アイアン・フラットの沈黙
ア「い、イッ、痛、ちょっ、イッてー!やめて下さいよ!フィールド・ヴィレッジ君!!」
通称“拳の勝負”という根性試しの遊びは、まず、目の前に握り拳を出し、じゃんけんをして勝った方から相手の拳をめがけて自分の拳をおもいっきり打ち込むという、何人もの負傷者を続出させるゲームでした。
手は痛さでプルプルと震え、それでも前に突き出し続けられるものは勝者として、同時に“気合いの入った男”として認められていたのです。
アイアン・フラットは顔を真っ赤にしながら苦笑し、今にも‘泣き出して’しまいそうな自分を必死でひた隠し、ひたすら痛さに堪えておりました。
巨体であり、“大きな岩の破片”のような硬い拳が自慢のフィールド・ビレッジは、アイアン・フラットが本当に“マウンテンバレーの仲間として相応しい男”なのかを試すかの如く、限界を超える痛さに“音を上げた彼”に対し、いたずらな笑みを浮かべながら、右腕に
フ「オッラー!オッラー!オッラー!(ドス!ドス!ドス!)」
と7割程の力で3、4回パンチをねじり込んだのです。
決して体格も悪くないアイアン・フラットですが、小さく可愛らしい目をしており、穏和で、とても優しい性格の持ち主だったのでした。そして、そんな彼は“マウンテンバレー”のメンバー達に“強い憧れの念”を抱いていたのです。
‘マウンテンバレー’の面子は、それぞれが何かに“長けている”者達の集まりでありました。喧嘩、頭脳、行動力、運動能力、統率力、闘争心、冒険心、技術力、芸術性、交渉力、計画力、美男子、器用さ、不器用さ、狡猾さ、キャラクター、根性、等々・・・。
カミソリのように鋭い狂犬のような一面と、男気溢れる優しさを兼ね備えている面々でした。
「少年法」という法律を味方に付け、ルールはメンバー各々で決めます。女性関係を最優先にした者、中途半端な事をしでかした者、格好の悪い者、気合いや根性が足りない者、こだわりを持たない者、カリスマ性に欠ける者、中味も外見も弱い者、は徹底的に“はじかれて”ゆきました。
メンバーのヘッド以外の者達は、「(俺はマウンテンバレーに必要な人材である)」と誇示することに力を注ぎ、常に、仲間意識と共に、自分の“魅力”を探し続け、それを見せつけておりました。
恐れられる存在であると共に、男も憧れる硬派なイメージであり、其の上、クラスや学年やその街の憧れのマドンナ達のハートをも片っ端から奪い取り、尚かつ、それはとても自然であり、鮮やかで、実に見事なものでもあったのです。
アイアン・フラットが同い年にも関わらずメンバーに“敬語”を使うのは、メンバーへのリスペクトの証でもあり、‘高級マンション’に両親と共に住む程の“良家の育ちの良さ”でもありました。
ア「フィールド・ビレッジ君のコーヒーはエメマンで良いんですよね!今、自分買ってきますから!」
そこに皆と居るだけでメンバーとして一緒にいられるような気がしておりました。メンバーであるかどうかは、改めて確かめたくもなく、拒否されるのがとても恐かったのです。
ある日、目の荒いコンクリートの上で手を‘グー’にして腕立て伏せをする“アスファルトの上で拳立て勝負”にて、またしても敗北を喫したアイアン・フラットは悲しそうな表情でつぶやきました。
ア「ああ・・。やっぱりダメだな、俺。・・・」
鉄馬(バイク)に跨り、けたたましい雄叫びを上げて去ってゆくマウンテンバレーの面々を尻目にトボトボと歩き、自分のとんぼ自転車の鍵を「カシャン!」と開錠しました。
・・・“‘みんなについて行きたい’”・・・
メンバーの中でも特に、ヘルメットの塗装、バイクの塗装、改造、運転を得意としたブラック・ベイルに相談を持ちかけようと決めたのでした。
ア「バイクの運転、むずかしそうだし、奥が深そうですね。俺、そういうの全く分からないし、出来ないし、親もバイクの免許は絶対にダメだって言うし・・・。」
ブ「・・・ンン・・。」
ブラック・ベイルは、輝きの中にも遠くを見つめているアイアン・フラットの事が少し可哀想に思えてきました。
ア「やっぱり免許を取るなら、自分みたいな奴は4スト250cc位のバイクから始めた方がいいですよね!」
ブ「ウーーン・・。アイアンはそこそこガタイも良いし、排気量はそんなに気にしなくてもいいと思うよ。」
