
海外の"一部の層"にはこんな言葉があるそうです。
・メルセデス・ベンツ=シガーを吸う人
・BMW=シガレットを吸う人
・アウディー=ノンスモーカー
つまり「"煙たがられる人が乗るクルマ"」だと"形容"されるのだというのです。
私のようなマニアックな変態的目線をもった人間を除き、日本人の方々も"そういった目線を持っている人々"は少なくないと肌で感じるのは気のせいではないと思います。
中でも、
「役物(*本物のAMGやMシリーズ)」
に乗っていらっしゃる方々の中には、実際に"クセの強いキャラクター"を有していらっしゃる場合も少なくはありません。
しかし、そんな中でも、私が無意識のうちに非常に好感を持ってしまう、つい街中で見かければ目で追ってしまう車があります。
それが、
「W124型 500E(*最終期後期型E500を除きます。)」
です。
本来、フォーマルな2ペダルATセダンであっても、せめてパドルシフターが装着されたものの方が良いなと思っているタチ(*サーキットでパドルシフターのスポーツカーに乗れと言われても躊躇する事なく左足ブレーキを駆使して攻め込めるように普段から練習できる為です)なのですが、このW124ー500Eには"特別感"を拭い去ることが出来ないのです。
これは必ず「500E」でなければならず、後期型の「E500(※エンジン番号119.974 12 008820~008821のE500エンブレムに変更された初期型含む中期はクローズドデッキです)」ではないのです。
確かに後期型の「E500」の純正ホイールはカッコイイですし、オーラを感じるものはあるのですが、"本物のポルシェ・チューンド・クローズドデッキV8エンジンを搭載"しているのは、前期型の「500E」の方なのです。
よく、カーセンサーやグーなどの中古車販売サイト、無知で適当な従業員さんやコラムニストさん達が、後期型W124「E500」も"ポルシェチューン"などと謳って囃し立てておりますが、それは少し違うのだと変態マニア代表として強く申し上げたい訳です。
メルシー(メルセデス・ベンツ)に限らず、
「違うんだよな〜」
と、ツッコミを入れたくなるような記事表記は多数あるのですが、特に、この『500EとE500問題』は顕著です。
後期型E500は「メルセデス製オープンデッキの普通の量産型V8エンジン」だからであり、多少の事は気にしない、何となくカタチだけソレなら、ポルシェデザイン手作業仕込みオーバーフェンダーだからという理由で納得している方々を除き、
「本物志向、レーシングエンジンとも言うべき、強度が遥かに違う"クローズドデッキV8エンジン"を積んだ前期型500E(*ド初期が6馬力高い最大出力)こそが本家だ!」
という、若干面倒臭い私の様な変態マニアからすれば、後期型E500(*エンジンブロック番号119.974 12 008761~008819及び119.974 12 008822以降)を"ポルシェチューン"だとするのは"詐欺広告同然"だという訳なのです。
「そ、そんなにムキにならなくても・・・。」
という声も聞こえてきそうですが、これには深い思い入れがあるからなのです。
ポルシェA.G.とメルセデス・ベンツA.G.とは"隣町同士のご近所さん"で、昔からメルセデス・ベンツA.G.は、
「ポルシェA.G.(フィルディナント・ポルシェ博士)へのリスペクトがあり、常に"PORSCHEの動向や方針に注視"していた」
という過去があります。
代表的な"逸話"の一つに、ミツワ自動車がポルシェディーラーを務めていた時代に、あまりにもポルシェ911のエアコンコンプレッサーの故障に悩まされ、日本の"デンソー製"を取り付け、
「ポルシェAGさん、この日本製のACコンプレッサーが壊れなくて良いんですよ。」
と紹介したところ、
「それはイイですね!ウチで純正採用させていただきます!」
と、本国での採用にまで至ったのです。
それを横目で見ていたメルセデス・ベンツAGも、
「ポルシェAGさん家(ち)が、何だか日本製のACコンプレッサーを採用したみたいだよ。・・・それじゃ、うちも採用しよう。」
という具合に、"ポルシェAGが採用したパーツは間違いない"と全面的な信頼を寄せており、ポルシェが採用したものはメルシーでも採用するといった方針で常に舵取りをしていたのです。
それらは功を奏しており、当時のメルシーも"ACが壊れず快適だ"という評判をも呼び起こしていており、自社の信頼性にも繋がっておった訳です。
そんな最中、レーシングカーからのフィードバックを忠実に市販車へと反映させていたポルシェAGはコストが嵩み、遂に"経営難"に陥ってしまったのです。
仕舞いには、ライバルであったTOYOTAさん家にも生産ラインの見直しをお願いする迄に至り、製造工程でハシゴを登ってパーツを取って降りて組み付ける等、効率の悪い生産手法であったポルシェAGは、
「サルが木登りをしているんですか?(笑)」
とまでTOYOTAさん家に"ディスられる状況"にまで落ちぶれていたのです。
