M2 VOICE vol.16 august 1995
皆さん、こんにちは。真っ白に灰になったロバのイーヨーです。
しかし皆さんからいただいた励ましのコメントのお蔭で復活しました!
ありがとうございますm(_ _)m
それではM2 1015の日をお祝いすべく、1015に関する記事を記載しますね。
まずはM2 1015とは何か?そして販売台数は?
AZ-1の『限定車』として、1994年5月末にオートザムから50台限定で販売されるも販売好調を受けて受注生産へと変更。『特別仕様車』として継続販売されました。
結果、1994年8月時点で220余台の販売がありました。
ここら辺の詳細は以前のブログを参照してくださいね。
コチラ→ M2 1015の真実 vol.5 50台限定の謎
そして引き続きM2 1015の総販売台数を探るべく3つのアプローチを考えました。
① マツダお客様相談室、E&T等への問い合わせ。
② 未収得のM2 VOICEや挟まれていたチラシを 古本屋、オークションで捜索。
③ 元M2スタッフにコンタクトを取る。
まず初めにマツダお客様相談室やE&Tへ時期を変えて何度か問い合わせを試みましたが案の定ダメでした。
特にお客様相談室には車台番号別の資料があるのが解っているのですがガードが固いですね。
そして次は書籍によるリサーチです。
コツコツ集めていた所、偶然M2 VOICEの最終号が手に入りました。
この号の9ページにALL THAT M2としてM2の販売車と開発車に関する簡単な説明が載っており、もちろんM2 1015に関する記載もありました。
それがこちら。
1015
『スパルタン マイクロスポーツ』。初期はWRCのカラーリングだったが、最終的に、コンセプト by M2として、オートザムより300台強を販売。
最終的にはM2 VOICE全巻(オリジナルと再発行書籍)とそれに挟まれていたすべてのチラシのpdfファイルを入手する事が出来ましたが、M2 1015の販売台数に関する記載はこれだけでした。
(ご協力頂きましたRCOJのスタッフ様、並びに情報提供いただきました会員様には本当に感謝ですm(_ _)m)
1995年8月に発行されたこの号に載っていた1015の販売台数300台強が
現存する書籍によって確認できる最後の数字となりました。
1994年8月発行のチラシでは220台余と書かれていたので大分増えましたね。
そして最後に元M2スタッフ様に接触する事が出来ました。
その時にお伺いする事が出来た内容を記載しますね。
『まず言っておきたい事は、M2で販売した車両はロードスター・ベースのM2 1001・1002・1028の3台だという事です』
そうなんです。正確に言うとM2 1015はM2の販売車両ではないんですよ。
当時マツダのグループ会社であったM2は1991年12月に『感動のある、クルマ・生活の提案』を目指し、その活動を開始しました。
ちょっと1015から話がそれますが、M2 INCORPORATEDと言う会社について少し説明しておきたいと思います。
M2のクルマ創りの原点は、自分が本当に欲しいもの=きっと誰かが欲しいもの、にあるのです。
しかしそこには、ひとりよがりという落とし穴があります。そのリスクを避けるためにM2は、従来の技術主導の商品開発でもなく、マーケティング調査主導の商品開発でもない、既存の常識や制約にこだわらない、クルマの創り手と使い手とのダイレクトコミュニケーションを目指したのです。
すなわち、開発途上でクルマを公開して造り手である開発担当者本人が、その想いを使い手に直接ぶつけ議論し、その議論の中から得たもので自らの想いを深め、修正し、クルマを熟成し、また公開を行う。
これを繰り返し商品として世に出し、後に実際に使い手の声を聞き続けること。
そしてこれらの活動は閉ざされた研究所のような施設ではなく、常に生活者との接点となる開かれた場所が必要であり、その場がM2ビルである。
こうして開発され、販売されたクルマがM2 1001・1002・1028なのです。
だからM2で販売されたクルマにはプライドを持ってシリアルナンバーが入っているのです。
これはロードスターのボンネット内の車台番号や型式が打刻されたプレートの横に貼られていたM2のシリアルナンバー・プレートです。
そしてM2のロードスターはどれも助手席ドアの上部にこの様なプレートがリベット止めされています。
(これはロードスター乗りの方に作って頂いた1015用のレプリカです)
お分かりでしょうか。M2のクルマとは開発者と使い手が議論を交わしながら作られた『自分が本当に欲しいもの』を造り上げ販売されたクルマなのです。
だからM2の元スタッフさんはM2で販売した車はロードスター・ベースの3台だけだと言ったのだと思います。
220台余が販売されたと記載されていたチラシにも、300台強が販売されたと記載されていたM2 VOICEにも必ず『オートザムより販売された』と但し書きが入っています。
(チラシの方には『オートザム』の部分にわざわざアンダーラインまでひかれています)
ではなぜM2で開発をしていた 1015はM2で販売されず、オートザムで販売されたのでしょうか?
