前回のつづき
「Yukiさんですか?」
珠のような雨滴を身にまとう
ベンツから、傘も差さずに降り立った大柄な男、年齢は40歳ぐらい。
私のNAを確認すると、一直線に近寄ってきて、そう言いました。
「…そうです。
(ひーっ!恐ぇ!!!)」
「お時間を取らせてすみませんね」
「まぁ、ここじゃなんですから、どこかに入りましょう」
夕方のファミレスに入ると、大柄な男は菓子折を差し出してきました。
大男はタオルで頭や顔をぬぐっています。その所作を見ると、どうもその筋の人間ではないようでした。しかし、相手がどんなバックボーンを持つ人間かはわかりません。
この話し合いの中でそれを探りつつ…ええい。どうして被害者のオレがそこまで神経を使わなくてはならないのだ。ヤクザやチンピラが何だというのだ。もう、難しいこと考えず、言うだけのこと言うしか無いな、こりゃ。と、腹をくくりました。
とりあえず、先方は私に対して全く配慮する気持ちはないのです。言葉遣いこそ丁寧ですが、つまりそれは「ポーズ」なわけで、ならばそれに「これはこれはご丁寧に」とペコる必要もありません。つーか、
謝りながらナグってくるようで、逆にすんごいムカつく。
しかしここは冷静に、こじれた経緯を確認しながら解決策を話し合うことにします。私もクレームを付けたくて呼んだのではなく、そこまで言うなら会って話した方が正々堂々としていていいだろうと思った事を伝えました。
実は親父に事前情報を仕入れていました。
「ああ、○○保険の、はいはい、何だ乗り合いか。それじゃーしょーがねーなー。」
「何だ『乗り合い』って」
「保険の代理店ってのはなー、他に中古車販売とか、不動産とか、いろいろやってるトコがある。それを業界では『乗り合い』っていうんだ」
「へぇ、つまり、何でもやってるから、よくわかってないと」
「そういう事だ。そういう乗合代理店に知識が不足してるのはしょうがないとして、保険会社自体、おかしなヤツはたくさんいる。最近流行の外資なんかもな、交渉術を知らない担当者は多い。相手がベテランだと過失割合でもやりこめられる。安いからって入っちゃうけどな。」
大男は、今回の事故はアイスクリーム娘の不注意であり、一方的に過失があることを認めました。そして彼女とその両親が、私に対してとても申し訳なく思っていることなどを話しました。その代理として自分がここに来てお詫びしているのだと。代表でもあるこの大男は、もともとサラリーマンで、親の隠居に伴って保険や不動産などを営む家業を継いで2年ほどである、ということなども聞きました。
「意地悪なことを聞きますが、
当人達の謝罪の気持ちってのは、その2,000円ぐらいの菓子折なんですね。」
「そういうわけでは…」
「私はそこまで謝罪の気持ちがあるのなら、来てみなさいよと言ったんです。」
「ですので、私がここに来た次第です」
「その菓子折、誰が買ったんですか。」
「…」
「当事者達はここに来るつもりなんてないんでしょう。」
「…」
「そんなもんですよ。事故っても保険に任せておけばいい。そんな契約者はたくさんいます。別に不思議じゃありません。」
しばらくの沈黙の後、大男はまたあのアイスクリーム娘のことを話し始めました。
高校時代から引きこもりがちであったこと。短大入学を機に友達も少しづつできて、最近はやっと表に出るようになったこと。だから、この事故を機に、また引きこもってしまうことを皆が心配をしているのだというのです。
「で、私にどうしろと」
「いろいろご迷惑はおかけしましたが、
そのような背景があるというのをご理解いただきたい。」
この図体の割に丁寧な大男が、顧客の家族を大切にしていることはよくわかりました。今時、そういう人は少ない。そういう気持ちは私もわかるし、大事にしなきゃならないと思うのです。
しかし…
『慈悲深い善人でいればヨイ』という考え方には賛同できないのです。あまり頭を使わずに、誰彼からも「いい人」と思われたい。偽善者ほど、自分のことを『偽善者』だとは夢にも思わないものです。
バカなことをやって誰かを笑わしてやろう、と決めてバカをやるのが大好きな私ですが、真剣に考えなければいけないステージで頭も使わずに真性のバカをやって
『私は正しいのだー、だから皆、私に従いなさーい』
などと善人ぶっている人間を見ると、
モーレツに腹がたつのです。
ああ、もう。何でこんな役回りをしなきゃならないんだ!とヤケクソモードのスイッチが入りました。
「もういいよ。補償の事はセンターに話をする。ただ、そっちがそこまで私に理解を押しつけるなら、こっちも言わせてもらっていいでしょうか。
お節介な第三者の意見としてですが」
「はい。何なりと」
「
あんたと、その両親が娘をダメにしている。」
(つづく)
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Posted at
2007/02/22 04:32:19