先回に続いて「最期のフルサイズ・プリンス」S6系グロリアを取り上げます。
1967年4月から1968年10月の間に生産された1型(初期型)の、輸出仕様カタログです。
プリンスではALSIスカイラインの時代からアメリカ統治下の沖縄、北米、豪州、ニュージーランド
東南アジア(戦後賠償としての現物償還も含む)、オランダなどに輸出を行なっておりました。
このカタログは左ハンドル・右側通行圏向けで、英語表記となっています。
スペック欄の()内にはフィート・インチ換算の数値も併記されています。
表紙は国内で撮影されたもので、モデルも日本人となっています。
国際ビルヂングという高度成長期の日本を象徴する近代的な高層建築物を背景にしています。
S6グロリアは広告に於いても日本初の36階建て超高層ビル・霞が関ビルを背景に
日本の躍進とグロリアの進化を重ね合わせています。
輸出仕様の特徴として、機関や制動装置は国内上級モデル用の6気筒エンジンや
ディスクブレーキを採用し高速走行の頻繁な海外の道路事情に備え、外装の装飾や室内艤装
は基本的に国内向けスタンダード仕様に準ずる低廉なものとなっています。
これは基本的に速度の上限が100㎞である日本と、アベレージ・スピードの高い海外との
道路環境の差と、競合する米車や欧州車と日本車の車体寸法及び排気量からくる
相対的な車格の低さに合わせた設定と思われます。
外装は基本的に国内STD用をベースにしており、グリルはシンプルな格子状を採用しています。
ただしウィールキャップはSDX用のフルカバータイプで、ホワイトリボンタイヤと組み合わせる
ことによって、それほどコストを掛けずに効果的に高級感を演出しています。
エンブレムはフロントフェンダーに位置し、モノグレードとなる為「NISSAN GLORIA」という
車名のみが刻まれています。
プリンス車のエンブレム位置は上級モデルに関してはリヤフェンダー、下級モデルは
フロントフェンダーとなることが多いです。
ただし6気筒エンジンを搭載する為にフロントを延長し、間延びした部分に「赤バッヂ」「青バッヂ」
埋め込んだスカイラインGT(S54系)は例外です。
キャッチコピーでは「流れるよなボディデザイン」と謳っていますが、現代の感覚からすると
きわめてボクシ―で端正なデザインです。
清潔な雰囲気の純白の外装と、華やかな赤い内装のコントラストが魅力的です。
左ハンドルに併せてワイパー位置が変更されていますが、アンテナの位置は国内仕様と
変わらず左側のままです。
これは電動昇降式となる国内仕様に対して、手動昇降式を採用しているため運転席から
容易に操作できるようにとの配慮か、それか単純にコスト削減が目的かもしれません。
アウトサイド・ミラーが両方とも無いため非常にスッキリとした感じを受けます。
インストゥルメント・パネルは各種操作系が運転手の手が届く範囲に集められた
人間工学的に優れた配置になっています。
速度計はマイルではなく㎞表示となっていますので、北米仕様ではないと思われます。
セカンダリー・ベンチレーター(ダッシュ両端にある丸い孔)は国内STD仕様と同じく運転席側のみ
となっています、ここからはフェイスレベルの風が吹き出してきます。
その真下にはVと記された足元に風を送り込むアンダー・ベンチレーター・ノブがあります。
ステアリングは1型のみに設定された、透明の樹脂の下にプリンスの象徴たる十字のモティーフを
埋め込んだ繊細で美しいデザインのものが採用されています。
室内も落ち着いた白い天井内張りと、鮮烈な印象の赤い内装が美しいコントラストを魅せています。
国内仕様にも赤い内装の設定はありますが、もう少し暗い赤が選ばれています。
ウィールベースの長さは国産随一を誇ったS4系から更に延長され、ボクシ―なキャビンと
広大なグラスエリアによって数値を超える開放感を獲得しています。
インサイド・ドアハンドルやウィンドウ・クランクハンドルはS4系と共通部品となっています。
ドア内張りのプレスはシンプルながら、効果的なモール配置によって高級感を演出しています。
国内上級モデルと違い、三角窓のウィンドウ・クランクハンドルは省略されています。
フロントガラスは青い着色ガラスですが、ドアガラスなどは透明となっています。
前後席ともにシート中央のアームレストは装備されていません。
ビジネスマンをモデルとした表紙とは打って変わって、瀟洒な雰囲気を湛えたロケーションです。
背景は帝劇(帝国劇場)で、華やかなドレスを身に纏った女性をお迎えにあがったという
シチュエーションでしょうか、グロリアのショーファードリブンとしての性格もアピールしています。
リヤグリル(ガーニッシュ)やウィンドウ・サッシュのクローム・モールがないため非常に
