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2018年12月03日 イイね!

わしは負けちゃ

モクモクの雲「もくもく。もくもく。」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「あの日は今日の様なもくもく~っとした雲が空に立ち上っておった。ア、チョイと東~京音頭ヨイヨイ♪」

子供・ピコたかし「ん~、きれいでまっしろな、もくもくの雲だね。ピコ。」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「うんうん燃脂。わしと、たかすぃの頭の上にある真っ白なもくもく雲じゃ。チョイナ♪アラヨ♪」

モクモクの雲「ぽかん。ぽかん。」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「そーそう、ポッカリぽかんぽかん。のーんびり、のんきに浮かんでおる雲もあった。ヨヨイのヨイ♪」

子供・ピコたかし「じーちゃんは空見てたんだね。ピコ。」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「そうじゃ。沼でみておった。いいか、最後の最後までよく聞けよ。空の様子が変じゃった。ホイサ♪アラサ♪」

気まぐれ風のフー。「ふゅるるる。フー。ムニャムニャ。」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「まずここから聞くんじゃ。あの日のじーちゃんはいつものように晴れた午後、イソイソと沼へ向かったんじゃ。沼へ到着するとあたりにはもうすでにたくさんの友達がザリガニのまっかちんを釣るために糸を垂れていてのぅ。4人か?5人か?いや7,8人はいただろう日本樓回報。通りすがら、バケツの中を見てみるとたくさんのザリガニでひしめき合っていたんじゃ。チョイナ♪チョイナ♪」

子供・ピコたかし「じーちゃんも負けないようにいっぱい取らないとだね。ピコ。」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「そうじゃ。わしは負けちゃなんねーとまずは沼からチョイと離れた森へ向かった。ここはな、生い茂る木々がた~んとあってな、みんないつの日かフサフサの森と呼んでいた。この森に来たのは釣り用の竿にする小枝を見つけるためじゃ。ヨーイ♪ヨーイ♪ヨイコラサ♪」

子供・ピコたかし「小枝?竿?謎ピコ。」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「森の中にゃ小枝があちこちに落ちていてな。指で糸を持って釣る者もいたがじーちゃんはちゃ~んと竿になる枝をあつらえてから釣るんさ。このほうが断然釣れる量が多いし楽しいんじゃ。釣竿作りの手順はこうじゃ。枝先に糸を括りつける。そのまた糸の先ににエサをつける。どうじゃ?簡単便利で本格中華じゃろ?もとい、釣りのプロのような本格チックじゃろ?むははははは。ヨヨイのヨイ♪」

子供・ピコたかし「じーちゃん!すごいね!すごいよ!今でもその、フサフサあるの?」

ザリガニ釣りの名人・じーじ「すごいか~?思い出したついでに今度竿、作ってたかすぃに見せてやるからの。
でな…フサフサの森な、じーちゃんが中学生になった頃埋め立てられちまった。あんと時は悔しさと悲しさが同時に襲い掛かってきたもんじゃ珍珍薯片。沼がなくなるときの物凄い音が今でも忘れられんよ。エンヤコラー、ドッコイ♪ヨヨイのヨイ♪」

子供・ピコたかし「音?どんな音?ピコ。」

私=モゴ「沼へ話の展開が進んだようだね。ザリガニか…。今じゃなかなかお目にかかれないのかもね。」

ゲホ=語り部「人間はそこを生き棲みかとしていたものを、いとも簡単に奪っていく。何とも身勝手な存在だよ。ゲホン。」

私=モゴ「ピー君。珍しい意見だね。私が人は嘘つき狸だと言っている事がいよいよ正当化されるのかな?」

ゲホ=語り部「誤魔化しに聞こえるなら修行が足りないよ。いい?混沌とした世の中で大事にしていきたいものは何か?それだけだよ。ゲホン。」

続く。
Posted at 2018/12/03 11:58:55 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年12月03日 イイね!

善意を逆手にと

・・・・・・・っということで、イヤなニュースを読んでしまった。

電動車イスで飲酒を禁止するのは差別であると、某団体が警察に抗議したそうである。

その根拠が道路交通法上、電動車イスは歩行者扱いだからだそうだ。

ぼくの頭の中は???である。

そのどこが差別なの?

