
※この記事は2015年2月27日記載の「BAYSIDE BLUE」第X話「Pick Up The Pieces」のリメイク記事です。(再放送風)
とある埠頭。霧雨の中、だいぶ使いこまれたコンテナや倉庫に隠れる様に、シルバーのスカイラインが停まっていた。警視庁17分署の覆面車だ。車内には、17分署強行犯係長の野沢大輔と、公私パートナーの才女、高城玲子がいた。二人ともシートを倒し、男の野沢はともかく、ミニスカート姿の高城は惜しげもなく脚を組んでいる。野沢はいつものサングラスで視線を隠し、何処を凝視しているか分からない。
しかしこの二人は、霧雨と物陰に隠れて車内で何かをしようとしている訳ではない。これでもれっきとした任務中なのである。その証拠に、リラックスしているが、二人は笑っていなかった。高城が気だるそうな声を出した。
「・・・今、何時?」
腕時計を見た野沢が、似たような声の調子で答えた。
「・・・15時30分」
高城が言った。
「いつまでここにいんのよ?」
「・・・定時まではいるか」
この二人がここにいる理由、それは野沢が長年使っている情報屋が今朝たれこんだ情報だった。この港で、今日の正午に某国の貨物船が到着する。その中には大量にして相当な額となる麻薬と外国の組織の大物が乗っているという。組織名は聞いたことはなかった。受け取り人は、これまた外国人だった。ミスターチャーリーと呼ばれる男だった。こちらは何度か名前を聞いたことがある人物で、生活安全課や麻薬取締局が何度も摘発を行っているが撲滅に至らず、むしろ勢力を拡大している麻薬組織の長である。
ミスターチャーリーはかなり用心深い人物で、まともに撮れた写真はなく、望遠で撮れたぼんやりとした物しかない。そんな人物が出てくる取り引きが真っ昼間から行われるなどとは随分と眉唾物な話であるが、野沢は情報屋の話を信じた。その情報屋が持ってくる話はまず間違いなかったからだ。
野沢は時間がなかったことから刑事課長を通さずに、パトロールや近隣の署、更には機捜隊の応援をかき集め、海上保安庁にも連絡を取り、その港を張った。貨物船が接岸する予定の岸壁に近すぎず遠すぎない場所にスカイラインを停めた。
そして現在に至る。
貨物船は確かに現れた。が、受け取り人のミスターチャーリーは来なかった。船には組織も麻薬もなかった。野沢は携帯電話で情報屋を怒鳴り散らした後、包囲体制を解いた。わざわざ、大型巡視船まで用意した海上保安庁は今頃何処に文句を言っているのか。野沢はうんざりしていた。上司に無断で、海上保安庁まで動かしたのだ。分署に戻れば、どれだけ絞られるか。
野沢は分署に戻る気になれなかった。結局は戻るしかないのだが、僅かな望みをかけて、残った。何か起こるかもしれないというまったく可能性の低い望みだ。高城は野沢の子供っぽさに付き合った。野沢の指示になんら反論せずに従ったのだ。一心同体だ。
高城は腕時計を見た。15時48分。梅雨時の天気、スカイラインは水滴に覆われていたが、雲の隙間から日差しが見える。一心同体の心構えも、正直飽きてきていた。
「ちょっと飲み物でも買ってくるわ」
高城はそう言ってシートを立てると、スカイラインを降りた。野沢は高城に、
「俺の分も頼む」
と言った。
「勿論」
高城はそう答えると、霧雨の中、港湾事務所に向かった。大抵はそこに飲料の自販機がある。事務所まで来ると、案の定、3つ程自販機があった。
「ええと・・・ポッカポッカポッカッカッ・・・」
高城はおどける様に呟きながら好みのメーカーの自販機を見つけると、自分と野沢の分の缶コーヒーを買った。缶が取り口に落ちてくる。自然とため息が出た。なんて私はお人好しなんだろうと、自嘲のため息だ。
その時、彼女の背後に水しぶきの様な音が聞こえた。車が走ってきた様だ。霧雨でも降り続ければ水溜まりができる。水をかけられてはたまらないと、車の動向を確認しようとそちらに向いた。それはありふれたワゴン車だった。黒色で珍しくはない。車は彼女の前を通りすぎた。幸い水しぶきは飛んでこなかった。しかし、彼女はそれに何か違和感を感じた。