その理由はM2 1015が販売されるまでの経緯にある様に思いますので、元M2スタッフ様のコメントから紐解いていきましょう。
『当時AZ-1は販売不振でヤードにたくさんの在庫車があふれていたんだ。ブレーキローターなんか錆びちゃってね。そこでマツダ本社からAZ-1の販売促進の為に何とかならないかと話が来たんだ』
元M2スタッフの方は遠くを見る様に、ゆっくりと話し始めました。
『M2でAZ-1の開発を担当していたのは市川と言う男で、元々はマツダ本社でデザインをやっていたがM2に異動になって来たんだ。マツダ本社からAZ-1に関するリクエストが来た時も市川が一人で担当していたと思うよ。』
そう、この市川 功さんと言う方はM2でAZ-1ベースの車両を開発していたなん方です。
当時分かっているだけでM2 1014 ・ M2 1015A ・ M2 1015Bと3台のAZ-1ベースのプロトタイプ車両がありました。
M2 1014 に関する過去ブログは→コチラをクリック
M2 1015Aに関する過去ブログは→コチラをクリック
M2 1015Bに関する過去ブログは→コチラをクリック
(※こちらの過去ブログも近々削除予定なのでご了承ください)
M2 1015AとBに関してはM2ビルでの展示に加えてK-carスペシャルで特集を組んでいて、その中で1015Bの幌製ドアに関してはリクエストがあれば作るかもとまで書かれていました。
こんなユーザーとのやり取りがM2の開発の本質なんでしょうね。
そして以前オフ会でお会いした某有名カスタムAZ-1オーナー様(ネットはあまりやられていない)からお聞きしたのですが、当時この記事を読んで後日M2に連絡をとったけど全然問い合わせが無くてこの幌製ドアの企画は無くなったみたいな事を言われたという事でしたorz
やはりロードスターと違い絶対販売数が少なく在庫車があふれていた販売不振車のM2での開発はいかにに困難だったかが分かりますね。
で、話を戻しますがこのAZ-1の開発担当の市川さん、当初は1015AをM2から販売する事を企んでいた節があります。
なぜならM2のロードスターと同じで1015Aだけは足回りやエンジンチューンが計画されていたからです。
しかし、マツダ本社からはヘッドライトまで交換してある1015Aではコストに合わないと判断されたのでしょう、あくまでボディ外板の変更のみで対応する事となった為(すなわちエンジンや足回りもノーマルのまま)、デザイン出身の市川さんお一人での対応が可能だったのだと思います。(ココまではあくまで自分仮説)
そしてそれは、M2のポリシーである『造り手と使い手が議論を交わしながら開発する』事が出来なかったという事に他なりません。
デザインだけを変えて出来上がった1015はM2のクルマではないと。
だから1015のカタログには『AZ-1 CONCEPTION by M2』と書かれていたんですね。あくまでM2のコンセプトを纏ったものだと。
そしてそのコンセプトのベースとなったのは間違いなく1015Aだと言うのも分かりますよね。
四角いヘッドライトに見せる為のボンネットの四角いライト孔、PIAAからシビエに換えられたボンネットの補助灯。
そしてAZ-1のプロトタイプであるAZ550のタイプCに似た1015のリアウィングですが、これにも理由があります。
AZ550 Type-Cの過去ブログは→コチラ
(近日削除予定)
実は市川功さんはAZ550の開発に関わっていたデザイナーさんだったんですね。
だから1015のリアウィングはあの様な形態になったんだと思います。
(ココも自分推測です)
そして1015のボディ外板の変更はボンネット・バンパー・リアウィングの3点のみだったのですが、市川さんはここで奥の手を使います。
リアエンド・パネルとバンパー下部中央をブラックアウト塗装、さらにドアミラーもボディ同色へと塗装させたんですね。これだけで更に印象が変わります。
そして極めつけはリアに貼られた『 M2 1015 』のエンブレムです。
これこそが1015を特別なAZ-1として高めたアイテムの一つだと思います。
某オークションでは驚く値段が付きますしね。
この様な市川さんの努力も実ってか、当初限定50台で販売開始された1015はあっという間に50台を売り切り特別仕様車として受注を継続する事となったのは前述のとおりです。
そして元M2スタッフ様の話は核心へと入ります。
『M2でデザインされた1015はマツダの想像以上に売れて、AZ-1の在庫車がかなり減ってM2がマツダからかなり感謝されたんだよなぁ。もちろん在庫車の錆びたローターとかはちゃんと磨いて販売したんだよ。』
『そ、そうなんですね。で、1015はどれくらい売れたんでしょうか?』
『正確な数字は忘れちゃったし資料も残っていないけど、確か350台前後だったと思うよ。』
350台前後!
1995年8月の資料で300台強と書かれていたのであながち的外れな数字ではないかと思います。
ちなみにこの元M2スタッフ様は当時M2でも全体を把握する仕事もされていた割と上のポジションの方だった事を付け加えておきます。
いかがだったでしょうか。
M2 1015の総生産台数は取りあえず300台強、あるいは350台前後という事で良いのではないかと思います。
AZ-1の総生産台数の1割弱ですね。
意外と多かったと言うべきか、まだまだ少ないと思うべきか。
それは皆さんに判断して頂ければいいかと思います。
それではまた来年。1015の日に続きます♪
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