ア「そうですか!でも、やっぱり最初はKAWASAKIのエストレア250あたりを少し格好良くして乗るのが丁度良いような気がして・・・。」
少しは勉強をしてバイクの車種位の話は出来るようにならなければと、コンビニのバイク雑誌を立ち読みして来ていたのでした。
バイク雑誌など家に持ち帰ろうものなら直ぐに破り捨てられ、叱責や怒号が飛び交うのが関の山。・・・
・・・なぜなら・・・
メンバーの集まる集合場所にアイアン・フラットの母親が突入し、怒号を浴びせられるシーンをブラック・ベイルは幾度となく見て来たからなのです。
ア母「あなた達とウチのアイアンは遊ばせません!さあ、帰りますよ!アイアン!」
ア「いいから帰れよ!もう!分かったから!恥ずかしいだろ!」
ア母「帰れよじゃありません!!今すぐです!引き摺ってでも連れて帰りますよ!!」
ア「ちょっと、放せよッツ!!オイッ!!」
高価な年代物のオールドスウェットシャツをものともせず、引きちぎれんばかりの力で引っ張り、アンアン・フラットを連れて帰ろうとする母親の姿に、ブラック・ベイルを含めたメンバー皆、顔が引きつってしまうようなシーンだったのでした。
マウンテンバレーのヘッドであるホーン・ウッドが、
ホ「うるさい婆だな。」
と、ぽつりとこぼすと、
ア母「なんですか!その言い方は!」
ア「やめろよ、かあさん!! すっ、すいませんホーン君! ちょっと、本当に放せよ!!」
ブンブン!とお袋さんの手を振り回すアイアン・フラットの尻を
「(ドォフウッ!!)」
っと“蹴り上げた”のは、フィールド・ビレッジでした。
フ「お前、お母さんにそんなことするもんじゃないぞ、コラ。」
ア「イッ!、アッ、すいません!」
この行動により、アイアン・フラットの母も少し修まりがついた事は紛れもない事実であり、母親自身も、何故、息子がこの場所へと行きたがるのかを瞬時に理解しました。
アイアン・フラットは尚更、この“マウンテンバレー”のチームのメンバーに魅了され、惹かれていったのです。・・・
・・
そんな一悶着を知るブラック・ベイルは、アイアンの気持ちも理解出来ました。
丁度その場にいたフォレストに、
ブ「バイク、ちょっと借りてもいい?」
フォ「っああ。もちろん、イイよ。」
と、フォレスト自身の分身でもある大切な“相棒”を貸す事を了承しました。あまり乗り気ではないけれど、アイアンのバイクを見る目があまりにも輝きを放っていたのと、その‘甘酸っぱい気持ち’が手に取るようにフォレストの心へも伝わったからでした。
そして、ブラック・ベイルは音の静かなマフラー(排気管)の取り付けを始めました。
公道ではなく目の前の駐車場で、アイアンにバイクの乗り方を徹底的に教えてあげようとしたのです。
ブ「まずは左手でクラッチレバーを握って、左足でギヤを下へさげて、スロットルを少しだけ開けて、ゆっくりジワジワと左手のレバーを放してゆくんだ。進み出したら、スロットルを戻して、左手のレバーをもう一度握り左足のギアを上へあげてゆく。ワンダウン・フォーアップ。・・」
ア「ウワッ!こわッ! おおお!進んだ進んだ! おおおおお!!」
いままで見たことの無いような嬉しそうな表情と、聞いたことも無いような興奮の雄叫びを上げました。その姿を見たブラック・ベイルとフォレストにも、同じく、笑みがこぼれておりました。
駐車場へ続く坂道での‘坂道発進’、‘エンジンブレーキ’、空き缶を2つ間隔を開けて置き、その間をグルグルと回る‘8の字スラローム’と徹底的に教え込んだのです。
ブ「これで、教習所に行ったとしても教官や生徒の前で恥をかくことは無いっしょ!?(笑)」
ア「はい!ウワー!メチャクチャ楽しい!本当に、本当にありがとうございます!」
アイアンの顔には、“爽快感と興奮”とが入り交じったかのような最高の笑顔がありました。
・・・
アイアン・フラットが単車(バイク)に乗れるようになった事は皆に知れ渡りました。そして、マウンテンバレーのメンバーと一緒に居る事も自然になりつつあったのです。
ブラック・ベイルへの感謝の気持ちは、やがて、もっと“仲良くなりたい”と言う気持ちへと変化してゆきました。
ブラックもアイアンもまだ車(四輪)の免許の歳では無いので、ゲームセンターUFOで“リッジレーサー”を2人で楽しみました。スリーペダル(アクセル、ブレーキ、クラッチ)、5速ギアのマニュアルミッションの車のゲームは、より一層二人を熱くさせました。
