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2014年10月22日 イイね!

「日本国宝展」に行く

「日本国宝展」に行く 17日金曜日奇跡的に2週続けて3連休。
 東京国立博物館で開催中の「日本国宝展」へ行きました。
 前期と後期に分かれていて全ての展示物は見られませんでしたが、一つ一つのものは超一級品であることには間違いはないのだろうけれども、なんだろうね、この不完全燃焼のようなモヤモヤ感は?
・・本展覧会は、これら国宝の中で、人々の篤(あつ)い信仰心が結実した文化的遺産を集め、日本文化形成の精神を見つめ直すことを試みた壮大な展覧会です。祈りをテーマに、仏と神と、人の心をつなぐ役割を担ってきた絵画・彫刻・工芸・典籍・考古資料などを展示し、日本文化の粋の結集をご覧いただきます。人々の祈り、信じる力が、どのような形を結び今に伝わるのか、国宝と私たちとの、時空を超えた対話が始まります。・・・だということなんだそうだけれども、何か違和感を感じます。多分私の貧弱な感性と一致しなかったんでしょうね。
Posted at 2014/10/22 16:28:29 | コメント(0) | トラックバック(0) | ひま人の博物誌 | 日記
2014年10月11日 イイね!

妙義山へ行った

妙義山へ行った金曜日、お休みが取れて待望の三連休、ヤッター!!
で、先日大ボラ吹いたカメラでも早速試してみるかとドライブに。
前々から行ってみようと思っていた妙義山へ。
富岡、松井田辺りには結構優秀な機械メーカーが多々あって結構縁はあるところなのだが当然のことながら事がすめばそのまま直帰だったので、その度今度はプライベートで妙義山に来ようと思っていた。
妙義山(金鶏山)直下の道の駅から何枚か撮って見たけれども、ファインダーからの景色は直接自分の脳に情報が伝わってくる気がしていい。
隣接している妙義神社にも行ったけれども、入り口から本宮までみんな直線上の坂の上にあって平地がほとんどない。
途中でくじけてしまい退散。

そこから山の反対側になる駐車場へ猿の出没に驚きながら移動。
これから紅葉の季節になるとこの辺はびっしりと渋滞になるんだろうけれども今日は平日なんで楽に走れるので気持ちがいい。
ここの駐車場は正面に妙義山の特徴的な岩肌が真っ正面に俯瞰できるので結構迫力がある。
ここで何枚か撮影したのだけれどもすべて「クラシッククローム」で−1の補正。
考えてみれば最初から最後まで広角側で絞りはf11しか使わなかった。それとISOは100で固定だったのだけれども結構きついっす。ブレ防止モードは必須か。
帰宅してモニターで見たけれども思った以上に違いがわかる。マゼンタが少なくはないのだけれども彩度が低い気がする。露出を下げるとなおさらそういう気がする。この色は好きな色だけれども実際に見た目より深く沈むようで被写体を選ぶ感じがする。女性を撮影するときにはCCとは逆にマゼンタの発色のいいベルビアの様なモードを使って露出は+1くらいオーバーにしたほうがいいかな。


で、きた道を戻るのもなんだからこのまま南に山を下って(県道51号線)下仁田へおりることに。
後ろから喧嘩を売る(煽る)車も対向車もほとんどなくて自分のペースでのんびり走れてよかった。やはりドライブは平日に限る。

下仁田のはずれで国道254号線に入ってこのまま下仁田のICから高速に乗ってかえろうかと思ったがまだ時間も早かったし(PM1:00)第一昼食もまだだったので下仁田を抜けて南牧村へ。
ここは前にも書いた「上野村」の山向こうの村で群馬県では高齢者の割合が県で一番らしいが、それでも上野村同様にけっこう「燃えている」村らしくて面白そうなところも多々あるようだが。
南牧村の道の駅で昼食をとった後はここまで来たからには「我が桃源郷」の上野村に行かねばということで少し走ったところで左折。
比較的広い県道の脇におそらく南牧村の最深部の集落、檜沢というところなんだけれども、そこへ行く脇道があって入り込みたくてしょうがなかったが今回は我慢していつかきたときにお邪魔しよう。

