まとめ記事(コンテンツ)

2020/06/20

F1日本GPの歴史 Vol.28【2012年編】

過去のF1日本グランプリを振り返るシリーズ『F1日本GPの歴史』は第28弾・・・前回は東日本大震災の影響で開催が危ぶまれた中、バトンが見事なレースを見せた2011年の模様を振り返りました(^.^)
小林可夢偉が300kmを超えるスピードでスピンしながら世紀の命拾いをしたことも話題に・・・やっぱ命を懸けているのですね(>_<)







<これまでの日本グランプリ>
76&77年(in JAPAN)   1987年   1988年   1989年   1990年   1991年   1992年   93年   94年Pacific   94年鈴鹿   95年Pacific   95年鈴鹿   1996年   1997年   1998年   1999年   2000年   2001年   2002年   2003年   2004年   2005年   2006年   2007年   2008年   2009年   2010年   2011年








2012年シーズンはエンジン排気の空力的利用が禁止され、ピレリタイヤの作動温度帯の管理が難しいことが作用し、開幕から7戦連続異なる優勝者という波乱の展開に・・・ロズベルグがメルセデスに57年ぶりの、マルドナド(ウィリアムズ)がベネズエラ人として初の、ライコネンがロータスブランドとして14年ぶりの優勝と話題たっぷりでした(#^.^#)








混戦の中チャンピオン争いはレッドブルVSフェラーリベッテルVSアロンソ・・・コンストラクターズは終盤勢いを取り戻したレッドブルがタイトルを決めたものの、ドライバーズは最終戦までもつれる展開となりました!








迎えた鈴鹿時点でのドライバーズ争いはアロンソがベッテルに29ポイント差でトップ・・・フリー走行の前日にはハミルトンの加入でシートを喪失したシューマッハが今季限りでのF1引退を発表しました(>_<)








予選は速さを見せつけたベッテル&ウェバーのレッドブル勢が1-2、3位バトン、4位には小林可夢偉(ザウバー)が入ったものの、アロンソ&ハミルトンはライコネンのスピンでラストアタックができず、7位9位に沈んだ・・・なおギアボックス交換のためバトンが5グリット降格となり、可夢偉が日本人最高位となる決勝3番グリットとなったのです(#^.^#)








決勝はスタートを決めたベッテルに対し、ウェーバーが出遅れ、なんと可夢偉が2位に上がる・・・後方ではライコネンとアロンソが接触しランキングトップのアロンソがいきなりリタイアとなりました!







快走するベッテルの後ろで2-3位争いをする可夢偉とバトンは周回遅れに何度も捕まりペースが上がらない・・・その間隙を突く形で18周目にピットインしたマッサが2位に浮上しました(^-^;








交互にファステットラップを叩き出すベッテルとマッサの後方では可夢偉をバトンが激しく追い上げる展開でレースは終盤に・・・








レースは最終的にはベッテルがマッサを20秒近く引き離しトップチェッカー・・・DRSゾーンに入られながらも見事なドライビングでバトンを振り切った可夢偉がファンの大声援の後押しもあって見事3位表彰台に・・・以下4位バトン、5位ハミルトンで鈴鹿ラストのシューマッハは11位という結果でした(*^-^*)








毎年鈴鹿では見事なレースを見せてくれる小林可夢偉でしたが見事地元グランプリで自身初の3位表彰台・・・圧倒的な強さを見せたベッテルには失礼ですが2012年日本GPで最も輝いたのはやhり可夢偉でした(^_-)-☆








なおドライバーズタイトルは最終戦までもつれたもののベッテルがアロンソを逆転して3年連続獲得・・・一方赤い皇帝シューマッハは出走308回、優勝91回、表彰台155回の偉大なる記録を残しF1を引退したのでした!
Posted at 2020/06/20 10:27:45

イイね!0件

はてブに送る
はてブに送る

オススメ関連まとめ

マイページでカーライフを便利に楽しく!!

ログインするとお気に入りの保存や燃費記録など様々な管理が出来るようになります

まずは会員登録をしてはじめよう

最近見た車

最近見たクルマはありません。

みんカラ+新登場

リンレイ
リンレイ

カーグッズ

ニュース