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2012年01月18日 イイね!

函館チェイサー







Posted at 2012/01/18 13:09:24 | コメント(5) | トラックバック(0) | トヨタ | クルマ
2011年09月22日 イイね!

トヨペット・トヨエース

今回御紹介するのは残存数の限られる貴重な初代トヨエース、それも旧字体の
シングルナンバーを掲げる希少な個体です。
新車が枯渇したためショールームがガラガラになってしまったディーラーが
所有者から借り受けて展示していました。

初代トヨエースはトヨタ博物館の所蔵車輌を見たことはありましたが、個人所有かつ
シングルナンバー付きの車輌となると、全国的にも珍しいのではないでしょうか。


トヨエースは、1954年にトヨペット・ライトトラックSKBという名称でリリースされました。
1956年には公募で選ばれた「トヨエース」のペットネームが与えられ、現在までトヨタを
代表する主力商用車として日本全国津々浦々、様々な用途で活躍しています。

デビュー後しばらくはオート3輪との価格差に苦しめられましたが、公募で選ばれた
その名に相応しいエース投手に成長し、戦後、労働争議など厳しい
状況の連続だったトヨタを立て直す原動力となりました。

~エースという車名は、その後もミニエース、ハイエース、ライトエース、マスターエースと
トヨタ商用車の愛称として様々なモデルに適用されていきました。


トヨエースは、戦後の日本に於いて圧倒的なシェアを獲得していたオート3輪の市場を
奪取すべく開発されました。

オート3輪は誕生当初、文字通りバイクに荷台を設けたようなプリミティブな構成でした。
しかし時代と共に風雨を避ける風防が設けられ、キャビンが設けられ、ドアが設けられ
次第に快適に豪華になって大型化していきました。
その一方で当然ながら価格も上昇し、本来の”簡便で安価”という特徴は薄れていきました。

トヨタは遅からぬ未来に、静粛性・居住性・走行安定性に於いてどうしても限界の見える
オート3輪に代わり、4輪トラックの時代が到来すると予想しました。

当時の一般的なオート3輪は、空冷Vツイン・エンジンを搭載していましたが
トヨエースは、騒音や振動で有利な水冷4気筒を搭載していたのも大きなアドバンテージでした。
例外的に、愛知機械工業の製造していた水冷エンジンのヂャイアントなどもありましたが
それに伴うコストと車輌価格の上昇は免れませんでした。

それに対してトヨエースは、乗用車系が順次新型のR型エンジンにスイッチしていった際に
余剰となったS型エンジンの生産ラインを活用することで、コストを抑えていました。

1954年の発売当初こそオート3輪との価格差が大きく、苦しい状況が続きましたが
大々的なペットネーム公募キャンペーンや、移動展示会といえる農村を巡回する
キャラバンなどの積極的な販売促進策を打ち出し、次第に勢力を拡大していきました。

最初は赤字を覚悟のうえで、薄利多売で大量生産を実現し、それによってコストを削減、それを
価格引き下げに繋げ、更なる拡販を実現する・・・という当時のGM流販売方法を採用したのでした。

大きな広告力を背景に、1957年には遂にオート3輪を上回るシェアを獲得するに至りました。
その後、オート3輪は衰退し、各社から様々な4輪トラックが発売されたのでした。

トヨエースによって実現された4輪トラックへの移行は、日本の物流のターニング・ポイントと
なり、当時は乗用車よりも大きな市場比率であった商用車市場に変革をもたらしました。
これは2輪/3輪から、4輪車への本格的なステップアップという
モータリゼーションの一大エポックでした。



プリミティブな2分割のフラット・ガラスで構成されたフロント・ウィンドウや、ブリキの
モデルカーのような造形が特徴的です。
前開きのドアや、前後の方向指示を担うサイドのアポロウィンカーがアーリー50sらしいです。
左右のウィンドウに配された対向作動式のワイパーも特徴です。