少し山道を走っていると、川のそばに今にも朽ち果てそうな社がチラッと見えて気になったので戻ってそばまで行ってみた。朽ち果てて今にも崩れそうなたたずまいではあるがちょうど収穫のお祭りだったのか御神灯が点され祭壇が開かれていた。拝見すると荒れてはいたが奥の座に神様が鎮座されておられた。
そういえば前後するけども、妙義山南側を撮影したとき直下に金色のばかでかい「大黒様(大国主命)」が鎮座している神社があったのだけれども僕にとっては何か(失礼だが)悪趣味という感じだな。
素朴ではあるが一生懸命生きている人たちのための神様とは何か違う気がした。


長いトンネルを抜けて上野村に着く。
今日はついでだし時間も遅くなってきたので名残惜しいが道の駅で休憩してすぐ出発。
帰り道、神流町で神流川の橋の上から午後の日差しが当たった叶山がきれいだったので一枚。

そのまま以前のように志賀坂峠を抜けて小鹿野にでて有料道路を通って寄居から熊谷に出て帰宅。
少し疲れたけれどもいいドライブでした。
次はどこへいこうか。

追記
露出補正なしだと

う〜ん、やはり補正した方がいいか。
しかし、CCはなかなか渋くていいなぁ。
Posted at 2014/10/11 23:53:59 | コメント(1) | トラックバック(0) | ひま人の博物誌 | 旅行/地域
2014年07月26日 イイね!

さぼりついでにドライブして考えたこと

さぼりついでにドライブして考えたことこのところしばらく休んでいないので区切りをつけて今日は休み。家にいても何なんで
ちょっとドライブでもするかと。そういえばXVもまとまった距離を走っていない。
梅雨も明けそうなんで「水辺」でもと・・群馬県上野村あたりでも。
熊谷から17号で行って本庄から462号線で行くか秩父から299号線で行くか迷ったが今の時間(AM9:00)本庄あたりは混んでいそうなので秩父から行くことに。しかし秩父の街から小鹿野に抜けるのもおっくなので長瀞手前野上から杉の峠を通って鬼石へ。
この道初めて通ったが、峠と名前は付いているけれども生活道路のようで整備されていてなかなか走りやすかった。鬼石に出て後は神流川に沿ってただひたすら462号線を走った。途中神流湖・下久保ダムで休憩。そういえば国道沿いの神流湖を俯瞰できる場所に場違いなくらい洒落た建物があって、後で調べたらホテル(山水っていう)なんだな。結構高級なホテルらしい・・今度女房を騙して連れてこようか。

 

万馬で昼食をと思ったが駐車場がないので我慢。この町のひなびた、昭和三十年代で時間が止まったような空気が好きで以前何回か意味もなく来たことがあった。(万馬の皆さん、駐車場を作ってください。町のはずれでの八幡様周辺なんて今の季節夏の風情があってなかなか趣がある風景なんだけれども車を止められる場所が皆無なんで)