それを見かねたメルセデス・ベンツAGは、
『ポルシェAGさん家に今コケてもらっちゃ、ウチも困るんだよな・・・。』
と、言ったか言わずか、救いの手を差し伸べたのが、"500Eの仕事“だったのです。
ポルシェAGとは、そもそも、
『車の製造販売というよりも"技術を売る会社(*国際特許製法許認可含む)"』
であった為、メルセデス・ベンツAGは"仕事というカタチ"でポルシェAGに手を貸したのです。
これはある意味素晴らしい友情関係であると感じたものでした。
「ウチにW124の300Eっていうセダンがあるんだけどさ、コレをポルシェ君家でなんか"素敵なイタズラ"してくんない?」
っと、言ったか言わずか、当時のポルシェAGとしたら、
「ありがとう(涙)ベンツ君、ほんとにありがとう!(泣)」
だったに違いないのです。
フォーマルなセダンには絶対に必要ないであろうレーシングカー位にしか使用しない"クローズドデッキ・エンジン"で、しかもV8ーNA5000ccのDOHC、ポルシェ手作業オーバーフェンダーは、とにかくその違いと醸し出す色気が正に、
『胸元がピチピチでボタンが弾け飛びそうなリクルートスーツお姉様』
の様に目に映っていたのでした。
実際にファイヤーバード・トランザム(税金保険激安8ナンバー車)のマニュアル車を買いたてのプアマン・ボーイな頃、出入りし始めていた工場のお客様で、"シルバーの500E "を颯爽と乗り付けている方がいらっしゃったのです。
なぜか、敢えて"500E "のエンブレムを剥がし、足廻りには"カールソンのローダウンサスペンションを組み付けたドシャコ(車検に通るか通らないかギリギリ汗)"、しかしながら純正のダイヤルホイールにグッドイヤー"イーグルF1(*グッドデザイン賞受賞の流れるような元祖流線型パターンのタイヤで当時は高額で憧れのタイヤでした)"を履かせた異様なイデタチだったのです。
タイヤがグッドイヤー同士(私のはコンパウンドが硬くなりはじめた純正グッドイヤー・イーグルVRという超ローグリップ型古タイヤでしたが・・・)という事で何となく話をするようになり、自然と可愛がっていただける様になってゆきました。
何しろ主治医のメカニックさんである大師匠をはじめ、周りの皆様方が"本物の前期型ポルシェチューン"だと口々にされておったので、それはそれは凄いクルマなのだろうと感じていたものです。
それもそのはず、AT車のセダンで、当時なんと『オイルクーラー』がディーラーでオプション設定項目に存在したと言われておるのです。
ドイツ並行車はオイルクーラーは『標準装備』で、何しろ日本のディーラー経由では足元を見られていたと申しますか、金儲けの餌食だったのか、兎に角、
「並行車の方が良いよ(メルシー車全般全体的な出来映え含め)」
とエンスーな方々が口を揃えておりました。
500Eオーナーさんは、まるで、"チャップリン"の様なオシャレなヒゲを蓄えており、つぶらな瞳であるにも関わらず、どこか話し方や話の内容がオドけていながらも(ドスが効いている)感覚があり、ちょっと『普通じゃない』オーラをお持ちでした。
社会の事などロクスッポ分かっていない自分にとって、仕事の話なのかプライベートの話なのかの"境目"がサッパリ分かりませんでしたが、どうも、
「一般的に銀行からお金を借りられない事情の方々へお金を貸すお仕事」
だった様なのです。
当時まさに、
『ザ・ベンツ乗り』
に相応しかったんだなと改めて回想できますが、とは言え、恐怖と威圧の代名詞"W140のS600"等が主流であった時代に、"ポルシェチューンの500E"は異色中の異色であり、どこか車好きエンスージアとして自然な付き合いや振る舞いがあったのかなとも思い返せます。
そんなとある日に、普段は東京赤坂にBARを経営されている、
『世界で一番大きいシェイカー(カクテルの)を振ることが出来る、日本では一人しかいない"ジョージさん(*日本人)"という方のカクテルパーティー』
が栃木県の観光ホテルで開催されるから、乗せていってやるから一泊二日の会に一緒に行こうと誘われたのです。
そのエンブレムなきカールソンサスの極めて怪しいドシャコ500Eとは言え、"ポルシェチューンのベンツ"で行くという、正に夢心地の世界だと感じた自分は二つ返事で、
「ハイッ、行きますッ!是非、宜しくお願いします!!」
と即答したものでした。
後ろのシートに座らせて頂きましたが、前のシートのバックレストが"後ろのシートに座る人の快適性の為に、両膝の部分が綺麗にエグられたデザイン"になっている事に非常に感動したものです。
とはいえ、高速道路が大雨で非常に視界やコンディションが悪いにも関わらず、とんでもない速度でかっ飛ばす"チャップリンさん"の運転には、
『やっぱり、"マズい方"のクルマに乗ってしまったんだ・・・。』
『あぁ・・・ヤバイなぁ・・・。』
『ちょっと、もう、帰りたいな・・・。』
と思っていたのと同時に、悪天候ロケーションとハイスピードなメーターの針とは裏腹に、