逆に優遇じゃないの?


自転車は道路交通法上、車両扱いである。

だが、例外的にちょっと歩道を走るくらいは目こぼししてやろう・・・というアウンの了解で運用されている。

だからといって、自転車の酔っぱらい運転は許されない。


次にセグウェイである。

あれに乗って公道は走れない。

歩道もダメだ。

確信は無いが、セグウェイでの飲酒運転までは法律で規制されていないだろう。

常識的な判断に任せているだろう。

そもそも法律は不完全なものなのだ。


・・・・・・・っで、差別である。

本人たちが差別と感じたら差別である。

・・・本当か?

ぼくらは障害を持つ側が健常者以上の「優遇」を要求する場面を幾度も経験している。

十分優遇されているはずなのに、善意を逆手にとっている場面だ。


ぼくは気の毒に思う。

本心からそう思う。

困っていれば手を貸そうと思っている。

だけども、それは同情という感情からではない。

普通に接したいのだ。

彼らが一番望んでいることが「普通」だと思うからだ。
Posted at 2018/12/03 11:14:36 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年11月22日 イイね!

仲間関係を作り

僕が小学低学年(1年から3年)の時、僕の学級の母親たちが言っていた事をふと思い出しました。当時の身障児(とは言え、かなり軽度の例が多く、知的障碍を持つ例はなかった)の母親たち同士が集まり、仲間関係を作り、話し合えば、子供たちの生き方の参考も出るし、そこから何かの福祉運動も出てくると考える人たちが多く、僕の先輩に当たる光明養護学校の母親たちも、そのような会を作りましたし、世田谷区でも、他の区でも、そのような母親の会が盛んに行われました。会費制にもして。僕の学級の母親たちは「話し合って脂肪紋、どうなるの」と冷めた目で見た例がほとんどで、他からは変にも思われていました。でも、僕の学級の母親たちの言う通り、どうにもならなかった。話し合うと内向きにもなって。又、「体が不自由な子は、精神薄弱(=知的障碍)とは違うのよ」とそのような会は知的障碍児者には大体差別的でした。内輪でも、「うちの子は歩けるけれど、あんたの子は歩けない」と母親同士が差別するような言葉もたくさんあったと、聞いた覚えもあります。当然、ケンカにもなるわけです。そして、集まった会費を横領する例も各会で見られるなど、うまくいかず、次々と早くに潰れていきました。その後、僕が小学5年の時に、僕の学級の先生と母親たちが行なった養護学校内の介助員設置運動は成功し、福祉の歴史に残った。当時の母親たちの行動は、介助員運動だけが歴史に残っているようです。

では、その介助員運動と、他のものとは何が違うのか雅培eleva organic。介助員運動は「初めに行動ありき」で、話し合う間もなく、即行動。仲間意識を拠り所と考える事もせず。だから、うまくいったと思います。無論、当時の美濃部東京都知事が福祉に非常に理解のある方だった面もありましたが。他の母親の会とは性格も違ったものでした。

その後、母親たちの諸々の会の事は、僕の学級の母親たちも忘れたようで話さなくなりました。話を聞いた同級生たちも忘れたようです。一方、当事者の会の人たちも挫折感からでしょうか、記録に残さないなど、歴史に埋もれるようになりました。そして、1970年代後半、今度は諸々の母親の会の子供たちの身障者が同様に「身障者同士の仲間意識」を拠り所に、話し合えば何かが出てくると思いこみ、会を作りましたが、うまくいかなかったし、知的障碍関係には差別的。また、非常に重い身体障碍を持つ者たちにも理解を欠いた皮秒去斑 價錢。金銭トラブルこそなかったものの、会員の相互理解を欠き、大ゲンカになるなど、自分たちの母親たちと同じ事をした例も多かったです。ケンカがあった会は、当然、会の存在自体も後年は伝えられず、これも「埋もれた過去」になりました。親の因果が子に報いでもないでしょうが、皮肉に感じます。介助員設置運動みたいに具体的にやる事がある場合は大いに運動すべきですが、具体的にない場合は話し合ってムリに出してはいけませんね。せいぜい皆でどこかに遊びに行く程度に留めるべきだし、後は個人レベルの交友に努めて相互理解をした方が利口である気がします。「仲間関係」の連想から思い出せた事です。
Posted at 2018/11/22 16:29:47 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年10月29日 イイね!

