
「お、雨か。降ってきたか」
「冷えますね~」
「さっさと帰りたいところだが、そうも行かんわな」
「あ、部長。2ケツで無灯火ですよ」
「ガキンチョか。赤灯が見えない程目が悪いワケじゃあるまい」
「自分行ってきます」
パンッ パンッ パンッ
「おわっ!?なんだっ!?銃だっ!!」
「ばっかヤロウがあ!新米、大丈夫か!」
「おい、新米?」
「新米、撃たれたか!しっかり押さえてろ、おい、大丈夫かっ。至急至急―――――」
「………長」
「う…………」
「…係長、30分経ちましたよ」
00:30
助手席から俺を呼ぶシノダの声に、現実に引き戻される。外は、こちらも雨だ。暖かくなってきたとはいえ、やはり夜の雨は冷える。車のエンジンをかけて暖房を入れたくなったが、今はそうもいかない。
「おお、すまん。…動きは」
「ありません」
「うん」
シノダに頷く。後部座席にいるはずの34がいない。
「34はどうした?」
「そろそろ係長が起こしてくれって言ってた時間だからって、コーヒー買いに」
「そうか」
「…………係長、なんだか苦しそうだったですけど、体の具合でも悪いんですか?」
「いやなに………ちと悪い夢を見てな。昔のことだ」
「夢ですか?」
シノダが不思議そうに言った時、後部座席が開き34が乗って来た。
「お疲れ様です。係長」
そう言いながら、俺とシノダに缶コーヒーを渡す34。
「係長、どこか具合でも悪いんですか?」
シノダと同じことを聞いてくる。これから手入れだと言うのに、肝が据わってきたと言うかお人好しと言うか。
「大丈夫だ。シノダにも同じことを聞かれた」
シノダがくすりと笑う。俺は携帯無線機を取った。
「こちら警部補、ゆうたろう、調子どうだ」
『今のところ動きなし』
「了解。女、そっちはどうだ」
『こっちも変わりなし』
「了解、以上」
今夜は本庁の手入れの支援ということで駆り出された。とあるクラブが、裏で麻薬を扱っている確証を押さえた。そして今日ここで取り引きが行われるという。一気に押さえてしまおうというのだ。本庁、月島署、臨海署、湾岸署、そして17分署の体勢だ。本庁と月島・湾岸署の捜査員がクラブ内、臨海署と俺達が外を固める。俺は腕時計を見た。手入れまでまだ時間はある。
「いや~、しかしやっぱ緊張しますね」
34が言う。言葉の中に緊張感とどこか期待感が感じ取れる。
「俺の具合を心配してくれた二人にゃ、話してやるか」
俺は呟く様に言った。
「はい?」
34が、首を伸ばしてくる。
「さっきの話だ。夢を見てた。昔のな」
俺はタバコを吸おうと、エンジンキーを回し電気だけを流し、窓を少し開けた。シノダは缶コーヒーをドリンクホルダーに置いた。
「俺がまだ新米だったころだ。パトロールで、こんな雨の夜だった。部長と二人だ。赤灯回したままパトの中で少し休憩してた」
俺はタバコを出し、火をつけた。
「そしたら、向こうから2ケツのチャリが来た。無灯火で。部長とバカだなあなんて言いながら、俺はパトから出ようとした」
34は、缶コーヒーを手にしたまま話を聞いている。
「そうしたら、乾いた音が連続で聞こえた。間髪置かず、俺はもの凄い衝撃に襲われた」
「え。それって」
シノダが言う。俺は窓の隙間からタバコの煙を吐き出した。
「銃だった。フロントに三発。内二発が、助手席にいた俺に当たった。部長は無事だった」
34が生唾を飲み込んだらしく、音が聞こえた。
「9ミリだった。サタデーナイトスペシャルなんて安物じゃない。…丈夫に産んでくれた親に感謝したよ」
フロントガラスに落ちる雨水。溜まり、重さで筋を引く。

「その後、緊急配備で機捜がすぐに捕まえてくれてな。調べたら、その少し前に、部長と別の先輩が職質で麻薬所持で挙げた奴等の仲間だった」
「麻薬…。……あ。…あの、係長は、その現場には…」
