
ガソリンは2/3。
燃費の悪さは重々承知、しかし寒いのだから仕方ない。エアコンの風力を一番弱くし、車を走らせた。
非番の暇潰しのドライブだ。行き先は、いつもの場所。レインボーブリッジ全体とお台場の町並みを見渡せる景色も勿論、潮の香り、波の音、船の汽笛。これらが揃って、俺には最高の場所となる。特に、夕方から夜にかけては、人工の光を纏うこれらの景色を見るのが一番好きだ。
この場所ではないが、お台場という場所には、思い出がある。
一区切りつけたハズの、昔の話。
初夏。
互いの気持ちがぼんやり見えた切っ掛けは、俺が言った大胆な冗談だった。
そういえば、好意を持ってくれたのは、彼女が先だったな。
恋人でもなければ、デートでもない。ただ、その時少々疲れていた俺を元気付けようと、初めて彼女から誘ってくれた、彼女が運転する彼女の愛車でのお出かけ。友人同士のお出かけだったハズの、お台場。その時に言った冗談が切っ掛け。
夕日の臨海公園。その夕日照らされる町並み、船、俺、そして彼女。
彼女から、周りのカップルに合わせ真似事をしてみるかと聞かれた。
「警部補さんなら、こうですよね」
と、ズボンのポケットに手を突っ込んでいる俺の片腕に自分の腕を絡ませる彼女。俺は、久方ぶりに特別な感情を抱いた女性相手に高鳴る鼓動、熱くなる顔に照れ隠しもできず、まいったなぁと言いながら苦笑いをした。言い出した彼女も、同じ様な笑顔だった。
あとで彼女は、魔法にかかった、なんて言っていた。俺は、高校の頃に付き合っていた彼女とイメージがだぶっていた。その時の彼女の髪型が似ていたせいだ。
帰り。すっかり夜更け。周りには誰もいない、別れ際の車の中。俺は思いきって勝負に出た。キスしていいかと聞いた。彼女は
「キターーーーッ」
などと顔を覆って窓の方にそっぽ向いたが、思い出すと腹をかかえて笑ってしまう反応だった。
それから急に黙ってしまった彼女。振り返ると、
「今日だけですよ?」
目を瞑ってほしいと頼まれたので瞑った。こちらも久しぶりの状況で動悸が激しく、言うことを聞いてしまう。目を瞑る。視界は闇。横から、彼女が自分のシートベルトを外す音が聞こえる。
彼女との初めてのキス、は唇の端だった。
「当たり障りのない所にしてみました」
ともかく、友人から一歩前進したと思った。
それから、いくつか出来事があり。
またそれから。
彼女と歩く時はいつも腕を取られ、或いは手を繋ぐ様になった。
恥ずかしいってのに、彼女はレストランで俺に食事を食べさせてくれた。俺もやり返したがね。
そして抱き合い、幾度もベッドのシーツを汗でびしょ濡れにさせた。額同士をつけ鼻先を擦り、寝顔を見合った。
いつも同じデートの場所にデートコース。お決まりの内容。しかし、お互いそれだけで十分だった。
俺への誕生日プレゼントは、いつも通りだけど、彼女だった。
静まった都会の冬の夜、わざわざ寒い中、しかし二人きりでいつもの公園のベンチに座る。俺の肩にもたれる彼女の顔、体。髪の毛の感触。体温。
でも、最後はひどかった。お互い。俺が全部悪い、とは言わない。しかし、彼女が全部悪いとも言えない。
俺には関係ないある出来事、しかしそれが結果的に今までで一番ひどいすれ違いを招く原因の中心、決定的になった。
俺はその時の彼女の苦しさを分かってやれなかった。
でも、俺のことだって、もう少し考えて欲しかったな。
クリスマス目前だったし。
俺が、彼女のあのメールの返事をすぐに返せていれば。
彼女が、そのメールの内容についての追加連絡を入れてくれていたら。
少しは、違ったかもしれない。
ま、こればっかりは結局赤の他人。男と女。仕方ないわな。
ところで今年のクリスマスは、金曜祝日・土曜イブ・日曜クリスマスと3連休。
フッ。ろくなもんじゃねぇなぁ。
いつかは、形は違えど、お互い別々になってしまう。きっとなってしまう。
分かってた。
でも、お互いそれについては、滅多に口にはしなかった。
逆の言葉は、いつもだった。
良い加減、もう昔話は止めたつもりだった。何度も繰り返し吐き尽くしたつもりだった。
タートルネックとコート。いくらマックイーンのブリットを真似ても、やはり彼の様なハードボイルドにはなりきれないワケで。
しかし、明日はクリスマス。今日はイブ。
本来の意味なんて忘れられた、ただのパーティー。家族や、恋人達の特別な日。
波と汽笛の音を聞きながら、冷たく染みる潮風に吹かれながら、ちょいとまた感傷に浸ったっていいじゃない。何度もした話だけど、大目に見てちょ。
他人行儀な言葉だけど、根が真面目なモンだから、いつもお互い家路につく時に、ありがとうとメールで言い合った。
でも、俺は、最後は何も言えなかった。ありがとうって。
さよならも。
まだ愛してたから。
なんてな。
その後、三ヶ月近く経ったある日の夜、偶然、都会で出会う。その後にも出来事があったが、これらについてはもう思いだしたくない。
そう思うほど、面白いくらい鮮明に思い出せるのが、人間、男の悪いところ。
あんな形の最後は、正直、恨んでる。憎い。
でも、それまでの気持ちと思い出は、少なくとも事実だったワケで。
ま、何を言いたいのか。
一応、明日は25日、クリスマス。
だから、メリークリスマス。
おいおい、漫画じゃあるめぇに。気持ちは嬉しいが、お前までそんな寂しそうな顔すんなよ、相棒。
