2011年06月04日
<クルマ評価記事の意義とは>
今まで5回に渡っての考察をまとめると以下のようになります。
1)クルマ評価記事の意義は、まずはバイヤーズガイドであり、さらには(購入を前提としない)高度に優れた工業製品の紹介である。
2)バイヤーズガイドとしては、主に、「どのクルマを選ぶか」に関わる良質な情報の提供と、「どうクルマを使うか」の新たな提案、という二つの役割がある。
3)対象となるのは主にクルマ好きの一般庶民である。
4)評価方法は、その目的と対象(読者)に合ったものが採用されるべきである(望ましい)。
このような意義付けを踏まえて、自動車雑誌のクルマ評価記事を見てみた場合、本当に適切な手法でクルマの評価が行われ、適切な表現で読者に発信されていると言えるのでしょうか?特に4)については、常に問われ続けなければならない点ではないかと考えます。
敢えて、ひとつだけ指摘するならば、例えば記事として取り上げる際に、想定するクルマの使用目的が不明確であり、それによりクルマの選択が不適切であるといった初歩的なミスがないかのチェックはもちろんですが、バイヤーズガイドとしてのクルマ評価と高額車の紹介記事を同一の目線で行って優劣を論じる、あるいはそういった視点の混乱を社会論や階層論にまで持ち込む、ひいては裕福層(のライフスタイル)に対する過度の賛美、あるいは階層論の積極的肯定といった、ある意味「品のない記事」を載せている、一見知的かつ高尚にみえる一部雑誌については、やはり評価記事の本質的価値は何であるかについて見直してみては如何と思わずにはいられません(というか、そんな雑誌は買わなきゃいいだけですけどね、一庶民にとしては..笑)。
と言うわけで一連の論考はひとまずこれにて終わりにしたいと思います。お付き合いいただきありがとうございます。
またしてもこのような駄文の数々をアップして皆さんのお時間をあるいは無駄にしてしまったかもしれませんが、何卒ご容赦ください。
Posted at 2011/06/04 17:29:31 | |
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クルマ評価 | 日記
2011年06月04日
<クルマ評価記事はあるいは芸術品の紹介である>
きわめて少数しかない、非常に高額である、あるいは売買の対象ではない、といった理由で、普通の人々にとっては購入が前提とならなくても、モノの価値として非常に高い、あるいは芸術的な価値がある、多くの人にとって鑑賞に値する、ということであれば、それを写真として、また文章として表現して紹介することには確実なニーズがあると言えます。具体的な例としては、いわゆる美術本や芸術の紹介記事、あるいは、まったくジャンルは異なりますが、航空機、船舶、鉄道車両関係の雑誌記事は、ある面では、これに相当するといえます。なお世の車好きのお父さんにはこのような方面にも造詣が深い方が多いように思いますが、それはまた別の話ということで。
先に紹介した高額車や希少車に関する試乗記や紹介記事は、一部の層を除くと、庶民にとっては同種の位置づけにあるといえます。庶民には新車で購入対象になるクルマは、価格的にはおそらく「メルセデス ベンツ」を上限とするのではないかと思われます。したがって、それ以上の高額車、いわゆる1000万円を優に超えるようなスーパーカーについては、あくまで芸術品に近い工業製品の精緻として、鑑賞の対象としてクルマ雑誌の記事を読んでいる人が大部分といえるでしょう。
Posted at 2011/06/04 17:23:33 | |
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クルマ評価 | クルマ
2011年06月04日
<クルマ評価記事のターゲット層は庶民である>
ではバイヤーズガイドとしてのクルマ評価記事を最も必要とするのはどんな人達なのでしょうか? それは、私も含めてクルマを購入するにあたって予算を一番の制限として考えなければならず、かつその予算の中で最高の選択をしたいという気持ちを強く持っている人、すなわち「クルマ好きの一般庶民(大部分がお父さん)」であると言えます。
庶民であってもクルマに興味のない人は、目的に合えばある意味どんなクルマでもよく、唯一の評価基準はいかに「安くクルマを買うか」で、最寄りの複数のディーラーを回って一番安いものを購入するか、あるいは安いクルマを買うことに特化した、値引き情報主体のバイヤーズガイド的な雑誌(月刊○○○○」とか)をその時だけ買って参考にするかであり、どんなクルマを買うかを熱心に考える、すなわちここで取り上げている類の自動車雑誌を買ったり、クルマ評価記事を読んだりすることはありません。
