
「えー?」
シリンダーが回り、ハンマーが弾丸を叩く。ダブルアクションで発砲。
「だからさあー!」
発砲。スライドが後退し廃莢。
「何ぃー?」
発砲、俺のスミスは弾切れ。ゆうたろうのベレッタにはまだ残弾がある。熱くなったシリンダーをスイングアウトさせロッドを押し込み廃莢、6発の44マグナムの空薬莢が落ちる。そして台に置いたスピードローダーで装填する。ただでさえイヤープロテクターをしているのに、更に射撃をしながら会話しているのだ。地下鉄の車内の方がまだマシに会話できる。
「何だって?」
手首の振りで満腹になったシリンダーを戻し、銃を構え、先ほどと同じ様にダブルアクションで発砲する。
「お前と!女!」
ゆうたろうは焦れた様に連射した。再びスライドが後退し、9ミリパラベラムの空薬莢がリズミカルに床に転がる。
「いったい!」
スライドが後退したままになり、弾切れを知らせる。マガジンリリースを押し、空になったマガジンを外す。
「いつ結婚するんだ!?」
発砲、着弾が狙いより僅かに逸れた。6インチでシングルアクションで発砲しても逸れていただろう。奴の言葉が、やたらはっきり聞こえたからだ。
再び装填し、銃をホルスターに入れる。射撃場を後にし、刑事部屋まで戻る。丁度昼時だ。
「この署内でお前達の仲を知らない奴なんてもういないぜ?いい加減決めちまえよ」
「そーだなー…」
ゆうたろうの言葉が耳に痛い。小指で耳の穴を掻きながら生返事を返す。俺だって考えないワケではない。しかし、お互い不思議なことに、そう言った単語はどちらとも出てこない。喫煙兼休憩所に通りかかると、そのお題となってる女が缶飲料を片手に、リモコンでテレビのチャンネルを回していた。
『お昼やーすみはーう』
『今のお台場の気温は』
『元気ハツラツ!オロナミンC!』
『今日は何の日、ふっ』
『この事件に対し警視』
『ファイートォーー!!』
『のゲストはこのか』
『イエェェェェェェェェイ』
女は俺たちに気がつき、リモコンを持ったままの手を軽く振った。俺は頷きかけるように応えた。アイツが飲んでいるのはきっと甘いジュースだろう。見かけによらず甘い物には目がない奴だ。刑事部屋に戻るが、強行犯係は誰もいない。権兵衛と34はパトロール中だ。
女と出会ったのは、この分署が初めてだった。女は当時、内務調査に属しており、俺の係をターゲットにやって来た。成る程、確かに他の刑事達より成果を上げているかもしれないが、それに合わせだいぶグレーラインの仕事だろう。俺の心情としては、悪党相手には「やり過ぎ」なんて言葉は必要ないと考えている。当然、女とは衝突も衝突を重ねる。しかし、彼女もただの杓子定規ではなく、やはり「警察官」である。俺の行為を許しはしないが、理解はしてくれた。そして、知らない内にお互いに想う様になり、現在に至る。しかし、あいつが異動願いを出して俺の所に残ったのには驚いた。
14:49、ゆうたろうを連れ、分署17、俺のスカイラインでパトロールに出ていた。最近はやたら物騒な事件が多い。先日も、女と34がハリウッドばりに派手なカーチェイスと銃撃戦をやらかしたばかりだった。少々腹が物足りなかったので、車を止めホットドッグをかじりコーヒーを啜っていた。ゆうたろうが欠伸を噛み殺しながら言った。
「ところでさ、結婚話なんだけど」
「またそれか」
「今まで付き合ってきた女の中でも、一番上手く行ってるじゃないか」
「まあなあ」
「一緒に飯食って風呂入って寝てさ。あ寝る前に特命係長か。もういい歳なんだから」
「ご心配ありがとう。お前の方はどうなんだよ?」
「俺はもとっくに諦めたからいいの」
俺は空気を入れ替えようと、窓を開けた。外の冷たい空気が入ってくる。
「ま確かに、ハッキリさせないととは思う…。ただ」
「ただ?」
「今までがさ、結婚って単語出すと、何故か決まって別れるハメになる」
「ま、そうだったよなあ」