ア「上手いなぁ!全然勝てないや!(笑)」
バイクを買うために始めたバイトの帰りで、‘作業着のシャネル’と呼ばれる「タイガー・ワン」の「ベリーベリー・ロング」を着たまま、ケタケタと無邪気に笑いながら言いました。
ブ「中坊の頃からやっているんだ!負けるわけにはいかないッ!(笑)」
ア「少しお金が貯まってきたんです。教習所のお金も、元々持っていた貯金もあるので、色々バイクの相談にのってほしいなと思って!パーツは何を買ったら良いのかとか、タンクの色とか、ヘルメットもダビダが欲しいし・・・。」
ブ「おおッ。遂に近づいてきたか!」
ア「明日、ウチに遊びに来ませんか!マンションの1階に日焼けマシーンがあって、無料で日焼けできるんですよ!」
ブ「エェ!?マンションの1階に日焼けマシーン!?!」
・・・
たわいのない会話はしばらく続き、ブラック・ベイルは快く明日の誘いを了承しました。
その日はラフリバーにて、マウンテンバレーの仲間のオブリー・ゲーション達が、ウェル・ビトウィーンのボクシングプロライセンス取得の祝いをしておりました。
アイアン・フラットの帰り道はラフリバー方面である為、少し顔を出してから帰宅するとブラック・ベイルに告げました。
ブラックは、仲間のバイクの塗装を、“ビーフボール(牛丼)ダブルビッグサイズ1杯、エッグ2つ、スープ1杯”を条件に請け負っており、“安くてウマイ”と評判であった為、次々と依頼が殺到し酷く疲れておりました。
そして、明日のアイアン・フラット邸での日焼けマシーンがとても楽しみであり、最近手に入れた“メンズ用眉毛トリミングキット”を使用するタイミングは「(今日しかない)」と考え、それがどうしても使ってみたかったので帰る事にしました。
家に着くと、バイクによって芯まで冷え切った身体を風呂で癒し、毛穴を開かせ“メンズ用眉毛トリミングキット”の使用に備えました。
ブ「(プツ)痛ッ!・・・痛ッ!・・・ヒー!」
付属の説明書を眺めながら、指示通りに、丁寧に、慣れない手つきで毛抜きを使い眉毛の周りを処理してゆきました。
ブ「・・・眉毛が“青く”なるのだけは勘弁だからなぁ・・。」
いっその事、カミソリを使って一気に剃り落としたくなる気持ちを抑えて、痛みに耐えながら執り行いました。
先の曲がった小さなハサミで形を整え、
ブ「・・・・・・うん。・・悪くないか。・・こんな感じかな。・・・」
ヒリヒリする眉毛に達成感を感じ、何度も何度も小さな手鏡に目を凝らし、説明書にプリントされた白黒のサンプル眉毛と睨めっこをして左右のバランスを見比べていると、
携帯「♪ピロロッ、ピロロッ、ピロロッ・・ピロロッ、ピロロッ、ピロロッ・・♪」
L電池の付いた不格好な携帯電話が鳴り響きました。番号を見ると、マウンテンバレーの“ヘッド”であるホーン・ウッドからであるのが確認出来ました。
ブ「(ホーン、今日はもう勘弁して欲しいな。・・)」
心の中で、そうつぶやきました。正直な最初の気持ちは‘もう寝たい’だったからです。
ブ「(何かワクワクする話を持って来るのかもしれない。)」
と、直ぐに少しの期待に変わりました。しかし、時計を見ると、既に出動するような時間帯でもありません。・・・
ブ「(・・・・・)」
この間、約10秒。・・・ヒリヒリする眉毛と夜遅くに鳴り響く携帯に、ごく身近な“非日常”と“違和感”を感じておりました。・・・
まさか、ブラック・ベイルが“メンズ用眉毛トリミングキット”を使って、‘ヒーヒー!’言いながらプチプチと眉毛を整えているなど想像すらしていないアイアン・フラットは、
ラフリバーからボールプリンセスパーク迄オブリー・ゲーションのカスタムSR(バイク)を借り、ボクシングプロライセンスを取得したウェル・ビトウィーンを送り届ける任務を遂行しておりました。
アS「{ズパパパパパパパパァァーーーーンンンンン!バルーーーンン!パァン!ポォンッ!}」
真夜中をつんざき街へと響き渡るSR(バイク)が発するスーパートラップメガホンマフラーのエグゾーストサウンドは、アイアン・フラットの血液を‘グツグツ’と沸騰させました。
“(俺は今、生きている!!最高だァッ)!!”