ボンネット・トラックから一歩進んだ、セミ・キャブオーバーのスタイリングを採用しています。
荷台長の確保とキャビンの拡大の為に、エンジンを完全にシート下に押し込んだ
国産初のフルキャブオーバー車は、1955年4月にデビューした
プリンスAKTG-1(後のペットネーム・クリッパー)を待たなければなりませんでした。



希少な、旧字体の「帶」が刻まれたシングルナンバーからは、風雪と時間の経過に
耐えた凄みが感じられます。
ライセンス・プレートの下には、向かって右側にオフセットされた十字のクランクバーの
ガイド孔が確認できます。



2灯式のヘッドライトは、モーターサイクル用のような形状になっています。
オート3輪に対抗すべく、トヨエースはコスト削減を徹底していますが独立したライトハウジングは
ボディ同色に塗られており、目立たない部分にも関わらず手間が掛かっています。

近くで見ると、ギョロっと飛び出した魚眼のような不気味な雰囲気も感じられます。
バンパーもボディ同色で塗られており、形状も鉄骨をそのまま取り付けたかのようです。

グリル形状もシンプルで、単体で見るとCDラックみたいです。



大変貴重な、当時の車検証がフロントガラスに掲示されていました。
書式やサイズは、現代の車検証とまったく違います。
車検有効期限が昭和42年「まで」というのが現役の重みを感じさせてくれます。



トラックの荷台は機能が追求された必然のデザインなので、現代のそれと
さほど大きく変わるわけではありません。

テールレンズはどうやら純正品ではないようです。
レンズそのものは後年式の汎用品で、左右対称の形状で両端にアンバーの
ターンシグナルと、ホワイトのバックランプを備えるタイプですが
両端部はボディ同色に塗り潰されており、オールレッド風になっています。

後退灯は元々備わっておらず、当時は大型トラック/バスにのみ装備が義務付けられており
小型車にはオプション扱いでした。

トヨエースの初期モデルでは尾灯は右側1灯のみで、ライセンスプレート・ランプも兼ねる
タイプが装着されています。
当時の法規では尾灯は1つで良く、方向指示器も前後から見える位置に腕木式
もしくは、突き出たレンズを片側1つずつ装備するだけで保安基準をクリアできました。

荷台は一方開きで、ウィールハウスの張り出しは最小限に抑えられ積載性を確保しています。
キャビンよりもかなり高めの鳥居が据えられており、荷掛けフックも多数備えられています。
右端には楕円形のプレスがあり、何らかのエンブレムが備わっていたと思われます。

下から覗いているコの字型のバーは、スペアタイヤ・ハンガーでリヤゲートの真下には
スペアタイヤを降ろす際に挿入する、クランクバー用のガイド孔が確認できます。



破損や欠品のしやすい、ToyoAceの車名ロゴが刻まれたウィールキャップが
きちんと4枚とも備わっています。
白いお椀キャップに、赤いラインのアクセントが洒落ています。

肉抜き孔のない、スムージーなスティール・ウィールのフェイスも魅力的です。
こういった車種には、ハイトの高い肉厚のタイヤも欠かせません。



トヨタの社旗マークが入ったマッドフラップも、失われずに備わっています。
一段盛り上がった縁や、ギザギザの下端などにデザインとしてのディティールが与えらています。
単なる実用品ではなく、装飾としての意匠も積極的に盛り込まれていることがわかります。



低床式のラダー(梯子)フレームは、シャシーブラックが厚く丁寧に塗られており
新車時の如き(見たコトありませんが・・・)大変美しい状態を保っていました。
ちょっとコレで本来のフィールドである農道や砂利道を走る気にはなりません。

ディファレンシャルの手前に見える2本のパイプが、スペアタイヤ・ハンガーです。
マフラーは、比較的新しいものに交換されているよう見受けられます。
幾重にも重ねられたリーフ・スプリングが、如何にも堅牢な雰囲気です。

タイヤは現代のものを履いていますが、波打ったトレッドパターンを持つ当時モノの
バイアスタイヤであれば、もっと素晴らしい雰囲気を醸し出すことでしょう。



鉄板剥き出しのシンプルなインストゥルメント・パネルからは、合理的な機能美が感じられます。
大変希少な、中央にToyopetのロゴが入ったオリジナルの3スポーク・ステアリングは
あちこちでヒビ割れを起こしていますが、きちんと原型を保っています。

