Cadillac
-THE 1967 STANDARD OF THE WORLD-
今回は、優美なシルエットを湛える1967年型キャディラック・クーペ・ドゥ・ヴィルを中心に
1967年度のキャディラック・ディヴィジョンのラインナップを御紹介致します。
日本だと「デビル=悪魔」と誤訳されやすい車名の「ドゥ・ヴィル」ですが
これはフランス語で「都市」や「街角」を意味する言葉です。
キャディラックの車名には、この他にもフランスの都市名である「カレー」などもありますが
これは「キャディラック」というブランド名そのものが、デトロイトを開拓したフランス貴族の
名前に由来していることもあり、フランスに因んだネーミングが多いのです。
冒頭に示したキャディラック・クレストは、キャディラック家の紋章そのものです。
1967年モデルのエクステリア・デザインは、フィンテール時代から大きく印象を変えた
1965年型のシルエットを踏襲していますが、1966年までは垂直だったフロント・エンドを
逆スラントに改めたことによって、従来よりも躍動感を強めたスタイリングを獲得しました。
また、シボレーやポンティアックといった下位ディヴィジョンで先行採用し人気を博していた
コークボトル・ラインを満を持して投入、よりパーソナルなシルエットが与えられました。
網目の細かな、格子状のグリル・パターンは”エッグ・クレート”と呼ばれるものです。
エッグ・クレートとは、卵が割れないように保管するためのケースのことです。
1965年、キャディラックはアドバタイジングにて「遂にフィンテールが消えた!」と謳いましたが
縦長のテール・ランプの造形は、フィンテールを近代的に、新しく翻訳したものと云えます。
縦長のテール・ランプは、車幅を数値以上にワイドに感じさせる効果を持つと共に
現代まで続くキャディラックのアイコンとして、世界中で認知されています。
銀幕の中、素晴らしき時代のNYの風景には必ず独特のリヤビューを持った
格調高いリムジンや、絢爛たるコンバーティブルの姿がありました。
1960年代中盤のデトロイトのデザイン・トレンドは、モールディングやプレスラインの使用を
限定的に抑え、シンプルな面構成の美しさや、彫刻的なラインを駆使して
シルエットそのものの完成度を高めていくという手法が、主流となっていきました。
全長5700mm・幅2030mmという巨躯でありながら、ダイヤモンドのエッジのように
シャープに張り出した四隅を与えたことによって、容易に車輌感覚を掴むことが可能でした。
実際にドライバー・シートに座らせて頂きましたが、身長170cmの自分でも
充分に前後左右の感覚を把握することが出来ました。
写真は、フロント・フェンダー前端の峰に配されたクリアランス・ソナーで
夜間には、ほのかに暖かな光が灯ります。
ダイナミックに逆スラントしたフロント・エンド、縦に4つ並べられたヘッドライト、スクエアな
ウィールハウス形状、ワイド感を強調する低く構えたフロント・グリル、高級車らしい
伝統に基づいた重厚なボンネット。
総てが端正に仕上げられており、現代の軽薄な高”額”車とは一線を画しています。
正午の暖かな陽を受けて、フロント・フェンダーの峰からリヤ・フェンダー中央へと収束してゆく
見事なプレスラインが、克明に浮き上がっています。
1965年以来、ストレートなウェスト・ラインを描いていたキャディラックでしたが
シボレーが採用し好評を博していた、コークボトル・ラインを1967年から採用しました。
キャディラックのオーナー層は当然ながら富裕層であり、それはそのまま
比較的高齢な方々が多いことを意味していました。
保守的なオーナーに対して、あまりにも斬新すぎる提案は拒否されることが多く、GMでは
アグレッシブなデザインが好まれる下位ディヴィジョンで、新しいデザイン・トレンドを採用し
その結果が好評であれば、数年遅れでキャディラックにも反映させるという手法を採っていました。
余裕があればこそ可能な、大きく張り出したショルダー・ラインの彫刻的な造形が美しいです。
ウェストから盛り上がり、リヤフェンダーをなだらかに下がっていくコークボトル・ラインの
意匠は、テールフィンの新しい解釈と云えるディティールでしょう。