街灯の光はとても長い線となり“ピカーーーーッ”っと光り輝き、まるで“流れ星”のように頭上を通り過ぎ、街行く車の赤いテールランプ(尾灯)は、“ギラギラ”と煌めく“ルビー”かのような錯覚として目に飛び込み、その全てが自分の物のように感じておりました。
“(最強だ!最強なんだァッ)!!”
背中の毛も逆立つような“快感と興奮”がアイアン・フラットの身体を突き抜け、生まれて初めて“自由”になった気がしておりました。
メイジーラインをひたすら上り、ルートフォーラインと交差するまでの道は一気に3車線へと広がりをみせ、その緩やかな上り坂は、まるで、‘空へと飛び立つジャンプ台’のようでした。
空を見上げれば、星も、月も、自分と一緒に走っています。
“(飛べるッ!飛べるぞォーッ)!!!!!”
右手のスロットル(アクセル)に‘グッ’っと力を込め、まさに最高潮を迎えておりました。対向車線の車のヘッドライトは、まるで“天使が羽ばたく太陽のような温かい光”であり、目の前へと目一杯に広がりました。
ア「うわぁ。・・」
そんな“目眩(めくるめ)く走りの感動”が“日常茶飯事”であったブラック・ベイルにとって、今は睡眠の方が数十倍も魅力的に思え、ホーン・ウッドからの着信はやや気が重い通話となることくらい容易に予測が出来ました。
ブ「モシモシ。」
ホ「ハァ、ハァッ、すぐにビッグボーダースクランブルに来てくれ!速攻! プチ、プーッ、プーッ、プーッ・・・」
ホーン・ウッドは用件を言い終わると、すぐに電話を切ってしまいました。
確かに、“明日はアイアン・フラットの家に日焼けマシーンに入りに行く”などとは言えないな、と、ブラック・ベイルは考えており、もしそんな理由で行かないことが判明すれば、自分がマウンテンバレーの面子から“はじかれる”とも感じていたので、重い腰を上げたのです。
ブラックは、ホーンの単車(バイク)のトラブルなのかもしれないと思いました。バイクに搭載されている車載工具ケースを外し、“スタイリング重視”としていたホーン・ウッドはJAFのレッカーロードサービスにすら加入していなかった為、誰かが助けに行かなければならなかったのです。
ブ「・・・フゥー。・・・」
オールドビンテージで高価ではあるものの、どう見てもそうとは思えないボロボロのG-1(レザーフライトジャケット)に袖を通し、燃料タンクに“ワン・スター”があしらわれた、まだ若干エンジンの暖かい愛馬に車載工具が積まれているかを再確認して家を出発しました。
ブS「{ドッパッパッパッパパパパパパパラァーーーン!パァン!!!}」
外は寒く、風呂から出て間もない乾ききっていない髪が風に揺れ、身体は余計に寒く感じておりました。
遠目から、指示された目的地である“ビッグボーダースクランブル”を見ると、数台のバイクと共に数人いるのが確認出来ました。
そのうちの1台のバイクは歩道へと停められており、その周りを数人が囲むようにして佇んでおりました。
ブラック・ベイルもバイクを車道へと停めて、側に近付くと、
ブ「うわぁ。・・」
ただただ、唖然と口を開いたまま、目の前の光景に呆然と立ち尽くしてしまいました。
“ザザッ!ザザザザッ!”っと、視界がフルカラーから白黒カラーへと変わってゆくような感覚に襲われたのです。
ホーン・ウッドが“コカコーラの缶のラインをイメージ”して塗装した、オレンジに近い赤のタンクに、黒い曲線的なライン。そして“マウンテンバレー”を象徴する“ワン・スター”のデカール。
そのSR(バイク)のフロント(前)のタイヤは、フォーク(前足)からグニャリとひん曲がり、左側面のエンジンの脇近くまで曲がっており、黒く塗装を施したはずの砲弾型ヘッドライトは平べったい生産過程のただの鉄の板のような形となり、原型をとどめていない、見るも無惨な姿となっているではありませんか。
誰よりも“ギャンブル運”に強く、‘賭け事に勝った金でここまで仕上げた’と言っても過言ではない、このバイクの飼い主は、すぐそこに‘しゃん’として立っております。
