
深夜。助手席の女が言った。
「大都会」
「お決まりだな」
警部補がハンドルを操りながら答えた。女が不満そうに言った。
「じゃあそっちは?」
「西部警察」
「それだってそうじゃなーい」
「お前の番だ」
「うーん………風魔一族の陰謀」
「ほう。じゃあ、TAXI」
警部補の言葉に、女が返した。
「ゴリラ」
「60セカンズ」
「キャノンボール………は違うか」
「着いたぞ」
警部補は会話を切り、車を停車させると無線を掴んだ。
「ゆうたろう、警部補だ。今着いた。そっちはどうだ」
「「遅かったな。とりあえず周囲は固めた」」
「了解、以後俺が指示を出すまで待機だ」
「「了解」」
警部補は無線を置くと、女と共に一つの建物へと向かった。
事件は三週間前に起きた。17分署管内で発砲事件が起きた。無差別発砲だった。二人組の犯行で、使用された拳銃は二挺、9ミリ口径。死傷者多数の大惨事となった。発生間もなくでの通報だったが、黒いバイクのニケツで逃走した犯人二人は緊急配備をすり抜けた。17分署に帳場が立ち上がり、本庁と近隣の多大な応援からの大捜査線となった。しかし使われた銃の弾から拳銃の前科はなく、二人組の手がかりもなく捜査は難航。地域課パトロール、自ら隊や機捜隊、白バイも動員し、黒いバイクと見るや片端から職質をかけていった。それでも発見には至らなかった。捜査も二週間近く経つと、徐々に新しい情報が手に入らなくなる。そんな時だった。改造拳銃の線で捜査していた権兵衛とer34が有力な情報をもたらした。相当なマニアで、更にいつも二人でつるんでおり、黒いバイクを所有している者がいる。20代後半と前半の男性フリーター、そして更にもう一人の関係者がいることが判明した。警部補達はその周辺を洗い、奴らがアジトとして使っている場所も特定した。
警部補は携帯無線機から、待機している各所に連絡を取った。そして最後に、ある特別な連中に声をかけた。
「銃対、どうぞ」
「「こちら銃対、どうぞ」」
「準備は良いか?くどい様だが、君らは最後の手段だ」
「「準備良し。その件は十分理解している。そちらの命令を待つ」」
警部補は交信を終えた。女がつまらなそうに言った。
「愛想ないわね」
「愛想の良い連中が集まってるとは思えん」
警部補の言葉に女はクスリと笑った。
「それもそうね」
無線の相手は銃対の小隊長だった。銃対と略させる彼らの正式名は銃器対策部隊であり、彼らは警察では特殊銃と呼称される機関銃やライフル銃を装備した警備部の部隊である。犯人らの凶悪性から、警視庁がその中の一個小隊の出動を命じたのだった。
「さて、行くか」
警部補と女は、アジトの入り口へと、静かに階段を上りだした。
切れかけた蛍光灯が点滅している。足元に散らばるゴミやら何やらを避け、音を殺しながら階段を上る。警部補がぽつりと言った。
「しかしまあ……SATにSIT、銃対、違いが分からん」
「明確に仕事は別れてるじゃない」
「結局マシンガン抱えて突入するのは一緒じゃないか」
「言われてみればそれもそうね」
女が言った。警部補はショルダーホルスターから銃を抜いた。女も同じく銃を抜いた。女が警部補の銃を見て言った。
「あら、相棒のヘビーマグナムはどうしたの?」
警部補は普段は年代物であるS&W/ヘビーマグナムを使っているが、今持っているのは一回り小さいM19コンバットマグナムである。2.5インチのスナブノーズなのは警部補のこだわりが見える。

「ちょっとな。不倫旅行中だ」
ヘビーマグナムは現在修理中であった。女はそれを知らなかったが、警部補の言葉でそれを察していた。女は警部補に言った。
「この際それにしたら?そっちの方が軽いでしょ」
「こいつも悪くないが、やはり44口径のデカさと重さが頼りになるのさ」
「はいはい」
女は呆れた様に返事をした。そうしていよいよ入り口まで来た。警部補はドアノブを静かに回した。しかし鍵はかかっていた。ドアには、ポストの様な覗き窓がついていた。警部補は女を見た。女は頷いた。警部補は蹴破ろうとした。しかし、何か思い留まった。警部補は女に言った。
「たまには行儀良くノックするか」
「そうね」
女が答えた。警部補と女は、ドアの正面に立った。そして、ドアをノックした。しばらくして、覗き窓が開いた。その瞬間、警部補はコンバットマグナムの撃鉄をあげた。女はシグの安全装置を外した。覗き窓の目は見開かれ、途端に窓が閉じた。警部補と女はそれぞれの銃の引き金を引き、撃ち尽くした。そしてお互い再装填を終えると、いよいよ扉を蹴破り、堂々と入って行った。中はうっすらと明るかった。男が二人、腰を抜かしているのが見えた。警部補が言った。
「動くな」
「これ以上アタシたちを楽しませないで」
「動くものを撃つのが、一番好きなんだ」
男二人は目を見開き、激しく喘いでいる。警部補と女は辺りを見た。情報では三人のはずである。一人見当たらない。
「おい、もう一人はどこだ」
警部補が聞いた。震えている男の一人、やたら太めの方が全身の肉を震わせた。どうも首を振っているらしい。この男は銃の調達やら何やらを担当しているハズだ。今度は女がもう一人の男に聞いた。
「どこにいるの?三人組なのは分かってんのよ」
実際に犯行を行った内の一人、小柄でやせ形の男は、