スカイラインの無線が鳴った。一斉指令だった。17分署管内で、銀行に武装強盗が押し入り立てこもっているという内容だ。場所はここからかなり離れている。野沢はこの現場を離れることに迷った。しかしそれは一瞬だった。どうせ呼び出されるに決まってる。倒していたシートを跳ね上げ、シートベルトを締める。高城が戻ってきた。車内の野沢の様子に気がつき、小走りになって車に戻った。高城はスカイラインに乗り込みながら言った。
「どうしたの?」
「武装銀行強盗で籠城だと。ここからかなり遠いが、どうせ呼び出される」
「そうね」
高城もシートベルトを締めた。再び無線が鳴った。今度は、17分署と隣の署との境界線付近で同じく銀行強盗が発生した。こちらもここからはかなり遠い。野沢は言った。
「なんだなんだ、こりゃ大忙しだな」
野沢はスカイラインを発進させようとする。その時、高城が叫んだ。
「ちょっと待って!」
野沢は思わず急ブレーキを踏んだ。
「なんだ!?」
野沢の問いに、高城は言った。
「ちょっと待って!」
「だからなんで!?」
高城は必死に考えた。無線を聞いてから、先ほどの違和感が非常に強くなったのだ。しかし、それがはっきりしない。焦れた野沢は、助手席の足元に置いてある赤灯を取ると、ルーフに載せる。
その時、高城が言った。
「ワゴン、いやワンボックスじゃない・・・」
「なに?」
高城の言葉が理解できず、野沢は上ずった声を出した。高城は独り言の様に続けた。

「あれはハッチバック・・・、あのナンバー。レンタカー!」
「なんの話だ」
野沢はやや声を荒くした。高城は言った。
「さっき私の後ろを、ハッチバックが走ってったのよ」
「それがなんだ!珍しくもない」
「レンタカーだったのよ。こんな荷物年がら年中積み下ろす場所に、商用のワンボックスのレンタカーならともかく、普通の乗用車みたいなレンタカーって不自然じゃない?それに、無線を思い出して」
「無線?」
「ほぼ同時に、ここから遠く離れた場所で凶悪事件が発生。一つはうちの管内、もう一つは隣との境界線」
「・・・パトが総動員だな」
「自ら隊や機捜も飛んでくでしょうね」
「管内は手薄だな」
「そしてここは遠く離れた場所」
高城の言葉に、野沢は考え、言った。
「そのワゴンだかハッチバックだか、怪しいな」
野沢は続けた。
「偽装したミスターチャーリーか・・・。行ってみるか。どうせ銀行に行ってもビリだしな」
野沢は、スカイラインを岸壁へと向かわせた。
野沢はある程度近づくと、スカイラインを物影に隠し、そこから岸壁を伺った。これは完全に運の問題だった。そして運は野沢達についた。
高城が目撃したハッチバックは岸壁にいた。黒色で、良く見ると最新のスポーツタイプである。職員が通勤で使用するならともかく、海辺で荷物の運搬業務にまで使用するとなると不自然と感じる。レンタカーなら尚更だ。そして作業着姿の影が三人。モーターボートが接岸しており、そちらから何か受け取り、ハッチバックの荷台に乗せている。動いてるのは二人。一人はただ見ているだけだ。あれが組織だとしたら、恐らくただ見ているだけなのが、ミスターチャーリーであろう。今から応援や海保を呼ぶ暇はない。野沢は高城に言った。
「二兎を追う者なんとやらだ。取り引きが終わったら、あのワゴンだけ押さえる」
「あれはハッチバックでしょ」
「どっちだって一緒だ」
二人は監視を続けた。そして、取り引きは終わった様だ。人影三人はハッチバックに乗り込み、ゆっくり発進した。こちらに向かってくる。野沢が言った。
「行くぞ、車に乗れ」
高城が高揚したように答える。
「ここで撃っちゃえば!?」
「いきなり運転手ぶっ殺すわけにもいかん」
「バズーカでも持ってくれば良かったかしら」
「俺はバズーカ持ってるぞ」
「あらヤだ」
色々と物騒なことを言いながら二人はスカイラインに乗り込む。そして野沢はタイミングを見計らって、物影からスカイラインをハッチバックの目の前に飛び出させた。ハッチバックは目の前に突然現れたスカイラインに急ブレーキを踏んだ。と同時に猛烈に後退しだした。間違いない、こいつらはミスターチャーリーご一行だ。いつのまにかサングラスをかけた高城が言った。
「行きましょ」
「オーライ」
野沢は答えると、アクセルを踏み込んだ。

一気にエンジンの回転数が上がり、往年のターボが唸りテールが沈みこみタイヤがスライドする。強烈な加速感に二人はシートに押し付けられる。スカイラインはサイレンとスキール音を盛大に響かせ追跡を開始した。