「分かってんだから、言うなよ」
「いやでも今度はきっと上手く行くって!」
「まその内考えるからさあ」
その時だった。向かい側に見える銀行からけたたましい非常ベルが響き、同時に銃声が聞こえた。周囲の人間が何事かと振り向きあるいは立ち止まり、店の中から飛び出して来る者もでてきた。俺とゆうたろうが目を凝らすと、銀行前に停まった一台の外車が気にかかった。ドライバーは派手な髪型でミラータイプのサングラスをしている。更にそいつは、しきりに銀行の入り口を気にしている。アクセルを吹かしてる様で、車体が揺れている。その位置からなら歩道も突っ切れる。俺は言った。
「あれ、仲間だな」
「だろうな。応援呼ぶか?」
「騎兵隊を待ってる暇はない」
俺は残ったホットドッグとコーヒーを口に押し込むと、空になったカップを投げ捨て、エンジンをかけると同時にギアをドライブに入れサイドブレーキを外し、アクセルを踏み込みスカイラインを発進させる。

同時に、阿吽の呼吸でゆうたろうが回転灯をルーフに載せる。犯人らに気づかれぬ様にサイレンは鳴らさなかったが、瞬く間に外車に接近すると歩道に乗り上げ、その外車の進路を塞ぐような形で停車する。
「降りろ!」
ゆうたろうが飛び降り、ドライバーに銃を向ける。ドライバーは、いきなり赤灯を回した車が現れそして銃を突きつけられたことに面食らった様で、口を開けたまま固まってしまった。降りもしないが両手を挙げたまま動きもしない。俺もショルダーホルスターから銃を抜きつつ降りる。すると銀行から、帽子を被りマスクをつけ、そして大きなバッグを下げてショットガンを構えた男が、ステップを踏むように後ろ向きに出てきた。
「んごくな!」
俺はまだ口の中に残るホットドッグの屑を飛ばしながら怒鳴り、銃を向ける。男は振り向き様にこちらに向けて発砲してきた。それとほぼ同時に俺も発砲した。ほとんど反射的だ。被弾した犯人はどつかれた様に後ろに引っくり返る。一応は銃を向けた時点で右肩を狙っていたが、果たして何処に当たったかは分からない。俺は運良く無傷だった。
「ああーああー!?」
いきなり、ゆうたろうが慌てた声を上げる。処置が甘かった。俺たちはショットガン男に気を取られ、その隙に共犯の外車は逃げようとした。ドライバーは外車を後退させ、他の車に衝突するのにも関わらず、そしてタイヤから白煙を上げスカイラインをかわして逃走を開始した。すかさず俺とゆうたろうが外車に向けて、タイヤを狙い連射する。しかしドラマや映画の様に簡単にはいかない。バンパーに穴を開け、テールランプを砕き、トランクを羽上げた所で右後輪を捉えた。ハンドルを取られた外車は消火栓に衝突し横転した。破損した消火栓が盛大な噴水となった。
「あっち頼む。俺はショットガン野郎を見に行く」
俺はゆうたろうにそう言うと、ゆっくりとショットガン男に近づいた。俺の弾丸は狙い通り、右肩に当たっていた。マスクは苦しかったのか外した様で、まだ若そうな顔が見えた。男は冷や汗を流しながら倒れており、ショットガンは手から離れていたが、僅かな距離だった。転がったカバンからは、奪ったであろう札束が溢れていた。男は近づいた俺を見上げ、そしてショットガンと見比べる。俺は銃のハンマーを起こし、それを奴の頭に狙いをつけながら言った。
「昔、この場面とそっくりな映画を見たことがある。勿論、倒れてるのは銀行強盗で、そいつに銃を向けてるのは主役の刑事」
男は俺を睨んだ。俺は続けた。
「お前、銃は詳しいか?俺が持っている銃が何発撃てて、今までに何発撃ったか分かるか?」
男は俺を睨む目をショットガンに移す。俺は言った。
「だがな、こいつはマグナム44といって、今でも世界最強の拳銃の一つだ。お前の頭なんざ簡単に吹っ飛ぶんだ。さあ、どうする?」
男は再び俺を睨み付けた。その手が僅かに震えている。俺を睨む目は逸らされ、しかしショットガンに移ることもなかった。俺は銃を下ろし、ショットガンを拾い上げた。遠くから、サイレンの音がいくつか聞こえてきた。
