「劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」

夏の終わりを告げる8月31日という、この作品らしい日に公開されました。
私がこの日の為に色々と準備して来たのはご存じと思います。
ところが、ひも解いているうちに今まで気づいていなかった「今の自分だから」理解できたという発見が次々と出てきたのです。
2011年4月に「ノイタミナ枠」で放送されてから今まで、何となく「この作品、好きだなぁ・・・」的に接して来ました。この作品は「名作」と言われておりますが、それだけに逆説も多く存在します。私の「何となく」は恐らく逆説も理解できるからだと思うのですが、その理由が「今だからこそ」理解出来た気がします。
長くなりますが、そんな想いをまとめてみました。あくまでも個人的な見解ですが、もしご興味がありましたらお付き合いいただけたら幸いです。
尚、劇場版の内容にも触れなければ説明できない部分もありますのでご容赦くださいませ。
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【概要編】

劇場版は「TV版」をご存じない方でも観られるように総集編的にまとめられており、更に「あの日」から1年後のお話に繋がっています。もちろん、作品を知っていても「めんま目線」で語られる事で新鮮な感覚で観られますし、効果的に新規映像で補足されております。
「めんまへの手紙」というのは2011年9月に秩父で開催された「ANOHANA FES.」で披露された朗読劇ですが、更に洗練されて映像化されたのは嬉しいですね。
表紙はあの場面イメージのようですが、あれは必要だったか賛否あると思います。。私は否定派です。あそこで綺麗に終わらせて、姿を表さないで欲しかった。だって、手に持っているものを見れば「まだ生まれ変わっていない」という事でしょ?良い事じゃないですよね。
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この作品との出会いはニコ生で放送されていた「電波研究社」での新番組紹介コーナーでした。
当時はあまり深夜アニメを観ていなかった私でした。「PV」を観ていても「キレイな画だなぁ」とか、何だか気になる程度でしたが、REMEDIOSの劇伴を聴いているうちにだんだん引き込まれて行き、めんまが秩父鉄道の柵の上を裸足で歩いているのを見て「あれ?この作品はもしかして?」と単なる青春作品ではない何かを感じて観始めました。
深夜番組にして異例の瞬間最高視聴率5.5%という注目度の影には、名作「Stand by me」「黄泉がえり」の焼き直しにしか見えないとか、明らかに泣かそうとする展開が嫌だとか、女装って何なの?とか、様々な酷評も目にしました。
確かに「橋」を駆け抜けた先にまだ見ぬ希望の世界が待っている的なベタ感はありますね。
「あの花」は面白いし、感動もするし、確かに好きな作品なのですが、私もそんな「違和感」を感じていたのでのめり込むまでは行きませんでした。結局「何故好きなのか?」自分の中で説明出来なかったのです。
最終話の後、渋谷に行く用事があったので当時PARCOにあった
ノイタミナショップに行きました。
詳細はリンク先の過去記事を読んでいただければ分かるのですが、こうして振り返ると「あぁ、やはり良い作品だったんだなぁ」と思うようになり、その後の
再放送でようやく全話しっかり観ることが出来ました。
その後は友人にも恵まれ、作品を色々な角度から観るようになり、自分自身も深く追求するようになりました。
そして劇場版公開を前に現在放送中のノイタミナでの「スペシャルOA」です。
最初はノイタミナ枠を使ってでもファンを拡大し、劇場に結びつけたいという目的の再放送だと思っていましたがとんでもない。
新規OP映像と共に劇場版の主題歌『サークルゲーム』を当てており、その映像と歌詞は明らかに劇場版を意識したものです。初見の方はもちろん普通に楽しめますが、既に内容を知っている方は全く別の想いでご覧になったのではないでしょうか?(これは後程詳しく書きます)
結果を承知した上でもう一度観ると、今まで見えなかった伏線などが見えてくるのは当然ですが、とにかく面白いようにパズルのピースがハマって行ったのです。それが加速した結果、この夏は秩父やお台場など、精力的に動いて実際に肌で感じてみたのです。そうすると、製作者側の想いが理解できるようになり、ようやく見えてくる部分もあるのです。
そして発売されたBD-BOX


この作品はBD画質でどうしても持っていたかったのですが、以前はいろいろと余裕が無かったので購入していませんでした。しかも特典に「ANOHANA FES.」等盛りだくさん!それぞれ単品でお持ちの方はお怒りでしょうが、このタイミングで発売してくれて本当に良かった。。
という訳で、「めんまへの手紙」もじっくり予習出来た訳なのです。
この「めんまへの手紙」はオリジナルスタッフによる公式モノですので、これを元に劇場版が作られたのですね。予告編のセリフは「そのもの」でしたから・・・
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【製作編】
長井龍雪 (監督)
岡田麿里 (脚本)
田中将賀 (キャラクターデザイン・総作画監督)
「あの花」はオリジナル作品です。原作が無い分、何の制約も無く好きなように出来るのがポイントです。30代後半、同年代の信頼し合う3人がお互いの想いをぶつけて作った作品。
だからブレが無く、想いがストレートに伝わって来るのですね。
しかも岡田さんは秩父の出身です。
これは私が秩父へ行って感じた事です。秩父は都心に1本で出られるのですが、微妙な距離感があってしかも地形的に閉塞感があります。トンネルを抜けて町へ出て行ったり、出られずに籠って居たり、そういう葛藤を描きやすい場所なのかも知れないと思いました。
夏の終わりの秩父の自然。夏の終わりは切ない感覚に襲われます。
超平和バスターズに訪れたひと夏の奇跡。それぞれの心にある深い傷と奇跡の狭間で激しく揺れ動く気持ちと、互いに打ち解けあっていく様子。そういった心理描写が長井監督は本当に絶妙で、特に独特で大胆なカット割りしかり、「超電磁砲」を観ているので余計に感じます。
自分が「禁書」より「超電磁砲」が好きな理由もそういう事なのかも知れません。
こういう観方、2年前は出来ませんでした。そして恐らく、この3人衆より下の年代の方々には伝わらないでしょう。。
それこそが以前の未熟な私が感じていた「違和感」なのだと思います。そして劇場で若い方を中心に聞こえた、「よく分からなかった」などの感想だったり、酷評なのだと思います。
「あの花」は間違いなく「大人アニメ」なのです。
かつて誰もが若かりし日に体験した失敗や葛藤、そういうものが自然と思いだされるから涙が勝手に出てくるのだと思います。そういう経験を積んでいない方には伝わるはずもないのです。
基本的な話ですが「ノイタミナ作品」なのですから、そのコンセプトからすれば酷評を恐れず前進する作品であって当たり前なのです。
演じる声優陣も絶妙な演技が素晴らしいのですが、このメンバーじゃなかったら全く違う「超平和バスターズ」になっていたのですから不思議なものです。特に女性陣は幅広い才能でそれぞれ大好きな方達です。私にとって、その原点がここだった。。
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この2年間、全力で暴走して来た結果どうやら「見る目」が養われたようです。
素晴らしいものを素晴らしいと感じる力、理解力が得られたのは、こんな私に飽きれもせずお付き合いしてくださる皆様のおかげです。本当に有難うございます。
さて、長々と書き綴ってきましたが、ここで一区切りとさせて頂きます。
今回はあくまでも導入です。次回「私らしい」切り口で具体的に掘り下げてみようと思います。
恐らくそちらのほうがご興味ある方もいらっしゃるかと(^^;
ではまた。
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Posted at
2013/09/10 01:13:01