後はただひたすら国道を西へ。道沿い左側に山頂がペタンコのところどころ岩肌むき出しの叶山が見えるのだけれども、これは石灰岩を掘り出すので外観が刻々と変わっているらしい。何かちょっと行ってみたいそそる風景ではあるが。
神流町で299号線と合流してしばらく走ると目的地の上野村に到着。
今から二十五年以上前、学生だった頃夏休み前に栃本のフィルドワークに来た同僚にお付き合いで行った帰りに寄り道してここに来たのが最初だったな。残念ながら蕎麦屋さんがお休みなので向かいの道の駅で昼食。山菜の天麩羅と手打ちそば。
何年かに一度の割合で遊びに来てそのたびに感じるのだけれどもこの村って周辺の村や町と較べて(いい意味で)何か違和感を感じてしょうがない。地理的に「どん詰まり」で国道299号線なんて国道と呼べるのはここまでで此処から先、十国峠を経て佐久穂に抜けるまでは国道ではなくて酷道って呼ばれているくらいだし。(十国峠なんて以前会社の同僚で山道バカがいてそいつにジムニーで連れて行ってもらったことがある。車がやっとすれ違えるような山道が延々と続く・・並行してる林道のほうが快適だったりして。
頂上には結構広い駐車場と何だこりゃって思えるくらいの展望タワーがあって
確かにいい眺めなんだけれども、ここに至るまでの道を考えるとちょっとちぐはぐな感じはするが・・)
この村から鉄道は山を超えて下仁田へ行かなければ乗れないし、新幹線だと本庄児玉からバスで万馬で乗り換えて二時間かかるし。
孤高のほぼ自給自足の自己完結型の村なのに、何なんだこの意味もなく明るく漂う空気は!(国道さえ神流町を走っているときはすれ違いにも気を使うくらいなのに上野村に入った途端に道幅が広く快適な道になるが村を過ぎるとたちまち元の狭い道になる)
これの理由は二つ
ひとつは、村の財政が比較的豊かでありインフラが充実していること・・上流に上野ダムがありその固定資産税が莫大で債権などの借金のための借金がないこと・・こんなわずか1300人ほどの小さな村なのに地方交付税の不交付自治体なんて信じられない。
2つ目はたぶんに想像ではあるが、世代交代がうまく行っている感がある。
道の駅でもらった広報誌を見ると人口1300人のうち65歳以上の高齢者の割合が570人で43パーセント。他と同じく高齢化が進んでいて結構深刻な状態で新しく定住する若い世代は必ずしも増えてはいないのだけれども、多分もう少し減って下げ止まりになるような気がする。
こういう地方自治体には「ふるさと協力隊」と呼ばれるような契約社員のような若者が頑張っているのだけれども、こういう若者が契約期間を過ぎても居残って村の一員として定住するケースがこの村には多いような気がする。それだけ居心地がいいんだろうな。これって意外と少ないそうで、これは観光がてらのお客様気分でやってくる若者と「どうせ一時の使い捨て」としか見ていない受け入れ側の認識の違いがすべて。
ネットでブログを検索するとわずか1300人ほどの小さな村なのに5,6件も定住者のブログが見つかる。
もちろん田舎の村社会独特の掟・しきたりとかあって勝手気ままには生きてはいけない世界だし、朝家の前で起こったことが夕方には村全体に知れ渡ってしまうプライバシーなんて殆ど無いのが田舎なんだけれども。
広報誌を見るとほとんど毎週なんらかのイベント(地区対抗バレーボール大会とかソフトボール大会とか)があるようだし、一年の半分は村全体がお祭りという感じ。(それにアータ、中学三年生はニュージーランド研修ですぜ・・うらやましい)
これは想像だけれども、地域のお年寄りで人生に達観している人が多いような気がする。
・・「自分のすべき責任は果たした」「後はあんたらに任せた、自由にやってくれ」・・そんな感じだろうか。
村社会の閉塞感というのは古い世代の「執着」と若い世代の「無神経さと身勝手さ」の二つの対立で身動き取れない状態のことなんだろうけどもその辺の折り合いをつけることが少しだけほかよりもうまく行っているのかもしれない。
早い話、相手の価値観の違いを認めつつうまく自分を生かすというところか。
後は他とは違う働く場を創造することか。(オーガニックカフェとかレストランも出来ているようだが)
目玉になる観光地や施設がない代わりに豊かな自然を活かした、例えば森林浴とか清流の癒やしの場とか、トレキングの拠点になるとか、ある程度絞って訪問者を選ぶような開発は出来ないだろうか。間違ってもなんとかのふれあいの場なんていう箱物は作ってほしくないと思うが。

長々と書いた私は・・?というと、私は定住するのは無理。だって本屋さんがないんだもの。
それに私のスタンスは「和して同ぜず」・・「人は一人では生きていけない、だから助け合うんだ」と自分の身勝手さを棚に上げて最初から人から助けてもらうことを前提にする団塊のしらじらしさとは若い世代に一緒にしてもらいたくないんで。

気まぐれドライブでここまで書いた私はホント暇人なんだな。

で、帰りは神流町から299号線で小鹿野へ出て秩父市街に入る手前で左に曲がってゴルフ場の入り口をすぎて皆野から140号線で熊谷へ。
およそ100Kチョットでリッター14・9Kの燃費
まぁまぁか。
Posted at 2014/07/26 23:24:42 | コメント(2) | トラックバック(0) | ひま人の博物誌 | 旅行/地域
2014年04月18日 イイね!