ハッチバックは後退したまま逃げる。しかし速度は出ず、スカイラインとフロントを付き合わせるような状態になっている。ハッチバックが速度を維持したまま急ハンドルでスピンターンし、逃走を続ける。車の性能も良いが、運転手の腕も中々だ。高城はサイレンアンプのマイクをひったくり喚いた。
「止まりなさい!」
しかし、止まれと言われて止まる犯罪者はいない。ハッチバックは、周囲で作業している職員や車両を蹴散らして逃走を続ける。すると、助手席の窓から一味が身を乗り出してきた。見ると、手にはオートマチック拳銃を握っており、スカイラインに向けて発砲してきた。野沢は急ハンドルや蛇行運転で弾丸をかわすが、何発かは着弾する。フロントガラスにも当たり、ガラスが砕けるかとおもいきや火花を散らしただけだった。高城が言った。
「防弾にしてたの、これ?」
「新車だから、特別にしておいたのを忘れてたぜ」
野沢が答えると、逃げるハッチバックに向かって微笑み、手招きまでしてみせた。
「撃ってこい撃ってこい」
野沢は回避行動を止め、余裕でハッチバックに接近する。途端、ハッチバックのリアガラスが粉々になり、奥から無数の火花が上がり、スカイラインに多数の鉛が襲いかかった。どうやら、ガラス越しにマシンガンらしきものを撃ってきたのだ。マズルフラッシュで、銃撃の主が微かに見える。やや高年の鬼の形相だ。野沢は、
「こいつ、笑顔で発砲してきやがって」
と、いくら防弾とはいえさすがにこれは精神的に良くないと、回避行動を始めた。
高城は、腰のホルスターから愛用のオートマチック拳銃シグP239を抜くと、
「やってくれたわね。倍返しよ」
と、一味の銃撃のスキを見計らい、助手席から身を乗りだしハッチバックに9ミリ弾を撃ちまくる。ハッチバックの助手席の一味は、思わず銃を取り落とし、車内のマシンガンヤロウにはダメージを与えたのか、その後の反撃はこなかった。高城は、車内に身を戻すと、風で乱れた髪を整えながら、
「はっ!清々した」
と言いながら、全弾撃ちきりスライドが解放されたシグの弾倉を取り替える。野沢は不敵に微笑みながら、
「グッドショット。後は任せろ。ショータイムだ」

と、アクセルを踏み込む。突如、ハッチバックの命運が尽きた。横からなんの前触れもなく、大型トラックが出てきて、ハッチバックの横腹に衝突した。ハッチバックは横に回転しつつ横転し転覆、一回転し元に戻り、停止した。野沢は急ハンドルと急ブレーキでそれをかわし、スカイラインを止めた。
と同時に、野沢と高城はスカイラインを素早く飛び出した。野沢はショルダーホルスターから愛用のリボルバー、S&W44マグナム3.5インチを抜き、スカイラインのドアを盾にして構える。高城は弾丸を再装填したシグを構え、ゆっくりとハッチバックに歩きだした。
「玲子」
野沢が高城を呼び掛ける。高城は、微笑して野沢を一瞥しただけで、歩みを止めない。
ハッチバックのエンジンからはラジエーター液漏れだろうか、水蒸気が上がっている。辺りは静まり返っていた。高城は構えていたシグを下ろすと、野沢に振り向き、言った。
「ショータイムじゃなかったの?」
途端、野沢がダブルアクションでマグナムの引き金を引いた。

盛大な発砲音と共に、44口径が高城の顔の横をすり抜けた。高城は考えるより先に身体が動き、斜め前へ飛ぶように転がると、自慢のミニスカートが捲れ上がるのも気にせず即座に膝立ちで振り向きシグをハッチバックへ構えた。
「何すんのよ!?」
高城は何をされたか分かっていたが、そう野沢に言ってしまった。ハッチバックを見ると運転席から一味の腕が出ており、地面には拳銃が落ちていた。高城が気を緩めた瞬間、銃撃されかけていたのだ。
「ショータイムだろ?」
野沢が言った。高城は、野沢お気に入りの厚い唇を噛み気を取り直すと立ち上がり、
「スーツが台無しよ・・・」
と愚痴りながらスカートを整える。湿った路面に前転したおかげで、スーツが汚れていた。そして、改めて二人揃ってハッチバックに近づいた。運転手は野沢が撃ち倒し、助手席の者は気を失っているようだった。
野沢は、助手席側から後部のドアに手をかけると、一気に開け放った。