34が険しい表情で言う。
「居なかった。狙いは部長だった。俺は一人だけで巻き添えをくったってことだな」
「………」
黙りこむ34。シノダは辺りに視線を回しつつ、聞いている。
「神様が改めて注意しろと教えてくれたのかもしれん。麻薬は繋がりが多い犯罪だ。仲間がわんさかといる。挙げれば、警察としてと個人的に恨みを買うことがほとんどだ」
「はい…」
34の声は重い。
「シノダは、確か麻薬の手入れの経験はあったな?」
「はい、一度だけ」
「手入れの際、運良く逃げちまう奴がいるかもしれん。野次馬やら回りの奴に、悪い奴の仲間がいて、俺たちのことを仲間に話すかもしれん。どこどこのデカがあいつをパクったと」
俺は短くなったタバコを捨てた。
「自分だけじゃない。市民だけでもない。仲間も守るためだ。気を引き締めてかかれ」
「はいっ」
「はい」
34とシノダが答える。その時だった。無線の向こうから本庁の刑事が喚いた。
『こちら統括!各待機は突入し検挙せよ!突入せよ!!』
「係長?」
「くそっ、どういうことだ。行くぞ!」
俺は車を飛び出した。
「おっ、なんだなんだ、このヤロっ」
ゆうたろうがおどける様にビール瓶で巨漢を殴り倒す。
「はっ!」
女の脚線美がチンピラの腹を捉え、段ボール箱の山を崩す。
「えいっ!」
特殊警棒でヤクザ風の腕からナイフを叩き落とすシノダ。
「とああっ」
肩車の要領で売人をテーブルに投げ飛ばす権兵衛。
「ゆわっしょーうっ!」
わけの分からない喚声と共に双手刈でスキンヘッドを捕まえる34。
現場は混乱していた。売人、買い手、騒ぎに便乗したチンピラ、素人、そして警察官。
「うらあああ!!」
一人の不良風の男がかかってきた。正直麻薬柄みなのかただのノリの奴かは分からなかったが、来る以上は相手をするしかない。これも公務だ。俺は一歩踏み出し、男の伸びてきた腕を左手で払い、右手で当身をくわらす。
「のわああああっ」
かかってきた時と同じぐらいの喚き声でふっとぶ不良。騒ぎが収まるまでしばらくかかった。
危うく本星を逃がす所だったが、臨海署の捜査員等が捕まえてくれた。安積という強行犯係の係長と、交機のスープラ隊の速水という小隊長だ。俺はその二人とは顔見知りで、警視庁では有名人だ。相変わらず派手なカーチェイスをやらかしたらしい。人のことはいえないが。
手入れがご破算になりかけた内訳はこうだった。クラブ内の担当だった湾岸署の青島という刑事が、クラブ内で暴行の現場を発見。本庁からは手を出すなと言われたが、我慢できず飛び出し湾岸署と名乗り確保したそうだ。この手入れの中では間違った行動ではあるが、しかし、警察官としては当たり前の行動だと思う。34も手柄を挙げた。奴が確保したのは買い手の組織の中でも幹部クラスの人間だった。本庁は本星を逃がしたことにかなりカッカしていたが、安積等からの確保の無線に途端に態度を変えた。
「やれやれ…」
その姿に、思わずため息が出た。事態の収集は本庁に任せ、俺達はさっさと帰ることにした。
翌日。
「34、昨日は大手柄だったな」
俺は34のデスクまで行った。頬に絆創膏をつけた34が顔をあげる。
「い、いやたまたまですよ、本当。たまたま捕まえてみたら、あいつだったっていう……」
「しかし、これでお前も有名人だな」
「え…?」
34が不思議そうな顔をする。俺は空いている手近な椅子に座り、話を続けた。
「あの幹部を捕まえたのが、お前だってことさ。悪い連中の中にも名前が知れ渡ったってことだ」
「ゲッ」
34の顔が青くなった。俺は34の肩を叩いた。
「有名人ってのは、冗談半分だ。逆に言えば、アイツを挙げたってことでお前を恐れる奴もいるさ」
「はあ……」
34は複雑な顔をした。まだまだ、この若者にとって警察官とは前途多難な様だ。
To next time