計器類はオイル警告灯とチャージ警告灯を組み込んだ速度計のみで、100km/hまで
刻まれています。
アシストグリップの備わった助手席側のグローブボックスにはフタがありません。

長く、ほぼ垂直に据えられたシフトレバーとサイドブレーキ・レバーが見えます。
サイドブレーキとシフトレバーのウッドグリップは純正品ではなく、おそらくですが
空冷VW用のオプション・パーツではないでしょうか。

中央のコンソール状の部分は、キャビン内側に張り出したエンジンのメンテナンス・リッドです。

インストゥルメント・パネルには7つほどスイッチが並んでいますが、一切表示は無く
事前に知識がなければ操作は難しいでしょう。
右手側の黒いツマミは、アポロウィンカーの操作スイッチと思われます。



セミ・キャブオーバーの突き出たノーズの両側には、足元へと走行風を導入する
カウル・ベンチレーターが設けられています。
前開きのドアの運転席側のみに備わるキーホールには、小さく可愛らしい
スライド式のカバーが奢られています。



運転席側ミラーは独特の位置にあり、Aピラー中央に据えられた短いステーを
介して取り付けられています。

三角窓は後端の蝶番によって開閉するもので、外側にしか向けられないので
風の導入角度は限定されてしまいます。
ミラーの下側奥には、湾曲した三角窓のガイド・フレームが見えます。



助手席側に装着されるミラーは、鼻先に取り付けられたアポロウィンカーのベースを介して
後方が見易いように配慮された、コの字型のステーで装着されています。

ミラー外面には部品メーカーの社名があり、自分の所有する
1971年式ホンダCB750four(K-1)と同一の刻印がありました。
部品メーカーの汎用品を取り付けたものかもしれません。

矢羽式/腕木式と呼ばれる方向指示器は、電球の仕込まれたアンバーのレンズが
曲がる方向に飛び出して点灯するもので、多くのものは点滅はしません。

海外ではトラフィケーター、セマフォ―という名称で、日本では最大手ブランドの”アポロ”が
商品名から一般名詞に昇格しましたが、1960年代に入るとターンシグナルが普及し
腕木式は廃れていったので、今や見かけることはなく会社自体も吸収合併されました。



トヨエースは、愛称が与えられる以前のトヨペット・ライトトラックSKB型から現在までに
半世紀に渡る長い歴史を刻んできました。

海外市場に於いて成功したランドクルーザーと並び、国内で大きな成功を収めたトヨエースは
戦後の混乱期にトヨタ躍進の原動力として、揺るぎなきシェアを獲得するに致りました。

現在の、世界最大の自動車メーカー”トヨタ”の礎は、これらの商用車が築いたものと
いっても過言ではありません。

戦前のトヨダAA型はトヨタの始祖ではありますが、当時の困難な日本の状況もあり
トヨタを躍進させるには至りませんでいた。
これは欧米に大きく後れを取っていたモータリゼーションや、軍の車輌を優先するという
日本の自動車業界を取り巻く環境そのものが最大の原因でした。

トヨタの名車といえばトヨタ2000GTやトヨペット・クラウン、現代ならばレクサスLF-Aや
レクサス600hLといった華美なモデルが注目されますが
それらもトヨエースのような地味ながら、人々の生活と密接した商用車が無ければ
存在し得なかったのです。

Posted at 2011/09/22 22:33:11 | コメント(8) | トラックバック(0) | トヨタ | クルマ
2011年06月22日 イイね!