近くて遠い伝説の地〜「奥秩父 山、谷、峠、そして人」読了

近くて遠い伝説の地〜「奥秩父 山、谷、峠、そして人」読了ゴールデンウェークを間近に控えて色々と計画を練っている人も多いかと思いますが、ここで山の話。
私はナチュラリストでもなければ登山や周辺を歩き回るハイカーでもない。
日本の山の名前を上げろと言われたなら、「富士山」とか「日本アルプスのいくつかの山々」後はいくつかの独立した山々の名前をあげられるくらいではあるが、考えてみれば「埼玉の山ってどんなのがあったっけ?」
埼玉といったなら秩父方面なんだけれども情けないが名前を言える山はホント少ない。
「雲取山」「甲武信岳」「武甲山」「両神山」 山々ではないし埼玉県内だけではないが「大菩薩峠」とか「志賀坂峠」なんていうのも知っているが。もっとも「大菩薩峠」なんて小説のタイトルで知っているだけだが。山好きの友人の話によれば他の山々が尾根伝いにずらっと並んである程度全体を俯瞰できるのに対して秩父の山は一つ一つが独立して東西南北に範囲がとても広くて一度に制覇するのに結構エネルギーがいるらしい。荒川源流地帯とか他ではなかなかないところだとか。
で、この本にもそういう場所がたくさん書かれているのだけれども、とにかく読みやすくてスラスラとページが進む。とにかく専門用語が少なくてわかりやすい。一度くらいは自分のような無精者でも行ってみようかなという気になるかも。それくらい魅力な場所として書かれている。
著者は山田哲哉。奥秩父がホームグランドでこの地のほぼすべての沢を踏破したらしい奥秩父の生き字引のような人らしいです。今年60歳。

私の守備範囲ではないけれども、学生だった頃この地方のことを研究している友人がいて夜な夜な酒盛りついでにおもしろおかしく研究成果を話してくれてみんなでワイワイと限りなく雑談に近い議論をしていた記憶がある。そいつによれば奥秩父一帯は民俗学を勉強するにあたっては「お宝の山」らしいです。
意外なんだけれども山々の尾根伝いに続く山道は秩父から甲州、信州へ行く最短ルートで今では想像がつかないほど人の往来があったらしく今ではハイカーのための登山道となっているが、最近までその登山道が国道140号線だった。(今の多くの人は都会人を除いてどこへ行くにも車で行くことが前提の場合が多いのだけれども、車で行けない場所は、車が通れない道はなにもない場所と思いがちなんだけれども)そんなことで昔の人の足あとの形跡はアチラコチラにあるらしくて「前人未到」なんて場所はほぼ存在しないらしい。
何年か前、今では車で直接行けるようになった140号線を走ってみたことがあったけれどもこんな山奥でも結構通行する車が多いのな。それもトラックが多い。

奥秩父登山の埼玉側の出発点となる栃本の集落なんて埼玉では人が住んでいる場所の最深部なんだろうし、集落は急傾斜の山肌に民家がへばり付いて建っている感じでちょっとした地震とかで谷底に転げ落ちそうに見える。そんな集落の中で、ちょっと場違い何じゃないかと思えるくらいの大きくて立派な家屋があってそれが栃本関所跡。昔人の往来が結構あったという証拠なのかも。
登山とかでなくその土地の古来から伝わる文化とか風習とかというのはなかなか興味を引くものが多々あります。
何と言っても私が興味が有るのは、狼伝説。この周辺の守り神は狼で多くの神社がオオカミを祀り、狛犬は犬ではなく狼で、また御札にも描かれている
日本オオカミは明治の中頃に絶滅したとされているけれども、この地ではそれ以降も結構目撃されていたらしくて昭和の時代に入っても目撃されていて中には戦後しばらくしてから遠吠えを聞いたなんていう話もある。
この辺は鹿や猪の個体数が豊富で、畑の作物とか植樹したばかりの木々の樹皮若葉を食いつくすなどの被害が深刻なんだけれども、鹿や猪を食料とする狼が害獣を適当に間引いてくれていたので人間としてはずいぶん助かっていたらしい。人間から見れば狼は守り神そのものだったと言っても過言ではないでしょうね。そんなわけでこの地の人々は狼に敬意をもって、当たらず触らずの適当な距離感を持って接していた。それは狼にとっても居心地のいい場所だったはずで昭和になっても生きながらえたらしい理由なのかも。
今狼がもし再発見されるとしたら奥秩父一帯は最有力らしい。