「し、しししし知らねえよ!」
と裏声で答えた。逃がしたか?と警部補は顔をしかめた。無線で周囲をかためている捜査員に確認しようとした。その時奥で何かが動いたような気がした。
「警部補!!」
女が叫んだ。警部補は咄嗟に伏せた。経験が体を動かした。直後に銃弾が2発飛んできた。女がそれに応戦する。恐らく隠れていた一人だろう。
銃撃がいくつか聞こえてきた。どうやら銃撃戦になったらしい。er34がたまらず声をかけた。
「ゆうたろうさん!」
「だめだ、動くな」
「けど!」
ゆうたろうは冷静だった。
「あの二人は昨日今日警官になったばかりじゃない。必要なら応援を呼ぶ」
「いやでも」
「いいから言うことを聞け!」
ゆうたろうが少し強く言った。34は黙った。ゆうたろうは無線を取った。
「こちら17分署だ、各員は指示あるまで持ち場から動くな。待機されたし」
ゆうたろうがそう通達した直後、一番に応答が入った。
「「銃対から17分署、どうぞ」」
「こちら17分署。銃対、そちらも同様だ。指示があるまで待機願いたい」
「「銃撃の音が多数聞こえる。我々はこの時の為に呼ばれたのだと思っているが」」
「現場からの応援要請を待ってくれ。必要だと判断すれば、こちらからも声をかける。君らが我々よりプロなのは分かっている。頼む」
「「…了解した。こちらはいつでも動ける。以上」」
ゆうたろうはため息をついた。
警部補が撃つ。銃撃により明かりを失った室内は混乱していた。怯えていた二人も、銃を取りこちらに銃撃してくる。犯人達の銃は改造拳銃であり、信頼性は低い。爆発でもすれば、こちらも被害を受けるかもしれない。早く勝負をつけたかった。警部補は、無線で、待機させている銃対を突入させようかと思った。その時だった。大きな爆発音と悲鳴が起きた。小柄な男の銃が爆発したのだ。
「うわぁぁ!や、やめろ!やめろ!やめろ!」
太め男も恐怖に銃を放り出した。その時、室内に幾多の光が差し込んだ。銃対が突入してきたのだった。
「大丈夫ですか、被弾してませんか」
隊員らが警部補と女に声をかける。警部補は大丈夫だと答えた。その時無線からゆうたろうの声が聞こえた。
「「警部補聞こえるか!爆発音が聞こえたから、悪いが銃対を突入させた」」
「俺もそうしてもらおうかと考えてた所だ。ナイスタイミングだ」
そう返していると、銃対の小隊長の姿が見えた。警部補は、なんだかうんざりした気分だった。警部補は女を見た。彼女も無事だった。女は警部補の視線に気づくと、ため息をついて微笑した。銃対の隊員らが、犯人達を引っ立てていた。しかしそれは二人だけだった。警部補は喚いた。
「もう一人はどうした!もう一人いるはずだ!」
隊員らはその言葉に周囲を見回した。その時、建物の外から大きな音とバイクの排気音が聞こえた。警部補は銃撃によりガラスの無くなった部屋の窓を開けた。ちょうど、黒いバイクが発進するのが見えた。ここは二階だったが、警部補は下も確認せず飛び降りた。女は部屋の外へ飛び出した。その後を銃対が追う。
警部補は走る。全力疾走も久々だった。バイクを追って走る。走る。後ろからサイレンが聞こえてくる。そろそろ息が上がってきた。その時、後ろから迫ってきたサイレンが横で止まった。
「乗って!」
女が、警部補のスカイラインで追って来たのだった。
「ぶつけんなよ!」
警部補は飛び乗ると同時にどなった。女は返事の代わりにアクセルを踏みこみ、タイヤを滑らせ発進した。

やや距離が開いたが、バイクを追って大通りへと出た。すると警部補と女は驚いた。犯人の乗ったバイクがこちらに向かってくる。更には銃をこちらに向けていた。
「そうかい、なら付き合ってやる!」
警部補は呻くと、窓から文字通り身を乗り出し、銃を構えた。
「ちょっと!?」
女が悲鳴に近い声をあげた。警部補は答えなかった。顔が回転灯の光に赤く染まり、サングラスも赤く輝く。警部補はコンバットマグナムのハンマーを上げた。バイクの男が銃を撃った。弾が警部補の顔をかすった。警部補は引き金を引いた。瞬間、閃光と硝煙が彼の顔を覆う。ほぼ直後、スカイラインとバイクがすれ違う。前輪を撃ち抜かれたバイクはバランスを崩し横転、滑走した。スカイラインはテールをスライドさせて止まった。警部補は飛び降り、また走った。女も続く。バイクはガードレールに突っ込んでいた。銃はバイクの側に転がっていた。そして男も転がっていた。警部補は銃を構えながら近づいた。男は鼻血を出しながら呻いていた。ヘルメットをしていなかったが、生きていた。遠くからサイレンがいくつも重なって聞こえる。警部補は女が隣に来ても、応援が到着するまで銃を下ろさなかった。
翌日。17分署の彼らは、徹夜で報告書やら何やらの膨大な書類を処理していた。警部補と女は隣あって書類を処理していた。何か会話していた。それが気になって、34は耳を傾けた。二人は何かを言い合っている様だった。
「ライディングビーン」
「トランスポーター」
「もっともあぶない刑事」
「じゃあ、トランザム7000」
「ブルースブラザーズ」
「あ~、良いわね」
「だろ?」
警部補がそう言って、机の上に置かれているコーヒーを飲んだ。34はまったく話が分からなかった。仕方なく、また膨大な書類へと向かった。
To next time