トヨペット・コロナ(RT20STD/RT40)

本日は120系クラウンのチェックの為に美幌に進出したのち、北見廻りで帰投しました。
その途中、北見トヨペットのショールームにコロナが展示されていたので拝見してきました。

お話を伺うと、震災の影響で新車が枯渇しており、ショールームに展示する車がないため
ピンチヒッターとして(?)3台の旧いコロナが展示されているそうです。
3台とも北見トヨペットのコレクションだそうで、他にも初代コロナ(ST10)があるそうです!
初代”ダルマ”コロナといえば1957年から1960年のわずか3年間しか生産されておらず
ライバルのダットサンの市場に食い込めず台数もわずかしか出なかった超希少車です。

担当の方が「自分達の世代じゃないので飾ってないんですよ」と仰っていましたが
欲を言えばST10見たかったなぁ~・・・というのが本音です。

とはいえ、2代目コロナ前期型STDも相当にレアなクルマなので満足いく収穫でした。
このT20系は1960年4月にトヨタが自信を持って市場に送り出したものの、斬新なスタイルや
先進的な設計に生産現場の技術が追いつかず雨漏りや足廻りのトラブルが頻発しました。

タクシー業界からの期待も大きく、打倒ダットサンを掲げ販売前からティーザー・キャンペーン
(焦らし広告)を大々的に行い、力を入れてきただけにコロナの躓きはトヨタを焦らせました。
翌61年3月に小型タクシー枠が拡大されたのを受けて、既に定評を獲得していたクラウン用の
R型1500ccエンジンを搭載しトヨタは失地回復を図ります。

税制面では不利ながら、1200ccのブルーバードに対して「プラス300cc」の余裕を持たせたのです。
乗り心地を優先したカンチレバー式リヤ・サスペンションを耐久性を重視したリーフ・リジットに
変更し、ボディの強度や水密性にも改良が施されました。
しかしながらスタート時の躓きが響いたこともあって、20系の世代では既に確固たる定評を
得ていたブルーバードを追い抜くには至りませんでした。

現在、残存台数が多いのはフロントのターンシグナル・レンズ(グリル両端に設置)が楕円に
なった後期型のRT20です。
こちらはR型1500ccながらターンシグナルが丸形の前期型となります。
RS10~30系クラウンとも通じる内側に湾曲したフロント・グリルは繊細なデザインになっています。

ワイパーは対向作動式で、ボンネットはフロントヒンジの後端開きとなっています。
フェンダーミラーの取り付け位置は、本来はかなり運転席側となっています。



この個体は希少な前期型の中でもさらにレアなスタンダードです。
モール類はほとんどなく、ガラスも着色ではないので極めてプレーンな印象です。
ピンと張った小さなテールフィンはRS20/30クラウンやUP10パブリカと同じ血統を感じさせます。
同時期のヒノ・コンテッサ900との相似性も感じます。



内装はサーモンピンクとホワイトのコーディネートも美しい明るい色調です。
当時、トヨタは増加傾向にあった女性ドライバーを意識して運転の容易なトヨグライド
(自動変速機)の普及に努めると共に、ポップな色使いで女性の感覚に訴えました。

ホワイトのステアリング、ウィンカ―レバーを兼ねるホーンリング、シンプルな
インサイド・ドアハンドル、ピアノの鍵盤のような美しく整然と並んだスイッチが魅力的です。
ラジオはなく、暖房もダルマ・ヒーターです。
個人的に20系前期の内装は国産車の中でも随一のハイセンスなものだと思います。



オペルのオリンピア・レコルトを意識してデザインされていますが、よりクリーンでスマートな
雰囲気を実現し、欧州でも高い評価を得たそうです。
しかしながらメカニズムの方が追いついておらず、クラウン用の1900ccエンジンを搭載した
「ティアラ」(女性の冠の意)と名付けられた対米輸出仕様の販売は失敗に終わりました。



2代に渡って宿敵ダットサン・ブルーバードを打ち破れなかったコロナですが、東京オリンピック
を目前にして日本中が沸き立つ中、3代目が満を持して登場します。
1964年9月にフルモデル・チェンジを実施したRT40コロナは名神高速道路で10万㎞連続走行
公開テストを行い、先代で指摘された耐久性についての不安を払拭しました。

