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まとめ記事(コンテンツ)
ぎるでぃさん
2017/10/14
豊国神社(広島県廿日市市宮島町)
弥山の後にロープウェイで山を下りまして
豊国神社(とよくにじんじゃ)へと行ってみました
こちらはうぃきによりますと
・・・
天正15年(1587年)、豊臣秀吉が戦歿将兵の慰霊のために大経堂として建立した。畳857枚分の広さがあることから「千畳閣」と呼ばれるようになった。秀吉の死により工事が途中で中止され、板壁も天井の板もない未完成の状態のままとなっている。明治初年の神仏分離により本尊の釈迦如来座像は大願寺に遷され、嚴島神社の末社として秀吉公と清正公と号する祭神を祀る神社とされた。
・・・
となっていまして・・
ワタシは千畳閣(せんじょうかく)で覚えていた記憶が(曖昧

こちらはすぐ隣に五重塔が立っていますので場所自体は遠くからでも目立ってよく解るのですが
・・・・地味に入口が地味で目立たない気がして
通り過ぎる危険性が(ぃゃ・・すっとぼけているワタシだけかも知れませんですが;;
まぁ・・さて

こちらが千畳閣でして
中に入りますと

・・・外も中もほぼ休憩場状態に^^;
ま・・まぁ・・・この日は晴れていまして暑かったから^^;
と・・とりあえず

こちらで参拝をしまして
無事記帳していただきました
きっと時の天下人様が建立したのですから景色でもと思い厳島神社の方を見てみましたけれども

み・・みえ・・・;;なぃ・・・(よさそうな角度な気もするけれども
豊国神社(とよくにじんじゃ)へと行ってみました
こちらはうぃきによりますと
・・・
天正15年(1587年)、豊臣秀吉が戦歿将兵の慰霊のために大経堂として建立した。畳857枚分の広さがあることから「千畳閣」と呼ばれるようになった。秀吉の死により工事が途中で中止され、板壁も天井の板もない未完成の状態のままとなっている。明治初年の神仏分離により本尊の釈迦如来座像は大願寺に遷され、嚴島神社の末社として秀吉公と清正公と号する祭神を祀る神社とされた。
・・・
となっていまして・・
ワタシは千畳閣(せんじょうかく)で覚えていた記憶が(曖昧

こちらはすぐ隣に五重塔が立っていますので場所自体は遠くからでも目立ってよく解るのですが
・・・・地味に入口が地味で目立たない気がして
通り過ぎる危険性が(ぃゃ・・すっとぼけているワタシだけかも知れませんですが;;
まぁ・・さて

こちらが千畳閣でして
中に入りますと

・・・外も中もほぼ休憩場状態に^^;
ま・・まぁ・・・この日は晴れていまして暑かったから^^;
と・・とりあえず

こちらで参拝をしまして
無事記帳していただきました
きっと時の天下人様が建立したのですから景色でもと思い厳島神社の方を見てみましたけれども

み・・みえ・・・;;なぃ・・・(よさそうな角度な気もするけれども
Posted at 2017/10/14 17:42:43
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