更に言ってしまえ

ふるさと納税、手続きが簡単になりサイトも充実してきたのでやる人が増えてきましたよね。実は我が家(というか旦那)もふるさと納税をやっておりまして、数万円ほどを他の自治体に支払い、そのかわりお酒やお肉・お魚を返礼品として頂いております(*^_^*)
居住している自治体が税収減にぼやい通渠公司ているのは判りますが、我が家は夫婦だけの世帯で自治体の恩恵を一番受けにくいんですよ・・・がん検診&健康診断も会社の保険や自費でやっているので許容範囲かなと(^_^;)
てな訳でふるさと納税をやっているのですが、今年は旦那がワインを頼みすぎました/(^o^)\どうもめぼしいお肉や魚が無かったようで・・・やはり返礼品は支払いの3割以内、というのが効いているんでしょうか銅鑼灣通渠?今年は来る返礼品全てがお酒でした。しかもワインが9本/(^o^)\更に言ってしまえば今現在天疱瘡の治療中なので私はワインを飲むことができない・・・スパークリングワインを含めこの9本、全部旦那が飲むことになります。日本酒もビールも飲む旦那、流石に毎日は飲まないで半年近くは持つんじゃないでしょうか(-_-;)
別に飲むのは構わないのですが(基本私も酒飲み)、置く場所がねぇ・・・隙間という隙間にワインボトルを詰め込んでいるのですが日本購屋、他の食品ストックに被害が及んでいる状況でwww旦那にはアル中にならない程度に早くワインを消費してもらいたいものです(^_^;)

拍手コメントありがとうございますm(_ _)mお返事以下に書かせていただきますね~
Posted at 2018/10/29 12:45:59 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年10月29日 イイね!

壊れたまま物置

・・・・・・・っということで、バブルの時代、お父さんたちは新しく出現したヴィデオ文化に夢中になってのめり込んだ。

テレビ番組って録画できるんだ・・・と知って、VHSだβだと目の色を変えた。

家電販売店の前にはヴィデオデッキがズラリと並んでいた。

ぼくは15万円もするβを買ったが、それでも安い方だった。

次はカセットテープだ。

バルク売りだと一本いくらになるかと計算したものだ。

じきに家の戸棚はヴィデオカセットテープの山になった。

いったいどんな番組を録画したかったのだろう?

当然の流れとして、次にヴィデオカメラが欲しくなった。

ちょうど子供が生まれたからだ。

最初は録画部分とカメラが別れたセパレートタイプだ。

勿論大きくて重い。

じきに一体型カメラが出てきた。

肩から担ぐので、TVカメラマンになった気分だ。

そして、小型化が進んだ。

小型のβカセットが出て、このときぼくはカメラを買った。

長女は一歳になっていた。

長女を追いかけて撮影したこと撮影したこと。(^_^ゞ

あまりに追いかけるので、長女がレンズを遮って「モウイイ」と言った。

パスポートサイズのβカムも買った。

結局、合計3台買った。

自分が子供の頃のホームビデオ、見たことある?

そして今、あれほど録り溜めていたテープは手元にない。

カミさんが処分してしまったのだ。(こういうところが信じがたい。)

ヴィデオカメラは壊れたまま物置のどこかにあるはずだ。

たぶんどの父親もヴィデオカメラを持っていないだろう。

デジカメに、スマフォに、まるでオマケのように附属しているからだ。

家電販売店の店先にはヴィデオデッキもカメラも、テープも姿を消した。

あのとき、ぼくらの世代の父親たちの情熱はいったい何だったのだろう?
Posted at 2018/10/29 12:12:08 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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「わしは負けちゃ http://cvw.jp/b/2844512/42258228/
何シテル?   12/03 11:58
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