美しいながらも繊細で、見方によっては貧弱にも写った先代のスタイルから「アローライン」
を謳う力強く、高速性能を誇示するスタイルに生まれ変わりました。
販売の現場ではライバルの410ブルーバードを「尻下がり」と酷評し、熾烈な「BC戦争」を
繰り広げました。
1965年1月には遂にブルーバードを追い抜き、その後は盤石な体制を築き国産車の
ベストセリング・モデルとして不動の地位を手にしました。

不本意に終わった対米輸出に於いても大成功を納め、広告では「もっとも外貨を稼いだ車」
とアピールしました。
国内・輸出ともに頂点に登り詰めたコロナでしたが、その後は下にカローラ、上にマークⅡが
登場したことによって影の薄い存在にならざるを得なかったので、40系は最も輝いた時代でした。

手前が前期型で、後ろが後期型となります。
40系は6年という長いモデル・ライフだったこともあり前期と後期で多くの変更があります。



珍しいスタンダード用のハーフ・キャップが装着されていました。
40系のフル・キャップは大量に流通したこともあってか、純正品を喪失した13インチの車に
代わりに取り付けられていることが多いです。



内装は前期と後期で大きく違います。
ウィンカーレバー兼用のホーンリングは後期型では一般的なコラムから生えるレバーになります。
インパネに直接差し込むタイプのイグニッション・キー、クールな印象の空調レバー類や
両端の丸いベンチレーター、光の反射を考慮していないインパネが魅力的です。



Cピラーには飾りが付いていますが、後期型からは空調用のダクトが装備され装飾目的だけでは
なく機能も持たされることになります。
テールランプはオレンジのターンシグナルが装備されていますが、後期型になると
MS50風の細長いオールレッドに変更されます。



こちらが後期型のフロントです。
バンパーが持ち上げられ、ターンシグナル・レンズが下側に移動しました。
グリルも樹脂製で、流行に合わせてブラックアウトされています。

フロントフェンダーに装着されているサイド・ウィンカーの形状はアローラインに沿った
ものに変更されています。



前期型とはまるで別の車のようなインストゥルメント・パネルが印象的です。
共通部品はほとんど見受けられません。
イグニッションはコラムに移動し、ステアリングには流行の刺繍が施されています。

ウィンドウ・クランクハンドルは柔らかく安全な黒い樹脂製に変更され
三角窓もやたらと小さなツマミを回す方式に改められています。
ただしこの方式、不評だったのでMS50でも後期型で一般的なクランクハンドルに戻りました。
インサイド・ドアハンドルもレバー式から現在も主流であるプル・タイプとなっています。



大きなヘッドレストが時代の要請に沿って装着されているのにも注目です。
テールは細長く、ワイド感を強調しようとしていますが前期型よりもバランスが悪いのは
否めません。
オーバーライダーがクロームではなくゴム製なのも60年代後半に入ってからの流れです。

この車輌には貴重な「北 5」のライセンス・プレートが備わっています。



貴重な前期型の20コロナが見れたのは良い収穫でした。
やはりST10も見てみたいトコロですが・・・

RT40は前期と後期を並べて比較できたのはなかなか勉強になりました。
イベントでも多く見かけるのであまり意識していなかったのですが、予想以上に変更点が
あるんだなぁ、と気づかされました。

北見や旭川のトヨタ系列では多数の旧車を保存していて、他にも以前に紹介したRS41や
RT50、RS30などを見たことがあります・
日本のメーカーはあまりヘリテイジを大事にしない、という傾向が見られますがこうやって
自社の歴史ある車を保存するのは素晴らしいことで、他のメーカーや販売店でも
力を入れて欲しいと願っています。
Posted at 2011/06/22 21:51:29 | コメント(4) | トラックバック(0) | トヨタ | クルマ
2011年04月30日 イイね!