「……おい」
男が掠れた声を出した。
「ハッタリだろ?」
ひきつった笑顔を浮かべる男に対し、俺は再び銃を向け、そしてハンマーを起こした。シリンダーが回る。男のひきつった笑顔が、今度は声のでない叫びに変わった。そして俺はトリガーを引いた。
「ひっ!?」
男は目を瞑った。しかし44マグナム弾が奴のドタマをぶち抜くことはなかった。男は恐る恐る目を開いた。俺は笑みを浮かべ、背を向けた。男が何か言った気がした。一番に駆けつけたパトカーはうちの署の物だった。駆け寄ってきた係員にショットガンを渡した。
「ああ~もお~びしょ濡れだぜ」
悪態をつきながら、ゆうたろうが戻ってきた。
「だからお前をそっちに行かせたんだ。濡れたくなかった」
俺は笑いながらそう言い、銃のシリンダーをスイングアウトさせ、手の上に廃莢させた。弾は一発だけ残っていた。しかし奴が舐めた口を利いたので、リボルバー特有の動作を利用し脅してやったのだ。
22:18、後片付けに始まり書類の作成、そして他の連中の書類を整理し、ようやく帰宅した。明日は公休で、できるだけ処理できる書類は処理しておきたかった。女は先に帰っていた。当たり前だ。俺が先に帰したのだ。食事は済ませていた様だ。アイツは料理が苦手で、食事は外食か出来上がってる物を食べる。俺も同じだ。上着を脱ぎ捨てホルスターも放り出し、ソファーベッドに座った。目の前のテーブルの上に、帰り道で寄ったファーストフード店で買ってきたバーガーとコーヒーを紙袋から取り出した。

「またハンバーガー?」
女がソファーを挟み、俺を背中から抱く。手にはカクテルグラスを持っている。中は濡れていた。XYZを作ったのだろう。俺は体のこともあり酒は極力控えているが、女はイケる口だ。
「俺もそうだが、誰かさんが料理できないからな」
「何よソレ、嫌味?」
「それ以外は完璧なんだがね」
「悪かったわね」
女はそう言いながら、微笑んで俺の頬にキスをした。俺も女の頬に返し、お互い喉を鳴らす様に笑う。ふと、ゆうたろうとの話を思い出した。結婚の単語を言ってみようか。そう思った。
「…なあ」
「なあに?」

女が、自分の頬を俺の頬にぴったりとつける。風呂はまだ入っていない様だが、代わりに、まだ落とされていない化粧や香水の甘い匂いで頭の中が満たされる。そしてアルコールが入り、暖房で温まったのとはまた違う、やや熱い女の体。もう一度考えた。俺は昔から先の事を考えられる頭じゃなかった。今もそれはほとんど変わっていない。そして、今までの女性との付き合いから結婚という言葉がトラウマになっている。結婚の言葉を出すと、どういうワケか決まってそれまでの関係が壊れることになった。神のジョークにしてもいい加減付き合えない。こいつはどうなのだろう?今まで、結婚したいとも子供が欲しいと言ったことがまったくないとは言い切れない。二人とも、今時の結婚やら出産の適齢期なんてものからは過ぎている。俺の親父達は他界、女の方はお袋さんが健在らしい。だが、お互い愛し合いこうして暮らしている。なら、なんの問題もないじゃないか。世の中、同棲のままの男女がいないわけじゃない。結局、何度目かのゆうたろうや周囲の心配を他所にした、いつもの答えが出た。俺は女に言った。
「…明日休みなんだよ」
「アタシも」
「そうだっけ?」
「そう」
「そっか。じゃあ昼過ぎまで寝てても平気だな」
「そぉねぇ」
お互い見つめあい、意図が噛み合う。含み笑いをしながら軽く唇をつける。一回、二回、三回目は唇を吸い込んだ。XYZの味がした。女が呻く様な声を漏らしながら、ソファーの背もたれを跨ぐ。俺はそれに手を貸そうと女の腰に手を回す。女はグラスをテーブルに置いた。その横の手付かずのバーガーとコーヒーは、後で温め直すことにした。
To next time