『なんなんだこの安定感は・・・。』
『ハイドロプレーニングが起きそうなのに全然その気配がないな・・・。』
『タイヤが良いのかクルマのシャーシが良いのか全く分からない・・・。』
と言った複雑な感情に襲われ、変に"気持ちが悪くなる程"でした。
無事到着し、政治家達が選挙で当選した際に筆入れする"ダルマの様にデカイシェイカー"を身体中を揺さぶって振って作って下さったジョージさんのカクテルは、私の心を『平常時(ヘイ・ジョージ♪)w』へと戻して下さいました。
酔いと勢いにも乗り、『アンバサダー』を務めていた、地方巡業(営業)をしていた、やたらと背の高いショートカットの似合うYURIちゃんという、あきらかにどこかのプロダクションのモデルさんだかタレントさんだかのタマゴな子に声を掛け(*いわゆるナンパですねw)、会の後に会う約束をし、その観光ホテルで唯一開いていた中華料理屋さんでヤッスイ瓶ビールをご馳走してお話したのが印象深いです。
もちろんその後は・・・、
自分のお金で一人部屋など取れているはずも無く、キャッチ&リリースで涙を呑んだ訳ですが・・・。(笑)
その後も、"W124ー500Eとアンタッチャブル・チャップリンさん"のコンビネーションは、言葉では表現する事が困難な程、「最高な相棒同士」として目に映っておりました。
本当に実際の映画のチャップリンさんは白黒の映像でしか見た事がありませんでしたが、少なからず、当時の自分に取っては『お爺ちゃま』の年代に片足を突っ込むのではないかという御歳にすら見える風格にも関わらず、奥様は何十歳も年下のピチピチの若奥様で"余計な心配"をしてしまう程でしたし、息子さんはまだヤンチャ盛りで、よくふざけ合って遊んだりもしておりました。
しかし、"時代と現実"というものは非常に残酷なものなんですね。・・・
法の取り締まり、世間の目、全てがしわ寄せのようにのし掛かり、資金繰りが上手く行かなくなり、共通の知り合いのクルマ好き仲間の不動産に家族でお住まいでしたが、奥様は息子さんと家を出て行ってしまい、車も売り、1人暮らしで家賃を半年間滞納し、それでも大目に見ておった優しい仲間想いなクルマ好きの大家さんでした。
最後の最後は、チャップリンさんご自身から、
「ごめんよ。悪かったな・・。もう俺にはコレしか残ってないんだ。だから、滞納分はこれで勘弁してくれないか。・・・」
と、"ゴールドコンビのロレックス・デイトジャスト"を手渡しに来たそうで、大家さんもそれで了承し、出て行かれたのだそうです。・・・
いつもフワフワッと、
「いや、参っちゃってさ・・・。」
などと言いながら、自慢話などはせず、皆を笑わせる様に失敗談を語る方でしたが、本当に参っているとは誰も思ってもいませんでした。・・・
『明日は我が身』
だと、"戒めた瞬間"でもありました。
人生は何があるか分かりません。
誰とも連絡が途絶え、"どうしているんだろうね"なんていう話すらもなくなり、十数年が経過し、ふと信号機で隣に停まったタクシーに何の気無しに目をやると、なんと、"チャップリンさん"だったのです。
『ああっ!』
と思い、声を掛けようとウインドウを半分まで下げたところで、手を止めました。
なぜ止めたかは自分でもよく分かりませんでしたが、新しい世界で一から挑戦しようとしている"チャップリンさん"の邪魔をしてはいけない様な気もしたのです。
そして、もし自分がチャップリンさんの立場だったなら、ソッとしておいて欲しいかも・・・、とも想いました。
いくらW124ー500EからTOYOTAクラウンコンフォートになろうとも、相変わらず、
『カッコいい男』
である事に変わりは無く、胸にジーンと響くものが有りました。
自分がその立場だったなら、本当に立ち直れるのか本心から自信がなかったからです。
その姿を見て、奮い立つものがあったのです。
もしかして私の見間違いだったのかと思い、クルマ好きの当時からのお仲間であり先輩でもある方に話したところ、
「エエッ!?会ったの!?じゃあ、あの話本当なんだ!!共通の女の子友達がタクシーの運転手さんやってるらしいって言ってたんだよ!!」
と仰っており、確信に変わりました。
そうです。・・正に、リュック・ベッソン監督の映画、
『TAXI』
です。
主人公のプジョー406のマニュアルの目つきもカッコいいとは思って見ていたのですが、やはりあの当時『煙たい悪役であった"ドイツ野郎"の500E』の色気は更にどこか特別で、ドップリと見入ってしまう"中身の濃い正にクローズドデッキの心臓の如く秘めた魅力に溢れていた"のです。
カーチェイスシーンには何とも言えないダークさに惹かれる部分があり、『サウンド・トラック』が、鳥肌が立つ様なディープさが、欧州ギャングスタラップヨロシク、ついつい"リリックを乗せてラップで歌いたくなる"のです。
サンプリングして唄いたいのですが、何しろ、"著作権は大丈夫なのか?""リリース後にYoYo♪とカツアゲされるのでは?"という点にビビっている時点で、まだまだだなと痛感しておる小生なのでした。・・・(笑)