ずいぶんと本の内容から離れてしまったが、奥秩父と聞くと登山の話よりもこういう話のほうにいってしまう。
Posted at 2014/04/18 01:12:09 | コメント(3) | トラックバック(1) | ひま人の博物誌 | 旅行/地域
2013年03月10日 イイね!

6÷2(2+1)=  の答えは?9or1

自分自身への納得と備忘録ですので・・・

ある所で見つけた問題。
6÷2(2+1)=  の答えは?
「1」という答えと「9」という答え・・さてどちらでしょうね?
グーグルの計算機は「9」

半年くらいまえに情報サイトで「台湾のサイトで見つけました」と題して載っていたものですが、その前には二十七八年前にある学校のゼミの試験で出題されたものとほとんど同じものです(しかしそのゼミというのが理数科系ではなくて思想哲学科!! いかにうまく表現して論理的に相手に伝えるかの訓練でしたが)
何日か前にこの記事にリンクが貼られたようで会社の若者に教わって答えを振られました。(多少盛り上がりましたが)

答えは条件によって3つあり
1,÷記号は表記してあるのに×の表記がないので数式としては無効、計算不能

2, 2と()の間の×がないのは表略してあるから6÷2×3で計算順序のルー ルにより左から順に計算して3×3で答えは9

3, 2と()のあいだの×がないとするなら2以降は因数分解の「解」つまり  2は()にかかる係数で多項式になり一つの塊になり(このへんが間違  いやすののだけれども、例えば A×B=ABなんだけれども、AB=A×Bではないんですね。A×Bは計算途中で答えはまだ出ていない数式状態のこと、ABというのはA×Bという計算で出された答えのことね。どちらも成立させるには(A×B)=ABとしなくてはいけないんですね) そうなると6÷(4+2)となり答えは1

 で、こたえはサイトでは9としていましたが、括弧に係る計算式を完了してから残りの四則計算を行うのが基本ルールなので 答えは1

証明として(2+1)をXとして計算するなら(2が後のカッコに掛かる係数であることの)
・・6÷2X=3/X
     =3/(2+1)
     =3/3
     =1

で、逆に9が間違えであることの証明は
6÷2(1+2)=6÷2×(1+2)=6÷2×3=9であるならば、6÷a(1+2) = 6÷a×(1+2)になるわけでaに1をいれたらどうでしょう?

6÷(1+2)=6÷1(1+2)=2なのに6÷1×(1+2)=6÷1×3 = 18

これは間違い。
(殆どの人はこの部分を忘れているか間違っているんで、×記号が有るなしは単に省略ではないんですね。)
つまり2はあとの×がない場合は()に掛かる係数になるんで計算は2(2+1)を最初に計算するのが正しい。それも2×(3)ではなくて因数分解なので(2+4)であるべき。2はカッコの中の2と1両方にかかっているものなので。くどいようだが2の後には×はついておらんのだよ。勝手につけて計算してはイカンのだ。

結論で言うなら出題者が数学ではなくて算数の問題として出題しているレベルなんで、こういう曖昧な記号の省略なんてありえない、つまり計算のルールをわかっていないので本当の答えはこの数式は無効。

なお、電卓等では回答が変わるという意見は間違い。
本来は人間が「電卓が正しく計算出来るように」入力すべき。
要するに1以外の答えが出るのは数学のルールを度外視しているから起こる計算ミスによるもの。
こんなことどうでもいいことかもしれんが、私はこういう(もっと複雑な)計算を毎日のようにやっているもんで癖がついてしまったようだ。自分自身を納得させるためにはどうしてもけりをつけんと眠れんのだよ。
 ・・・ああ、スッキリした、寝よっと。
Posted at 2013/03/10 02:51:17 | コメント(2) | トラックバック(0) | ひま人の博物誌 | 日記

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