
2015年7/18(土)13:30、我々欧州ホットハッチ団の石巻オフがいよいよ開始されました。
集合場所のグランドホテルのロビーに、はじめましてからお久しぶりな団員さんが終結、簡単な自己紹介のあと、さっそくチャーターバスに乗り込みました。
クルマのグループのオフ会でチャーターバス?ってお思いの方もいらっしゃるかと思いますが、酷く被災したエリアをまわるのに数10台を連ねて自走で行くことは配慮に欠けた現地に負荷をかけることだと思います。
我々も早期からこのバスによる被災地めぐりを今回のオフ会計画に盛り込みました。
石巻の被災地めぐりのオフ会を計画されている方がいらっしゃいましたら後述するボランティアガイドさんともどもぜひご一考してみていただきたいと思いますm(__)m

バスはやってみてわかったのが視線がとても高くて見晴らしがよく、見学するのには最適です。
心配なのは費用かと思いますが、頭割りすれば実は大したことはありません。夜の飲み放題の宴会まで入れて@5千円程度です(笑)
クルマのオフ会の楽しみである、一緒に連なって走ったりみんなで並べたり、は僕らのように翌日なりに設定すれば済みます。そんな用途には素晴らしい牡鹿半島がすぐ横にありますし。
石巻は地理的には仙台の北東部にあたりますが、大きな特徴は街が北上川の河口にあり、もともと市内に10箇所以上あるポンプで地下水レベルを下げて地盤をスタビライズしていたほどの低地だ、ということです。

リアス式海岸の本来からある高台の岩盤エリアと、北上川の堆積物によって徐々に広がり続けた平地エリアが混在してます。
東北ですが雪はほぼなく年中温暖、天然の良港、東北一の大都市仙台も近くて住みやすい。そのため平地エリアは沼地だったところに次々と家や建物や学校が出来て繁栄しました。
今回バスで訪れた海岸近くのエリアはまさにそんな場所です。
大橋から見る河口

反対側、いかに土地が低いかわかりますよね。
じつは震災によって石巻は津波に襲われただけでなく、同時に地盤沈下にも襲われました。
もともとの海抜の高さの街に津波だったわけではなく、海抜が下がってしまった街に津波だったわけです。
ですので津波の破壊力は倍増し、絶大なものになってしまいました。。。
震災前

今回撮りました
震災前

今回撮りました
低くなってしまったエリアは、現在かさ上げの工事を続けてます。

そのための土砂は外部からの持ち込みもありますが、街にあふれたヘドロと瓦礫を再利用しています。ただあらゆるものが混ざった瓦礫はそのままでは使えないので全13種類(だったかな?)に分別して土砂の部分だけをかさ上げの資材にしてます。この分別は【人力】でしかできません。途方もない作業です…
港付近の建て直された建物を見るとすべてにとてもヘビーデューティな非常階段がついています。


全部が24時間鍵はかけないことになってます。屋上は全市民を守るために解放されてるそうです。
被災した小学校です。
ボランティアガイドさんから説明を受けます。今回の参加メンバーの母校でもあります。

ここでボランティアガイドさんから【匂い】【ハエ】の話を伺いました。
3月に津波がきてそのあとは懸命に瓦礫を処理し清掃し続けたのですがまったく間に合わず夏に。ヘドロと瓦礫はようしゃなく腐って異臭をはなち、水溜まりからハエが大量に発生。アフリカの難民キャンプでたくさんのハエが子供たちの顔にまとわりつく映像がよくありますが、「あんなもんじゃなかった」そうです。
匂いも震災から4年半で綺麗に清掃が進んでほとんどしなくなった、とお話されてましたが、僕にはまだ特に港付近エリアではメタン系の臭気がそうとう匂いました。

このエリアは近隣の被災エリアの廃車置き場でした。クルマ好きな団員の皆さんですのでこの「死体置場」には激しく反応しバス車内ではたくさんのシャッター音が。現在では数10台が残る程度。背の高い雑草がびっしりと繁っていて「強者どもが夢のあと」。
震災から4年半、今回まわって驚いたのが瓦礫がもうほとんどないことです。石巻には日本中から延べで10万を越える手弁当のボランティアが入って住民と一緒に、手作業でしかできないヘドロの掻き出しや清掃、瓦礫集めと分別、が行われた結果街の中はほぼ昔の姿です。
どの被災地でも頭を悩ませている瓦礫の搬出には、臨海の工場が搬入搬出に持っていた貨物鉄道や資材運搬船を利用できたのは石巻にとって幸いだったようです。貨物鉄道の輸送力は半端ないですもんね。
「全国のみなさんのおかげで…」
ルートの最後にボランティアガイドさん
「石巻はこんなに綺麗に片付けることが出来ました。希望が持てるようになりました。でも同じ被災地でも福島のは…かわいそうです…これからずっと、ですもんね…」
復興?復旧?
たしかに2012年の10月に行った陸前高田市のあの「絶望の荒野」の風景
(2012・10に撮影)


と比べたらたしかに緑も人も活気もありました。
でもこれだけのボランティアの努力、これだけの工場の輸送力などの好条件に恵まれた石巻ですら震災から4年半で「やっと片付けが終わりました」というのが現状。外に出てしまった若い人たちは戻る場所はないし、高齢化する今後をどうするのか?という段階でした。
ましてや昨日通ったあの福島第一原発のエリアなんて未だにまったくの手付かず…
あらためて東北の津波被害からの復旧復興は、報道から知る嘘情報による風化を許してはならない段階でした。実感としては仕事のプロジェクト進捗に置き換えると進行15%ほどだな、と感じました。

今回お世話になったのは
『石巻・大震災まなびの案内』
http://www.i-kanko.com/archives/1445
でお願いしたボランティアガイドさんでした。
石巻観光協会さん、ガイドさんには大変お世話になりました。
ありがとうございましたm(__)m
今後ご計画のある方はぜひ一度ご相談してみることをおすすめいたします。
またうちの団での今回のオフの計画スレ「準備スレ」のURLを貼っておきます。お役に立てば幸いです。
↓↓↓
https://minkara.carview.co.jp/group/eurohot/bbs/10620427/
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Posted at
2015/07/25 16:55:12