スクエアなリヤクォーター・ウィンドウのラインは、フォーマルなキャディラックらしい
ノーブルな装いを与えられています。
ピラーレスのもたらす開放感が特徴のハード・トップながら、敢えてリヤクォーター・ウィンドウの
面積を控え目にすることによって、シックなシルエットを形作っています。
内装も、世界一の自動車メーカー”GM”の威信を懸けた最高級車だけあって
総てにパワーアシストが備わっています。
6wayパワー・シート・コントロール、パワー・ステアリング、パワーリフト・ウィンドウ
オートマティック・レベライザー(自動車高調整装置)、クルーズ・コントロール
”スーパータービン400”オートマティック・トランスミッション
オートマティック・クライメイト・コントロール(自動空調装置)、集中ドアロック
オートマティック・ライトコントロール、トワイライト・センティネル、オートチューナーAM/FMラジオ
フロント&リヤ4スピーカー・・・
また、1967年より新たに「ティルト&テレスコープ」ステアリング機構が採用されました。
これはステアリングの角度と長さを調整するもので、上下に可倒と前後に伸縮することに
よってドライバーの体格にもっとも適したポジションを得られるように設計されています。
既にティルト・ステアリングは実用化されていまいたが、テレスコープ(テレスコピック)は
1967年からの採用となります。
厚くソフトな高級家具のようなソファー・シートには、高級感のある黒革が奢られています。
前後席に設けられた幅広いアームレストを倒せば、4人掛けのパーソナルな空間を作り出す
ことができ、起こせば大人6人がゆったりとくつろげます。
プライバシーを守るフォーマルなCピラー形状が、心地良い包まれ感を演出しています。
丸いパーソナル・ランプにはキャディラック・クレストが刻まれており、明かりを灯すと
クレストがほのかに浮かび上がるという、繊細な演出が与えられています。
1967年モデルでは、インストゥルメント・パネルの構成も大きく変化しました。
水平基調のレイアウトに、クロームを多用した従来のインストゥルメント・パネルに対して
一体成型の樹脂製パネルを立体的に配した、1970年代に主流となるデザインを逸早く採用しました。
それまでは上面だけにクラッシュ・パッドが張られていましたが、インパネ全体がソフトな素材で
成型され、安全性の更なる向上が図られました。
装飾的な意味合いの大きかったホーン・リングは廃止され、衝突時に怪我のし難い
柔らかな素材で成型されたセンターパッドを押すと、ホーンが吹聴するように変更されました。
各種の操作系統は。運転手のリーチ内に合理的に配列されています。
パーキング・ブレーキは操作の楽な足踏み式で、ディマー・スイッチもフロアに設置されています。
横長の速度計は大変見易く、なおかつエレガントな雰囲気を醸し出しています。
ワイパー&ウォッシャーのスイッチは、ユニークなレイアウトになっています。
多数装備された空調吹き出し口や、ステップ・ランプが最高級車の貫録を醸し出しています。
伝統に則った様式美と云える控え目なサイズのリヤ・ウィンドウは、ワイド&ローのルーフを
より一層ラージなものに見せる効果を持っています。
馬車の時代から連綿と引き継がれてきたビニール・ルーフもまた、伝統と格式を感じさせます。
カラーは5種類から選択することが可能で、ボディー・カラーとコーディネートすることが出来ました。
サイド・ウィンドウに、かなり湾曲したカーブド・グラスを採用している点にも注目です。
1967年当時、ここまで湾曲したサイド・ウィンドウを採用していた車種は多くありませんでした。
この角度から眺めると、フロント・フェンダーからリヤ・フェンダーへと流れるプレス・ラインや
ウェスト・ラインから盛り上がる、ボリューム感のあるリヤ・フェンダーがよくわかります。
裾を摘まみ上げたようなフェンダー・スカートのディティールも、繊細な美しさを感じさせます。
フラットで広大なトランク・フードの下には、驚嘆すべきサイズのラゲージ・スペースがあります。
給油口はライセンス・プレートの下にあり、驚くべきことにロック機構は備わっていません。
リヤ・バンパーはボディと一体化した形状で、見事に溶け込んだデザインとなっています。