シンプルな雰囲気で、装飾に頼らずとも完成度の高い造形であることが強調されています。
ドアガラスにはグロリア初となる曲面ガラスが採用され、室内の余裕を生み出しています。
テールランプはアンバーのターンシグナルが独立した視認性の高いものです。
トランクルームはプリンス伝統の背負い式燃料タンクと埋め込み式スペアタイヤの採用によって
外観からは想像できないほどの深く、広大なスペースを実現しています。
トランク内にスペアタイヤを配置したトヨタ車と比較すると大きなアドバンテージを有します。
フロントマスクやテールランプをはじめ、全体的なデザインはフォードの影響が感じられます。
歴代のプリンス車は、伝統的にフォードのデザインの影響が色濃く感じられます。
主要な装備品が写真とともに解説されています。
エンジンの最高出力の数値が国内仕様の105馬力と違い、106馬力となっていますがこれは
英馬力/仏馬力の表記の違いからくるものと思われます。
解説に於いてハイ・パフォーマンスと謳われるG7型直列6気筒エンジンに呼応するように
制動力にも重点が置かれています。
フロントには国内仕様ではSDXに標準、super6にオプショナルとなる
住友ダンロップMk-63ディスクブレーキが奢られています。
リヤドラムブレーキにもサイドブレーキを操作することによって自動的に作動する
セルフ・アジャスティング・ブレーキシステム(シュー間隔自動調整装置)が与えられ
常に安定した制動力を保証しています。
これら上記2点に加え大容量タンデムマスターシリンダーとマスターバックを装備し
軽い踏力で強力な制動が可能となっています。
ブレーキを中心としたアクティブ・セーフティに加え、シートベルト(2点式/3点式)や衝撃に強い
セーフティ・ドアラッチ、頑丈かつ軽量なユニタリー・ボディ・コンストラクション(セミ・モノコック)
などからなるパッシブ・セーフティも充実しています。
前後フェンダーの端部に装着され、車輌感覚の把握や夜間の運転をアシストする
クリアランス・ライトも紹介されています。
最終ページには三面図、スペック一覧、オプショナル装備品が掲載されています。
左側上部にはエンジンの写真とともにメンテナンスの容易さが謳われています。
S4系は当初の予定よりもG7エンジンが長くなってしまった為(未知の技術への安全マージン確保)
ラジエーターとの隙間はごく僅かで、後端がバルクヘッドにめり込んでいるので
プラグ交換にも難儀します。
それに対してS6系は6気筒の搭載を前提に開発されたのでエンジンルームにも
余裕を持たせることが可能でした。
ただし留意すべき点として、国内仕様では向かって左側(運転席側)に位置する
ブレーキマスターシリンダーが逆側に移されているのに吸排気系のレイアウトに変更がありません。
輸出仕様は向かって右側にキャブレター、インマニ、エキマニ、マスターシリンダー
ステアリングシャフトが集中するレイアウトになってしまっています。
これではステアリング・ギアボックスへの給油の際にアクセスが不便と思われます。
その下にオプショナル・パーツのリストがあり、ヒーター/クーラー/AMラジオ/電気式アナログ時計
ウィンドシールド・ウオッシャー/ティンテッド・ウィンドウグラス(着色ガラス)/フェンダーミラー(!)
クロストリムシート(布張りシート)/ビニールレザー成型リクライニング・シート/フロア・カーペット
シートベルト(2点式もしくは3点式)が並んでいます。
複数のグレードを用意する日本車と違い、モノグレードに多数のオプショナル・パーツを
組み合わせる方式が多い海外に準じてベース装備は最低限に抑えられています。
スペック欄には車輌形式/車体寸法/重量/定員/エンジン機構/冷却方式/燃料系統/潤滑系統
電装系統/クラッチ機構/ミッション機構/リヤ・アクスル機構(ディファレンシャル)
サスペンション機構/ブレーキ機構/ステアリング機構/ウィール&タイヤ機構が並びます。
車輌形式はP(L)A30-Uとなり、Lの記号は左ハンドルを示しています。
こちらはヤフオクで確認した当時の広告です。
S6グロリアとS5スカイラインと共に130セドリック、410ブル、10サニーが掲載されています。
S6グロリアはおそらくカタログの撮影車輌と同じ車輌と思われます。
もともとアメリカ車を強く意識したデザインで、なおかつ垢抜けたスマートなスタイルのため
輸出仕様の日本車にありがちな野暮ったさは一切感じられません。
日本に於いては「空前の収穫」と絶賛されたS6グロリアの、海外に於ける評価は
いかなるものだったのでしょうか。
現在でも、オーストラリアやニュージーランドでは当時輸出されたプリンス車が愛好家によって
現役の状態で維持されています。
いつかは訪れてみたいです。