけでもあります。
現在、この車はオーナーの手を離れ中古車販売店にて洗車もされずに野晒しになっています。
車庫保管でしっかりとしていた塗装は浮き上がり剥がれて痛々しい姿になっています。
にも関わらず、値段を聞きに行った知人は60万円(!)と吹っ掛けられたそうです。
かつてオーナーの庇護にあった頃の510は、決して磨きあげられた状態ではありません
でしたが、実用車としての凛としたオーラを纏っていました。
それが今はすっかり生気を失い、くたびれてしまっています。
こういった特別な感情の込められた車は、単なる商品として乱雑に扱って欲しくありません。
もちろん「たかが車」といってしまえばそれまですが、やはり「されど車」・・・
大事にしてくれる新しいオーナーによって保護されるように願ってやみません。