
真夜中。警部補は人目につかないとある通りにスカイラインを止めた。少しして、一人の男がスカイラインの助手席に乗り込んだ。高そうなスーツ、高そうな靴、高そうな腕時計。それらの主はゆうたろうだった。警部補が言った。
「よう金持ち」
「本当に金持ちならどれだけ幸せか」
ゆうたろうが返した。彼はとある組織への潜入捜査の真っ只中だった。その組織は、表向きは事業拡大中の綺麗に儲けてる会社に見えるが、裏では薬物やら売春やらと汚いことも相当拡大してるらしい。そして、ゆうたろうが仕入れた情報を、こうして夜な夜な警部補に手渡しているのだ。ゆうたろうが言った。
「近々、かなりデカイ取り引きをやるらしい。それには幹部も出てくるぞ」
「そうか。しかしお前も上手く情報を仕入れてくるな」
「そこは俺の組織での信用よ」
警部補の言葉に、ゆうたろうは笑いながら言った。ふと、警部補がバックミラーを見た。無灯火で止まっている車があった。大きなセダンの様だ。更に、人影が二つ、ゆっくり忍び寄ってくるようだ。警部補が言った。
「なあ、組織ではもう充分信用されてんだよな?」
「もちよ。だからこうして情報が入る」
「後ろから二人来るぞ」
「えっ」
ゆうたろうが間抜けな声を出して振り返った。暗さで顔は見えない。人影二人の腕が動いた。警部補とゆうたろうは反射的に身を屈めた。次の瞬間、銃弾の嵐がスカイラインを襲った。拳銃ではない。警察では特殊銃と呼ばれる、マシンガンの類いだ。タイヤはパンクし、ガラスというガラスは蜘蛛の巣になった。
「出ろ出ろ出ろ!」
警部補が喚き、ゆうたろうが歩道に転がった。警部補も転がり、また喚いた。
「これが信用か!?」
「ごめんバレたみたい」
ゆうたろうが言った。銃撃は止まず、彼らの体にガラスやボディの破片が降りかかる。銃撃が止み、警部補がマグナムを抜き反撃しようと身を乗り出したが、タイミング悪く再び銃撃が襲い、慌てて身を屈める。ゆうたろうは、スカイラインの影からベレッタだけを出し反撃した。しかし手応えはない。
「くっそ~、車撃つなよ!」
警部補が顔を歪めた。また銃撃が止んだ。今度こそと警部補は身をあげた。相手の弾はこない。警部補は引き金を引いた。一人のマシンガンを倒した。しかしもう一人のマシンガンが銃撃し、運悪くスカイラインに火がついた。警部補とゆうたろうは慌ててスカイラインから離れた。
「もういい、引き上げだ!」
どこからか声がし、マシンガンの主は走って車に戻った。火は炎に変わり、闇に隠れていた車とマシンガンの主を照らした。車は国産で最新型の高級セダン、マシンガンの主は若いチンピラ男だった。チンピラはセダンの運転席に飛び乗り、無灯火のままセダンを急発進させた。警部補とゆうたろうはそれを見送ることしかできなかった。
翌日。17分署の刑事課は空気が重かった。深夜の一件で、無駄を承知で組織のアジトに踏み込んでみたが、案の定引き払われた後だった。倒したマシンガンからもめぼしい情報は手に入らなかった。また、ゆうたろうの正体がばれたことを考えると、彼が仕入れた情報もどこまでが正しいか怪しい。警部補とゆうたろうに怪我がなかったのが、不幸中の幸いだろう。
警部補は、怒りに燃えていると思いきやどこか寂しそうだった。強行犯係の面々はその理由は分かっていた。それは彼が愛車を失ったからだ。彼にとって、あのスカイラインは初めての愛車ではないが、それでも十年以上苦楽を共にしていたはずである。
ゆうたろうは自分達を襲った連中に目星をつけていた。連中が乗っていた高級セダンは、組織のある幹部が使っていた物で、その幹部は元々ゆうたろうを気に入っておらず、ゆうたろうも警戒していた幹部の物だった。そしてチンピラを呼び戻したあの声は、その幹部の声に聞こえた。
あれから一月たった。組織については表も裏も、それきり新しい動きがなかった。逃げたセダンは、数は多くはないが東京では珍しくもない車種であった。しかし組織の動きは早く、わざわざ盗難届けを出してきた。それは表の会社の持ち物だったが、今頃は組織かその関係でバラバラにされているであろう。警部補には新しい相棒が増えた。それはまたしてもスカイラインだった。責任を感じたゆうたろうが、女と相談し用意した車だった。警部補が以前乗っていた型のマイナーチェンジで、そのマイナーチェンジならこの様な形で乗りたいと警部補が望んでいた物を用意したのだった。コールサインも分署17を継承した。