アウトサイド・ミラーはドライバー側にのみ備わり、調整は室内側のレバーによって行います。
アメリカでは、当時はまだ助手席側ミラーの装着は義務付けられていませんでした。
シンプルなフェイスと、立体的な造形のウィール・キャップが気品ある足元を演出しています。
ウィール・アーチを飾るモールディングも、スクエアなラインを引き立てています。
フロント・フェンダー前端には、クロームのベゼルと美しいレンズカットのサイド・マーカーランプが
備わっており、大きなオーバー・ハングを効果的に引き締めています。
V8 OHV 430cu.in(7025cc) 104.90×101.60mm 10.5:1
345ps/4600rpm 66.4mkg/3000rpm
搭載されている巨大なV8エンジンは、ヘッド・カバーに「Cadillac」の文字が刻まれた
オリジナル・モーターでした。
1960年代後半のクルマですが、既にエア・コンディショナーやパワー・ステアリング
パワー・ブレーキなどの各種パワー・アシストが備わっているため、隙間はあまりありません。
ボディ:フレーム式 駆動方式:RWD 3速AT コラムシフト ステアリング:ボール循環式 パワー
サスペンション: 前 独立 ウィッシュボーン/コイル 後 固定 トレーリングアーム/コイル
(後輪は車高調整用エア・サスペンションが選択可能)
制動装置:4輪サーボ付ブレーキ 寸法:全長5690×全幅2030×全高1380mm WB:3290mm
トレッド:前後 1590mm 燃料槽容量:98ℓ 車輌重量:2145kg 最高速度:190km/h
※参考価格 1970年型ドゥ・ヴィル4HTセダン:670万円(東京地区店頭渡し)
ちなみに、当時の国産最高級車の価格帯は
センチュリー Dタイプ(VG20-D) 276.8万円 トヨタ2000GT(MF10)238万円
クラウン・スーパーDX(MS50)123.8万円 プレジデント(250) D仕様 275万円
となっており、関税等があるものの、キャディラックが如何に高額であったがわかると思います。
まさに、ウルトラ・ラクシュリー・カーでした。
精巧なイラストで描かれた、1967年型キャディラックの優美なアドバタイジング・ポスターです。
1960年代の終わり頃までは、自動車業界では精緻なインダストリアル・イラストレーションを
用いたカタログが主流であり、それらはいずれも美しく、最良の時代を偲ばせるものとなっています。
上段はパーソナルな魅力を湛える、2ドア・ハードトップのクーペ・ドゥ・ヴィル。
絢爛たる雰囲気を湛えるクーペ・スタイルは、オーナー・ドリブンの極致です。
下段は堂々たるロング・ウィールベースを誇る、フリートウッド・ブロゥムです。
重厚な黒塗りのボディを、煌びやかなサイドシル・スカート・パネルが引き立てています。
ホワイトリボン・タイヤは、太いラインの外側に細いラインを加えたダブル・リボンとなています。
1967年のキャディラック・ディヴィジョンのボディ・バリエーションは、4ドア・セダン/ハードトップと
2ドア・ハードトップ/コンバーティブル、4ドア・ロング・ウィールベース・セダン
4ドア・リムジン、そして特別仕立ての2ドア・クーペ”エルドラド”が用意されました。
車種体系は、ハンドメイドに近い特別な工程を経て創られるフリートウッド・ラインが
完全専用設計を与えられた最高級パーソナル・ラクシュリー・クーペである”エルドラド”
世界中の要人の為の”フリートウッド セブンティ・ファイブ セダン&リムジン”
ロング・ウィールベースのショーファー・ドリブン・モデル”フリートウッド・ブロゥム”
オーナー・ドリブンにも対応した、豪奢な”フリートウッド・シックスティ・スペシャル・セダン”
の4車種によって構成されています。
キャディラックの中核を担う、ドゥ・ヴィル・ラインは
華やかな雰囲気を振りまく”クーペ・ドゥ・ヴィル”
路上に咲く大輪の華”ドゥ・ヴィル・コンバーティブル”
端正なシルエットを描く”セダン・ドゥ・ヴィル”
豪華絢爛たる”ハードトップ・セダン ドゥ・ヴィル”
の4ボディによって構成されています。
キャディラック・ディヴィジョンの主軸たる、カレー・ラインには