ウェル・ビトウィーンのボクシングプロライセンス取得の祝いをしているはずの、オブリー・ゲーション本人であり、彼のバイクでした。
ホーン・ウッドが言いました。
ホ「アイアン・フラットが事故った。・ウェル・ビトウィーンを後ろに乗せて。・・」
ブ「エエッ!!・・・」
ブラック・ベイルの視界は、完全にモノカラーとなりました。そして、寒さも手伝いアゴがガクガクと震え、奥歯の下の歯が上の歯に“カチカチカチ”っと当たるのが分かりました。
ここ‘ビッグボーダースクランブル’は通称“魔物が住む交差点”と呼ばれ、メイジーラインとルートフォーラインが交差する地点なのです。
交差点に向かい緩い上り坂となっていて、対面する車同士が対向車に気付きにくい点や、ルートフォーライン側は緩いカーブとなっており見通しも悪く、速度も乗る為、非常に事故が多い交差点なのです。
その為、メトロポリタン・ポリス・デパートメントもその事故の多さから、交差点の各四つ角に、四方向のカメラを設置し監視しているような場所であったのです。
アイアン・フラットは“無免許”であり、そんなこと知る余地もありませんでした。
しかし、今はそんなことを言っているような状況ではありません。
ホーン・ウッドは続けました。
ホ「ウェル・ビトウィーンは、ジェイ・エマージェンシー・ホスピタルに。アイアン・フラットは、ティー・ユニバーシティー・ホスピタルに運ばれた。・・・」
ブ「ここからだったら、距離的にはジェイ・エマージェンシー・ホスピタルの方が近い。そこからティー・ユニバーシティー・ホスピタルもそう遠くない。先ずは、ウェルのところへ行こう!容体を確認し、そこからアイアンの所だ!その方が道順としてもスムーズに行ける!」
バイク免許を取得したとしても、1年以内は2人乗りが“禁止”されている理由の一つとして、大抵のバイク事故の場合、重傷となるのは“後ろに乗っていた方”であることが統計上分かっていることを、ブラック・ベイルは知っておりました。
多数のバイクが集団となり、まるで、地響きを轟かすかのように動き出しました。それはまさに、現代の“騎馬隊”の様であり、他の車両は恐れを成して道を空けるほどの勢いで走り出したのです。
その連隊の先頭をホーン・ウッドとブラック・ベイルで交互に先導し、ルートフォーラインからメトロバスラインに入り、裏道を巧みに使った最短距離でジェイ・エマージェンシー・ホスピタルを目指しました。
おおよそ病院の駐車場には似付かわしくないバイクの集団が続々と雪崩れ込み、エンジン音はやがて“カチャン!カシャン!”とサイドスタンドを掛ける音と共にブーツで“コツコツ”と歩く集団の足音へと変わってゆきました。
エマージェンシーカウンターへと向かうと、ナースは怯えた表情で対応しました。
ホ「ウェル・ビトウィーンは!?」
ナ「い、今はICU(集中治療室)で治療中です。」
ブ「容体は!?」
ナ「面会謝絶です。」
ホ「・・・・・。」
ブ「・・・・・、アイアン・フラットの所へ行こう。」
ホーン・ウッドは静かに頷き、“鉄馬”の待つ駐車場へとレッドウイングのエンジニアブーツを傾けました。
ブラック・ベイルは“面会謝絶”という事よりも、今現在は一命を取り留めているという事実に何処か安心感を得ておりました。
一時は静まりかえった駐車場に電動ドアーが開く音が聞こえると、辺りにはまたしてもブーツで早歩きする集団の“コツコツ”という音が不気味に広がり、ポケットから“鉄馬”のキーをまさぐり出し、キーシリンダーへと差し込み、オンスイッチの右へと捻り、デコンプレバー(エンジンの内圧を解放し、ピストンの上死点を合わせるレバー。)を握り、キックアームを微調整してから蹴り下ろすと同時に、ガラス窓が‘ビリビリ’と微振動する程の爆音が轟きました。
集「コツコツコツコツ、チャリチャリチャリ、ジョリ、カチン、カチチチ、カチチチ、バァルゥウウウウーーーーンンンン!!ズゥッパパパパパパパ!!。。。。」
またしても集団が駆る鉄馬の雄叫びが、静かな住宅街に轟き、街の喧噪と雑踏を切り裂きました。