またある日の午後。警部補とゆうたろうはパトロールの最中、少し遅くなった昼食の休憩を取ろうと、あるファーストフード店の駐車場に入ろうとした。しかし、まだまだ昼時が続く店は店内も駐車場も満杯で、仕方なく別の場所を探すことにした。交通量が多く、どの方向もノロノロと進んでいた。すると対向車線に、フルスモーク仕様の最新型の国産高級セダンがノロノロと走ってきた。二人を襲ったセダンとは別の車種だが、しかしフルスモークには職業病の様に反応してしまう。運転席のウィンドウガラスが下がり、タバコが投げ捨てられた。すれ違い様に、運転手の顔が見えた。それは忘れもしない、あのチンピラだった。
「あっ!」
警部補とゆうたろうは同時に声をあげ、顔を見合わせた。
「いたぞいたぞ!」
警部補が何故か嬉しそうに言った。ゆうたろうも、赤色灯を取り出しながら嬉しそうに言った。
「教えてやるか。犯罪が、割りに合わないってことを」
「たまには4秒でかましたるか」
ゆうたろうは赤色灯をルーフに放り出すと、警部補は言った通りに、実にやかましいサイレン4秒周期のスイッチを押した。それと同時にアクセルを踏み込み、直列6気筒2500ccを唸らせスピンターンし、対向車線に躍り込んだ。途端、マイクで呼び掛けてもいないのにセダンがスピードをあげ、逃走を始めた。セダンはかなりの大排気量でパワーがあるが、反面そのサイズと重量もかなりある。都会の真っ只中でそれが逃走するのはかなりのハンデだ。また、ドライバーの腕が追い付いていないのかかなり危険な運転で、他の車やガードレールに接触していた。セダンは港の方向に向かった。車の数が減り、徐々にスピードが出てきた。警部補とゆうたろうは、ここまで追ったのだからなんとしても自分達の手で逮捕したかった。警部補は勝負に出ようと決め、ゆうたろうに喚いた。
「無茶するぞ、掴まってろっ!」
「もうやりたい放題やってるじゃないか!」
「それもそうか!」

警部補はマニュアルモードにしていたギアを操作し急加速し、セダンの前に車一台分出た。そしてスカイラインを滑らせセダンの行く先を塞ぐ。セダンが止まるか体当たりしてくるかは賭けだった。セダンは急ブレーキをかけ、タイヤから凄まじいスキール音と白煙をあげた。そしてスカイラインをかわそうとハンドルを切ったが、切った先は倉庫街に並んでいる何台ものセミトレーラーだった。それらに突っ込んだセダンは刑事ドラマよろしく横転・転覆するでもなく、地味だがフロントをぐしゃぐしゃにして停止した。警部補とゆうたろうは銃を抜き、セダンに近づいた。集まってきた港湾職員やらの野次馬は、警部補らを見るなり慌てて散らばる。運転席から、顔を血まみれにしたチンピラが転がり出てきた。
「大丈夫か?あ?」
警部補が声をかけた。その声に気がつき、顔を上げたチンピラは最後の抵抗か、自分の腰辺りに震える手を回した。銃だ。途端、警部補の革靴がチンピラの顎を捉えた。チンピラはのけ反り仰向けに転がった。警部補は言った。
「いいから寝てろっ」
ゆうたろうは、後部座席のドアをひっぺがす勢いで開けた。見るとそこには、やはり幹部の姿があった。幹部は気絶している様だった。ゆうたろうはぼそりと言った。
「生きてて悪かったな」

その夜、警部補とゆうたろうは始末書の山と戦っていた。テレビはどのチャンネルも白昼の都会真っ只中カーチェスの映像だったが、しかし当のヒーロー二人はこうやって書類を書かさせている。そしてこれが終われば、次はあの幹部を締め上げて組織を摘発する為の書類を作る。書類だらけである。そして、パソコンでなく直接紙に書く書類はまだまだ多い。始末書はいつになったらパソコン打ちで済むのだろうか。警部補は頭の中でこれから先作らなければならない書類の山を想像しながら、取り敢えず今は目の前の書類を終えようとペンを進めていた。すると、その横にそっとコーヒーが置かれた。
「お疲れさま。お先にあがるわね」
それは女だった。警部補は書類から顔を上げ、女を見た。女は言った。
「元気になったみたいね?」
「まあな。敵討ちも済んだし」
「前の車の?」
「そう」
警部補はそう言って、また書類に顔を戻した。女は、今度は警部補の耳元に唇を近づけて、囁いた。
「ほんとに元気になったみたいだから、早く帰ってきてね」
警部補はその言葉にボールペンを置くと、サングラスをずらし、女にウインクした。最近は「色々」と元気がなかった警部補だが、この一件で仕事と私生活に活力を取り戻した様である。そんな二人のやり取りを見ていたゆうたろうは、実につまらなそうな顔をして言った。
「あ。ねえ。ちょっとちょっと。俺にはコーヒーくんないのぉ?」
To next time