慣らしがてらの定期巡礼④
投稿日 : 2014年05月09日
1
ひきつづき、
旧伊庭邸の趣きを堪能します。
2
机の上に、無線機は・・・
ありませんでしたw
3
再び、ダイニング。
盆連休ならではの酷暑ではありましたが、
窓を開けると、心地良い風が通ります。
リフォーム前は、
現在の和室が玄関だったとのこと。
4
キッチンまわり。
モダンな窓から見える、
和風家屋と庭の組合せは、
日本ならではのお洒落感ですね。
5
台所にある、謎の塀。
キッチンのリフォームの際に撤去出来ずに残ったものではないか、という説があったそうですが、最近の調査で、建立当初から台所に存在したことが判った。
という話を、マニアなおじさんから伺いました。
6
見事なまでの襖。
このお宅では、襖のオモテウラで、
春夏秋冬を感じることができます。
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この「伊庭邸」のかつての主、
伊庭貞剛は、第二代住友総理事。
明治のはじめ、裁判官に就任した彼は、
その世界に失望し、エリートの道を蹴り、
住友に転職。財閥の中でも才覚が買われ、
様々な職を歴任。
8
画像は、四国は愛媛県新居浜市にある、別子銅山跡(かつて、マイントピア別子を見学したときに撮影した写真)。
当時、住友が経営していた、別子銅山の煙害問題が深刻化。伊庭は現地へ赴き、解決に尽力。四阪島への製錬所移転を決める。
四阪島へ製錬所移転後も、対岸の尾道や福山への煙害が続き、精錬技術の向上に努めるよう指示。脱硫黄の技術が向上し、化学肥料の生産に発展した。
そして銅山閉山後は、「土地を元の姿に戻さねばならぬ」と、環境復元や植林を進め、のちの住友林業へと発展を遂げた。
富国強兵で、人権や公害問題など考えもしなかった時代に、人々のために、環境のために尽力した、偉大な人物であった。
というお話を、マニアのおじさんから伺いました。聖地巡礼に訪れたはずが、まさか、こんなところで、広島と話がつながるとはね。
その帰り道、「ここまで寄られたのなら、バームクーヘンをお土産に買わないと!」と勧められ、近くの「クラブハリエ日牟禮館」へ、おじさんと一緒に行きましたw。
(本当は、焼きたてが最高においしいそうですが、長蛇の列ができていたため、断念)お土産に買って帰り、大変、美味しくいただきました。
豊かな土壌に、豊かな人々、
うまいメシにうまい酒、
近江八幡は、魅力的なまちです。
つくづく、旅とは、出会いですね。
おわり。
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