国立である“ティー・ユニバーシティー・ホスピタル”は、門をくぐり抜けてからしばらく走るとても大きな病院でした。
昔のヨーロッパの御殿の様な石畳を“バリバリ!”と爆音を轟かせ駆け上がり、無造作にバイクを止めて小走りに中へと入ろうとすると、警備員が慌てて阻止して来ました。
警「ちょっとちょっとちょっと!」
ブ「仲間が救急で運ばれたんだ!!」
警「それじゃ、一人ずつココに名前を書いて。」
初めての経験で少々まごつきながらも、素直にペンを握り、面会者記入欄へと書き込みを始めました。
冷たく冷えた指は思うようには動かず、はやる気持ちと煩わしさを感じながら皆の記帳が済むのを待ち、独特の冷たい雰囲気が漂う病院の中へと、チペワとレッドウイングのエンジニアブーツ集団は足を踏み入れたのです。
すると、中では“待ってました”と言わんばかりの制服のポリスマンがバインダーを片手に、紙に何かを書き込みつつ待ち構えておりました。
一瞬、皆の表情が強ばりました。
ブ「{ここじゃ“袋のネズミ”だな。・・・いや、今はそれどころじゃない。}」
ブラック・ベイルは心の中でそうつぶやいたのでした。
オブリー・ゲーションがアイアン・フラットに無免許を承知でバイクを貸した事実を覆す様なシナリオを描く時間も無く、“かばえきれない”と感じたからでした。
ポリスマンはまさに、ポリススクールで学んだシナリオ通りの固い口調で言葉を発し、その重たい空気を散らしました。
ポ「君達がアイアン・フラット君のお友達かな。」
皆「はい。」
まさに“軍隊”かのようにメンバーの声は揃っていました。
ブラック・ベイルをはじめとするその場に居たメンバーは、ポリスマンの“お決まり文句”のような開口一番のフレーズに一同嫌気が差しました。
その空気を切り裂くかの如く、ブラック・ベイルが口を開きました。
ブ「アイアン・フラットは何処ですか?」
その質問は完全にスルーされ、全く聞き入れられず、ポリスマンのルーテーンでもある質問は繰り返されました。
ポ「アイアン・フラット君が乗っていたバイクは誰のかな。」
皆にも迷惑が掛かってしまっていると、後ろめたさと責任を感じていたオブリー・ゲーションは力なく手を挙げて答えました。
オ「はい。自分のです。」
ポ「キミか。名前を教えてもらえる?」
オ「オブリー・ゲーションです。」
一番まともに話が出来そうだと感じたオブリーは、ブラックがした質問をもう一度ポリスマンに尋ねました。
オ「アイアン・フラットは何処の病棟ですか?」
すると、ポリスマンはバインダーへの記入をしながら一息ついてから言いました。
ポ「アイアン・フラットは・・・・・・・・死んだ。・・」
皆「エェッ!!」
・・一瞬、空気が凍り付きました。
・・・
オ「俺のせいだァァーーーッ!!!!!!!!!!!」
大きな声が病院内に響き渡り、オブリー・ゲーションは泣き叫びながら倒れ込み、素速くそれを抱きかかえる様にして皆で支えました。
ポ「だ、大丈夫か!おい! うん、皆で居てやってくれ。」
バインダーを落としそうになりながら、焦ったポリスマンは言いました。
いつもは鋭い眼光で人を見つめ、細い指で小さいながらも‘石のような固い拳’が持ち味であるオブリー・ゲーションが項垂れ落ち、大粒の涙を流す姿を見るのは初めてであり、皆も動揺を隠せませんでした。
皆「{嘘だろ・・・。}」
信じられないというような表情でオブリー・ゲーションを支えていると、もう一人のポリスマンが、血の付いた“タイガー・ワン ベリーベリーロング”や靴下、下着等を透明のビニール袋に入れて皆の前を通りかかりパトカーへと持ち去りました。
それを見て、実感が湧いてきてしまったのです。確かに、さっきゲームセンターUFOでアイアン・フラットが着ていた物でした。
オ「ウワーァァァァッ!!!!!アアアアァァーーーーーッツ!!!!!俺のせいダーァァァァァッ!!!」
ホ「しっかりしろッ!オブリー!!」
ブラック・ベイルは顔が引きつるだけで何も言えませんでした。ただただ心の中で、