北網圏 北見文化センター

自分は釧路出身で現在も釧路在住ですが、親の転勤で4年間北見市に住んでいました。
幼稚園年長から小学3年生までです。
北見市は住みよい街で、距離的にも近いことから今も頻繁に訪れています。

今回は北見の小学校の社会科見学定番コースの科学/博物館「北網圏北見文化センター」
から展示の一部を御紹介します。
小学生の頃、学校行事や夏休みなどでここに連れて行ってもらうのが大好きでした。

中央の大きなドームがプラネタリウム、突き出た塔は天文台です。
ちなみに公式ホームページのやる気のなさが凄いです。



1983年に登場したT15#系コロナ、通称「FFコロナ」のカットモデルです。
この施設の開館が1984年11月1日なので、開館当初から展示されているならば
まさに当時の現行モデルです。
関係ありませんが自分が生まれる前年です。

このコロナは「石橋を叩いて渡らない」とも揶揄される保守的なトヨタがまず5ドアHBのみを
FFに切り替えて、従来のFRも併売し慎重に市場を窺ったのが特徴です。

ボディをあちこちカットされていますし、左ドアなどは取り外されていますがまっさらの新車です。
新車時の塗装や内装色などのサンプルとしてこれ以上は望めないと思えます。
下廻りも眩しいくらいに白く輝いています。



この車輌はおそらくはトヨタから提供されたのでしょう。
5ドアHBはRT40に「5ドアセダン」の名で登場して以来、コロナに設定されてきたボディです。
日本ではイマイチ人気の無いスタイルでしたが、現在HBが主流であることを考えると
トヨタの先見性に驚かされます。



エンジンも当然ながら工場で組まれたままの新品です。
バッテリーの形状が特徴的で、今では見かけない液栓口が突き出たタイプです。

蜘蛛の巣のように複雑怪奇に張り巡らされたコード類が排ガス規制の厳しさを物語ります。
フライパンのようなエアクリーナーだけは昔から変わりありません。



写真がブレてしまっています。
目の下の「クマ」は当時アメリカで流行し、日本車でも多くが採用したデザインです。
フロントウィールのカット部分には誇らしげに「ディスクブレーキ」との解説文があります。



こちらはエンジン単体のカットモデルで、マツダのロータリーが展示されています。
搭載車種や年式は不明ですが、おそらくコロナと同時期と推測されます。
12Aでしょうか??もちろん新品です。
エアクリーナーの青い塗色はマツダのロゴカラーとも通じる独特の色合いです。



こちらはディーゼルターボエンジンですが、形式などの解説はありません。
ヘッド形状から日産系かなぁ、と思います・・・

オルタネーターファンやクーリングファンがメッキなのは展示用だからでしょうか?
カット部分から覗くタイミングチェーンがSFメカのディティール的な魅力を持っています。



こちらは航空機用の水平対向6気筒エンジンで、カットモデルではありません。
ヘッドに「コンティネンタル」と刻まれているので「テレダイン・コンティネンタル・モーターズ」の
エンジンと思われます。

おもにセスナ機などの小型航空機に搭載されるタイプで、シボレー・コーヴェアの水平対向6気筒
エンジンはこういった航空機用エンジンをベースに開発されたため、ターボも搭載されました。




--------------番外編-----------
クルマ以外の展示品で感動したものをいくつか。

まずは「高度通信サービス」と謳われるポケットベルの数々・・・
父親が会社から渡されたものや、姉が持っていたもの以外はポケベルに触れたことがありません。
今見るとすげー不便な代物にしか見えませんし、今や公衆電話自体が滅多にありません。

数字を文字に置き換える作業は暗号解析かよと思ってしまいます。
モジデツタエタイ ワタシノ キモチ・・(♡0840!)
う~ん・・・最後の0840ってなんだって思って調べたら「オハヨー」だそうです。