優美なシルエットを湛える”カレー・クーペ”
フォーマルな場に相応しい”カレー・セダン”
オーナーの誇りを秘めた”カレー・ハードトップ・セダン”
の3種のボディによって構成されており、計11種のワイド・バリエーションを基本に
数えきれない程のオプショナル・イクイップメント群、あらゆるオーダーに応える
エクステリア/インテリア・カラーの数々を組み合わせることによって、世界で1台の
クルマを創り上げることが可能でした。
こちらは、延長されたリヤドアの後方をさらにストレッチし、オペラ・グラスを設けた
堂々たる巨躯を誇る、フリートウッド75リムジンです。
要人を迎え入れる玉座を、奥の間にしつらえました。
プライバシーを護る為と、馬車の時代から連綿と続く格式と伝統を引き継いだ
ランドー・ジョイントで飾ったパディング・ルーフも、オプショナルで選択が可能でした。(図:右下)
1970年型75リムジンの日本国内販売価格は、実に1150万円に達しました。
上段が「世界で最も豪華なパーソナル・クーペ」を謳う、エルドラドです。
オールズモビル・トロナードと同じく、先進的かつ独創的なFWDシステムを与えられていました。
エルドラドは、専用のボディ・シェルを与えられたプレミアム・ラインで
世界中のビッグ・スターが、先を争って買い求めました。
ダイヤモンドのカットを連想させる、クリスプなエッジの効いたシルエット。
ハイダウェイ・ヘッドランプによる、未来的なフェイス。
スタイリッシュにスラントした、テール・レンズの彫刻的なディティール。
アバンギャルドなディティールと、気品のあるシルエットが見事に調和しています。
下段は、ホワイトのボディとブラックのトップのコーディネートが気品ある雰囲気を醸し出す
4ドア・ピラーレス・ハードトップの、セダン・ドゥ・ヴィルです。
乗降の容易な4ドアと、大人6人がゆったりと寛げる広大な室内空間を確保しながら
ピラーレス・ハードトップの開放感とパーソナル感を愉しむことが出来るのが、4ドア・HTの美点です。
シリーズ中、最も艶やかで絢爛たる雰囲気を持つコンバーティブルです。
1967年型には、ドゥ・ヴィル・ラインにのみコンバーティブルが設定されました。
フロント・ウィンドウの両端のラッチを解除すれば、あとはスイッチひとつでパワー・トップは
大きな”魅せる”アクションで周囲の羨望の眼差しを集めながら、たちまちオープンへと変身します。
長大なフードとデッキを持つフルサイズならではの魅力で、ラグトップを開くと
威風堂々、大洋を征くクルーザーの如きシルエットを描き出します。
オープン・エア・モータリングのエキサイティングなフィール、エレガンスなシルエットと
ラクシュリーなインテリア・トリム、周囲の視線を集める鮮烈なエクステリア・カラー。
パワフルなエンジンと、イージー・ドライビングを約束する各種パワー・アシストによって
ダイナミックなクルージングを、心ゆくまで満喫することが可能でした。
静謐な空間。
高級ソファーの如きシートは、雲上の柔らかさ。
インサイド・ドアハンドル、ウィンドウ・スイッチ、アーム・レスト・・・
総てがクラフトマンの手による、格式高い調度品。
「縦目」は、長きに渡るキャディラックの歴史の中で1965年から1968年のみ採用されました。
ワイド感を強調し、リヤのデザインとも整合性の取れたスタイルは高い評価を得ました。
2003年から始まったキャディラック・ルネサンスに於いては、欧州車とも日本車とも違う
ブランド・アイコンとして再び採用され、スマートな個性を獲得しました。
長きに渡る歴史があるからこそ、かつての名車をデザイン・モティーフに求めることが
でき、それは格式を重んじるプレミアム・ブランドの趣旨にも沿っています。
1970年代に入るとオイル・ショックや環境問題、排気ガス規制により大排気量とハイパワー
周囲を圧する巨躯といったアメリカ車の魅力は一時的に減退し、メルセデス・ベンツに
代表される欧州製高級車の台頭を許してしまいました。
しかし、戦前より続くキャディラックの栄光の歴史は決して過去のものではなく
輝かしい伝統を礎に、今も力強く前進を続けています。
ヘリテイジを重んじるデザインは、それを如実に表しています。