一方、庶民ではない人達、外国でいう貴族階級に相当するごくごく一部の超裕福層、および人口の数パーゼントと推定される数千万円以上の収入がある裕福層は、自動車雑誌の主たるターゲット層にならないと考えられます。単に数が少ないというのが最大の理由になりますが、それ以外に、費用面での制約がない場合は、複数のクルマを同時に保有することが簡単にできて、また気に入らなければ簡単に買い換えられるのであれば、人は普通は選択に迷わないものだからです。ゆえにクルマに興味がない人達と同じくクルマを買うために自動車雑誌を購入して、いろいろと分析・吟味するなんてことは、大概しないと考えられます(ディーラーに電話して呼びつけて説明をきくとかしてそうです、想像ですが、(・へ・))。
そういう訳で、そのような人達を対象としたクルマ記事は、複数のクルマを横並びにして相対的な優劣を評価するよりも寧ろ、その商品を購入することでその高額な支出に見合ったどんな「新しい体験」ができるのか紹介する、「短期絶対評価」的な記事、超高額車の単独試乗の体験を小洒落た文体で書き流す程度の記事になりがちであると言えます。某誌などは、殆どがそんな類の記事しか載っていませんが(苦笑)、これらは庶民にとっては全く価値のないものなのでしょうか? いいえ、これはクルマ評価記事のバイヤーズガイドではない側面の存在意義に係わってくることだと考えられますので、次回に考えてみたいと思います。
Posted at 2011/06/04 17:19:41 | |
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クルマ評価 | クルマ
2011年06月04日
<評価記事は新たなるクルマの活用方法の提示である>
さて「バイヤーズガイド」として記事を捉えた場合、第2回で述べたようなことがまずは重要となりますが、「共通性が高い目的」というところ、たとえばミニバン、コンパクトカー、スポーツカーなどの分類で車を選択することは、まさに多くの人に共通する使用形態を想定したものといえます。しかし、「どのような目的でクルマを使うか?」が重要な要因になるということは、「こんなふうにクルマが使えるよ」という新しい提案を読者に提示することも、バイヤーズガイドのもうひとつの重要な役割であるといえます。
ありふれた用途を想定し、その目的への機械としての合致度を論評する、のではなく社会的な位置づけやライフスタイルの一環としてクルマを考え、思いもしなかった、あるいはより魅力的な生活をおくるためのツールとしてのクルマの価値を提示する役目を果たすということです。「NAVI」誌を先駆者とする、このようなクルマ評価のあり方は、新たなクルマ評価記事の領域を切り開いたという点でやはり画期的であったと評価することができます。
そして、このような目的で行われるクルマ評価においては、「相対的」な評価手法の優先度は低く、むしろ車の「絶対的」な魅力や可能性を、「短期」あるいは「長期」の利用のなかで提示する手法が適しているということができます(無論、相対的なクルマ評価が可能であれば、それがベターであることは変わりはありませんが)。
Posted at 2011/06/04 17:07:53 | |
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クルマ評価 | クルマ
2011年06月04日
<評価記事はバイヤーズガイドである>
それではクルマ評価記事の意義、すなわち誰のために、何の目的で書かれるのでしょうか?これは当たり前のことではありますが、まず、クルマ評価記事は「バイヤーズガイド」であるということです。
クルマをこれから購入しようとしている人に対して、その人の目的や趣向に合致して、なおかつ費用的にリーズナブルな選択ができる助けになる情報を提供する。さらに具体的にいうと、自動車雑誌を手に取る人の最大の制約条件である「予算」に対して、「共通性の高い使い方」を想定して、複数のクルマを横並びに比較して相対的な位置づけ(優劣)を明確化することで読者が個人では得られない情報を提供し、読者がこれに基づいて吟味決定することで「最も良い買い物」ができるようにすることが目的なのです。
したがってこの目的に合致するクルマ評価としては、例えばミニバン同時比較テストといった「短期相対評価」を主としながら、長期テストを加味したものが有効といえます。
Posted at 2011/06/04 17:04:51 | |
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クルマ評価 | 日記