自分はポケベル世代ではないので醒めた見方しかできませんが、当時使っていた方には
強い思い入れや想い出も多いかと思います。



こちらは「超小型携帯電話」どこでもドコモのムーバです。
movaは順次FOMAに切り替えられ、すでにサービス終了がアナウンスされています。

たま~に昔の刑事ドラマで見る肩掛け式の軍用無線機みたいな携帯と比べれば超小型
なんでしょうが、見た感じはアナログテレビのリモコンといった雰囲気です。

この時代の携帯も触ったことはありません、長い収納式アンテナが時代を感じます。

着うた?なにそれ?
ちなみに自分初の携帯(高校生時代)は着信音が16和音か32和音だったと思います。



そして「超LSI」32ビットプロセッサVLSIです。
調べてみると相当に革新的な技術だったようです。

これとは全然違いますが、スーパーファミコンのFF6が「大容量2メガ」と謳っていて
当時はよくわからんけどスゲーと思っていました。
今じゃ小さなデジカメ用SDメモリーカードでも余裕でギガです。



北網圏北見文化センターにはこのほか、屯田兵やアイヌ関係の資料や展示、宇宙開発や
スペースシャトル、デスモスチルスの化石、地震/台風体験などの設備があります。

小学生の頃から大好きだったのがプラネタリウムで、星々や星座の神話を聞くのが楽しみでした。
今も各地のプラネタリウムを見て回っています。
夜空や星空を眺めるのが好きなのはこの施設のおかげです。
Posted at 2011/04/30 22:27:21 | コメント(4) | トラックバック(0) | トヨタ | クルマ
2011年04月29日 イイね!

トヨタF型ボンネット消防車

こちらは地元製紙工場の構内消防団所属のトヨタFC100ベースの消防車です。
いかにも古めかしいボンネット付ノーズにドア・屋根無しの車体が伝統の消防車スタイルです。

グリルやヘッドライトベゼルに樹脂が採用されているあたりから年式的にはそこまで古くない
ように思えます。
大きく膨れ上がったボンネットには合理的なキャブオーバーには無いロマンが詰まっています。



「2号車」とあるように、工場には構内消防車として同じ型が2台配備されています。
ボディ各部に施された金色のストライプが繊細な美しさと火消の心意気を感じさせます。

ボディ後部に配置された照明灯と手動式(!)の鐘がノスタルジーな雰囲気です。



フロントフェンダーに輝くFの文字は搭載されている傑作大型車用エンジンを示します。
登場は1949年、ベースであるA型まで遡れば戦前の1935年に基本設計がなされたエンジンです。

にもかかわらず現在でもトヨタ・フォークリフト用に生産されている国産最古のエンジンです。
シボレーのエンジンをバラバラに分解したのち、すべての部品を正確にコピーして開発されました。

F型エンジンは大型トラック・バスをはじめ、北米市場での橋頭堡を確保したランドクルーザー
やハイパワーを要求されるポリスカー(トヨタ・パトロール)に採用されました。

注目すべきはサイレンから伸びる棒で、これを助手席の乗員が手で回して音を発するように
なっています。



右フェンダーに装着されるサイレンのスリットには製造メーカー名が見事に刻まれています。
果たしてどのような音色を奏でるのでしょうか。



驚くほど長いシフトレバーやほぼ直立したサイドブレーキが特徴的です。
鉄板剥き出しのダッシュパネルやゴツいアシストグリップが実用車らしく如何にも頑強そうです。

シートはきわめて簡素でフラットになっており、当然ながら防水のビニール地になっています。
助手席側の追加メーターの上には直接照明が突き出ています。



現在(平成元年制定)のトヨタ・マークよりもこちらの方が好みの方も多いと思われます。
疾走感溢れる「 ト ヨ タ 」のマークは現在も本社に掲げられる社旗に見ることができます。



現代のハイテク感あふれる消防車ももちろんカッコいいのですが、古く良き時代を感じさせる
こういったスタイルの消防車も魅力に溢れています。

つーか、トヨタ部販から部品でるのかコレ?
Posted at 2011/04/29 15:52:21 | コメント(1) | トラックバック(0) | トヨタ | クルマ

プロフィール

「GSR作業進捗 http://cvw.jp/b/949539/48627198/
何シテル?   08/30 16:13
戰前から昭和40年代頃迄の自動車を趣味として居ります。 2輪・3輪・4輪、國産車/外國車の何れも興味の対象です。 此の他の趣味としては、艦艇及び航空機が在り...
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