ブ「{違う!違うッ!オブリー!俺のせいだ!俺がアイアンにバイクの乗り方を教えたからだァッ!!・・・}」
と、叫び続けていたのでした。ポリスマンは子供をあやすかのように言いました。
ポ「ちょっとな、話を聞かなければいけないんだよ。だから、・・誰か一緒に来てやってくれないか。」
バイクの後ろに乗ってきたメンバーが手を挙げ、オブリーの肩を抱きかかえパトカーへと誘導するように乗り込みました。
アイアン・フラットの乗ったバイクは、メイジーラインからビッグボーダースクランブルに差しかかった時、イエローが点灯したシグナルをアクセル全開で駆け抜けようとし、シグナルがレッドに点灯したと同時に反対車線も右折のブルーシグナルに点灯することも知らずにノンブレーキでトラックの助手席側に突っ込み、おでこをピラー(窓枠)上部にぶつけて首の骨を折って即死状態という悲惨な事故でした。
ポリスマンの言うとおり、メイジーラインにはこれっぽっちのブレーキ痕も無く、いつもの無表情な冷たいグレーのアスファルト色を醸し出しておりました。
事故が多発する“魔の交差点・ビックボーダースクランブル”に事故が多いが故に設置された交通監視カメラでその事故の瞬間の映像を見て検証するという事は、マウンテンバレーの面々には到底出来ませんでした。
ホーンウッドは浮かない表情で言いました。
ホ「・・・とりあえず、今日来てない奴ら、それと友達関係全部に連絡だ。」
ブ「・・・今から始めるよ。」
それぞれポケベルやハンディーフォン、公衆電話で一斉に連絡を開始しました。ほぼ全てに連絡が行き渡ったかと思われる頃には、既に朝日が昇りかっており、ブラック・ベイル自身の疲労もピークへとなりつつも、どこか寝ている時に見ている夢なのではないのかと自分を疑っておりました。
家に帰ってからというもの、疲れているのにも関わらずちっとも眠れずにおりました。
ふと、ノートを一枚破り、リスペクトしているシンガーソングライターの‘ロング・ディープ・ストロング’の“祈り”という曲のCDを流し、リリック(歌詞)を書き出しました。
あまりにも曲の詩の内容と旋律がアイアン・フラットとシンクロし、ヒクヒクと呼吸がおかしくなっている自分に気付いた時には、涙がポロポロと頬をつたってしたたり落ちてゆきました。
皆の前では涙を見せるものかと“見栄・虚勢”を張っていたブラック・ベイルに、自分一人の時間が訪れた瞬間だったのです。
悔しさ、虚しさ、残念さ、無念さ、そして、恐怖にさいなまれました。これから待っていたであろうアイアン・フラットにとっての沢山の幸せな時間を、一部、奪うことに荷担してしまったのではないかと、自分を責め立てました。
ウェル・ビトウィーンのボクシングプロライセンスが夢に散ってしまったものの、一命を取り留めたのが唯一の救いでした。
・・・
通夜には沢山の友達、他元チームのメンバーも参列焼香に訪れました。
アイアン・フラットのガールフレンドは、背の高いグラマーなボディーを屈め、矯正中の前歯を剥き出しにして泣き喚きました。
カ「アイアーーーーーーン!!!イヤー!イヤダーーーーァァァッ!!アーアーアー!!」
そんなことも知らず、おでこに大きな内出血の跡を残しながらも、実に安らかな顔をして眠りについているアイアン・フラットの胸の上に、涙で紙がヨレヨレでインクの滲んだ‘ロング・ディープ・ストロング’の“祈り”のリリックを書いたノートの切れ端をそっと置き、ブラック・ベイルは両手を合わせました。
涙でメイクもマスカラもクシャグシャになったアイアンの母親が、着慣れない喪服を纏ったマウンテンバレーの面々の前にやってきて泣き叫びながら怒鳴り散らしました。
ア母「あなた達のせいよォォォッッ!!!!あなた達が悪いのよォォォッッ!!!!アイアンは、アイアンはもう帰って来ないんだからアァッ!!!!」
斎場に叫び声が響き渡り、辺りの人々があっけにとられて呆然と見つめる視線の中にアイアンの父親が飛び込み、半狂乱の母親を連れ戻そうと必死に喪服を引っ張りながら、