すると、車内から頭や鼻、腕から血を流した高齢の男が、鼻息も荒く野沢を睨んでいた。日本人かは不明だがアジア系の顔付きである。左肩には銃創があり、高城に撃たれたマシンガンの主であろう。証拠に、男の足元には空薬莢とメーカーは分からないがマシンガンの類いが見えた。弾倉は装着されているが、残弾があるかは分からない。男の右腕が僅かに動く。野沢はしかし慌てず、ややオーバー気味かつゆっくりとした動作でマグナムの撃鉄を上げた。弾倉シリンダーが回転し固定され、引き金を引けば、即シングルアクションで弾丸が発射されることになる。野沢は言った。
「Don't move(ドント ムーブ)」
男は怪訝な顔で身動ぎを止めた。すると、高城が野沢の脇に立ち、
「今時はFreeze(フリーズ)って言うのよ」
と言った。野沢は、片方の眉を上げ、僅かに高城の方を見ながら、
「そうなの?」
と言った。高城は、
「うん」
と頷いた。
男は撃たれた痛みに顔をひきつらせながら、
「Give up(ギブ アップ)」
とハッキリと言い、ゆっくりと無傷の腕だけを上げた。
日付が変わった深夜。野沢と高城はようやく書類整理を終えた。分署に戻ってからは二人は、まず課長に怒鳴られた。そして署長に怒鳴られ、蚊帳の外だった麻薬取締局と無駄足に終わった海保の代表からそれぞれ文句を言われた。麻薬取締局は文句を言った割には、取り調べは自分達に任せろとミスターチャーリーらをかっさらっていった。
野沢と高城には始末書の山が待っていた。高城が買ってきたままだった缶コーヒーと、野沢の部下から差し入れのドーナツで気を紛らわせながら書類を書き上げた二人は、とっくの前に帰宅した課長のデスクの上に、山の様な書類を置き、退勤した。
そして数日経ったある日、野沢と高城は警視庁本部にいた。ある場所へと向かう通路を歩く二人の姿は、珍しく制服である。野沢が言った。
「ラッキーだったな」
高城が言った。
「本当。ラッキーね」
ラッキーとは、あのハッチバックの一件である。逮捕した三人の内の一人、高城に肩を撃ち抜かれたマシンガンヤロウがミスターチャーリーであった。チャーリーなどと名乗っていたが、中国系アメリカ人であった。部下の内の一人、助手席で気絶していた男は片腕を勤める人物であった。
そしてハッチバックの荷台からは、麻薬が押収された。麻薬の純度は高く、所謂上玉であり、量としては段ボール箱5箱程度だが、純度からすれば売り払う額は軽く見ても百億円の価値になる。取り調べでは、ミスターチャーリーの片腕があっさり供述を始め、それらの供述を突きつけられたミスターチャーリーも話し出した。海外組織についても聞き出せるだろう。
情報屋の情報は確かに正しかった。しかし、どういった経緯かミスターチャーリーは情報が漏れていることを知った。野沢の情報屋に情報が入ったのは取り引き当日だが、それ以前に漏洩していたのだ。
用心深い彼は警察が既に漏洩した情報を入手していると考え取り引きを中止しようとするが、船は既に出発していたこと、そして日本の警察を「舐めていた」ことから、陽動作戦と偽装を考えた。まず海上で積み荷と組織の人間を別の船に載せ変えた。
到着し、警察が張っていたとしても最初の船に「お宝」はない。そして、時間をずらし街中が忙しくなる頃に、港が管内に入っている警察署や隣接する警察署の管内で大がかりな事件を実際に起こし人手をそちらに向ける。手薄になった所で、しかし用心に用心を重ね、取り引き相手の船を接岸させずそこから小型船で荷を運ばせ、自分自身は自前の格好つけた高級車やスーツでなく、ありふれた商用のワゴン車と作業着を用意し荷を受け取りに行く。その様な手筈だった。
しかし、ミスターチャーリーは運悪く、部下が手配した車はワゴン車に似た形はしているが、大きな荷の積み降ろしが日常の港湾で走るレンタカーには場違い感のある乗用車だったのだ。高城が偶然出くわさなければ、そもそも野沢らが港に残っていなければ、取り引きは成功したかもしれない。銀行強盗の方は、幸い死者を出すことなく解決した。
野沢と高城が制服を着て警視庁本部にいる理由。それはこれらの功績により、警視総監賞が与えられることになったのだ。高城が言った。
「あの缶コーヒー、奢ってあげるわ」
野沢は言った。
「いや、自動販売機ごと返してやる」
高城は、その台詞を何かの映画で聞いた気がしたが、思い出せなかった。
「それより、もっと英語勉強しなさい」
「昔のドラマじゃ、外人の犯人にああ言ってたんだがなぁ」
To next time