ア父「もういいだろうッ!そんな事言ったってアイアンは戻って来ないんだぞッ!!」
ア母「ワアァァァアアーーーンンンン!!!!!!ワアアァンワァンワァンワァンワン!!!」
と、必死に止めに入りました。ブラック・ベイルを含め、マウンテンバレーの面々はただただうつむくしかありませんでした。
・・・
四十九日を終えた頃合いに、ホーン・ウッドが、
ホ「落ち着いた頃にアイアン・フラットの実家へ線香を手向けに行こう。」
と、特に仲の良かったマウンテンバレーのメンバーを集めて自転車でアイアン・フラットの実家へと回向に向かうことになったのです。
あれだけ母親に叱責され続けたにもかかわらず、またお袋さんの所へ行こうとするところに“仲間の結束力や情熱、思いやり”をそれぞれのメンバーが感じておりました。
すると、アイアンの母はある程度心の整理がついたのか180°態度が変わっており、笑顔で迎えてくれた事にあっけにとられたのでした。
ア母「あらー!皆、来てくれたの!ありがとう!アイアンもきっと喜んでくれているわ!」
一通り線香を手向け、一同モジモジしていると、母親は嬉しそうに言いました。
ア母「アイアンのお部屋に行ってあげて。アイアンの物、皆で形見として持っていってあげてちょうだい。」
皆でアイアン・フラットの部屋に入ると、そこには生活感が漂っており、まだ何処かで生きているかのような気持ちにすらなったのです。
少し緊張の糸が解けましたが、メンバー皆無言のままでした。
その空気を和ますかの如く、ホーン・ウッドがいたずらな微笑みを浮かべて冗談交じりに言いました。
ホ「じゃ、俺がリーバイスのダブルエックスな。(笑)」
プラス・テンが続けて言いました。
プ「ハ~ァ?!何言っちゃってるのホーンちゃん。俺でしょ!(笑)」
非常に高価な‘オールドのリーバイス・ダブルエックス’は誰が形見として持ってゆくかと言う話になり、ブラック・ベイルは苦笑いを浮かべました。冗談と分かっていても、少しだけ“本気”に聞こえたのです。
ここへ来て、“マウンテンバレー”というチームの“アンダーグラウンドさ”もしくは“ハングリーさ”を改めて感じてしまったのです。なんとなく、気分が落ち込んでしまいました。冗談でも、こんな事の言い合いにはなって欲しくないという想いが生じてしまったのです。
ブ「{俺の居場所は・・・やっぱり、ここでは無いのかもしれない・・・。このまま皆と一緒に居続けるべきでは無いのかもしれない・・・。}」
結局、リーバイスのダブルエックスは、バイクを貸し、そして、大切な物を両方共失ってしまったオブリー・ゲーションに託す事になりました。
マウンテンバレーのメンバーのスタイルの“代名詞”と言えば、1940~1960年代の本物の‘オールドのリーバイス’か、‘オールドのLeeライダース’のジーパンに、右後ろポケットには‘ダウンタウン・ロッカーズマート’の分厚いレザーのウォレット、左後ろポケットには同じくオールドの‘片方切れのバンダナ(一片だけ縫い上げが無く、切れ端のままの状態の古い年代のバンダナ)’もしくは、‘エレファントマークのバンダナ’を少し出して収めて穿きこなす事が一つのステータスだったのです。
ブラック・ベイルは、アイアン・フラットがいつも左後ろポケットに入れていたネイビーブルーの‘エレファントマーク’のオールドバンダナを形見として授かる事にしました。
・・・
アイアン・フラットは、いつでも格好の良い“マウンテンバレーのメンバー”に憧れておりました。
その気持ちは“魂”となり、今でも皆をどこからか見守っていると感じたブラック・ベイルは心に誓ったのです。
ブ「{どんな事があろうとも走り続けるよ。アイアン・フラットが走れなかった分も走るから。たとえ一人になっても、な。・・・いつまでも描いた憧れを忘れず、目を背けず、探究し続け、自分なりに自分の道を。・・・自らを灯明に、アイアン・フラットの光明と共に・・・。果てしなく続く道を・・・・・・。それが俺にとっての責任だ。}」
・・・続く