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Yuckyのブログ一覧

2006年07月10日 イイね!

土・日のこと

分けて書くのも面倒なので全部書いてみましょう。

土曜日

・AM未明 会社の飲み会から帰社。そのまま仕事。
・4時  椅子3つで就寝。いつも2つなので極楽。
・8時  起床。すぐ仕事。
・13時 帰宅。ヨメ逃走。なので子守。(泣)
・16時 ヨメ帰宅。バイク整備。
・17時 娘を実家に預けに行く。
    楽しみにしてるから連れてこいと言ってたのに、
    2台止められる駐車場でオヤジのクルマは、ど真ん中に駐車。
    いやがらせ。鬼畜。
・23時 帰宅中に事件発生。

※深夜の幹線道路のど真ん中で、電気も点けずに止まってる
 軽ワゴンを発見。他車は素通り。
 何か事件の臭いがするなぁ… と、思いつつも、
 濃紺車なので、このままだとクルマが突っ込むと思い、
 声をかけると「バッテリーがあがった。」と。
 救援は呼んだが、1時間かかると困り顔。
 「よし!オレに任せな!」と、路肩に押す。
 こんなこともあろうかと、トランクにあったジャンプコードで
 エンジン始動。
 「さぁ、すぐに行きたまえ!」と言うと、少ないですがと、
 お金を差し出される。
 「なに、困った時はお互い様さ!はっはっは!」と断り、
 最後までダンディを演じる。

日曜日

・1時  汗だくになって帰宅。
    電脳チェックすると、朝集会のお知らせが。
    あと4時間半後。
・4時  結局寝ないで準備をはじめると事件発生。

※土気色の顔を洗い、脱衣所に置いてあったジーンズを履こうと
 するとムカデ出現。
 私は昔、かなり大きなヤツに噛まれて(刺されてではなく)
 半日苦しんだ(家族は笑っていた)経験があるので、放っては
 いけない。子供が刺されたら大変だ。
 隠れたと思うジーンズを慎重に摘んで、隣の風呂場に投げ込む。
 で、シャワー温度を最大にしてぶっかける。
 でも、出てこない。前回の対戦の時、ヤツはエイリアン並の
 生命力だったので、この程度じゃ死んでないかもしれない。
 なので、素手じゃ恐いのでフォークを持ってきてコレで探る。
 しかし、どうしても見つからない。
 もしや、ここにはいないのか?と不安がよぎる。心拍数300。
 そんな時にハエが耳元に飛んできたり、ドアノブにかけてあった
 タオルが袖にあたり、0コンマ0001秒でビッグなリアクション。
 出川並。
 やはりジーンズの中にはいない。もしかして…と横目で脱衣所を
 見ると、うごめく影を発見。血圧ゼロ。
 息を殺して洗濯機上のゴキジェットプロに手を伸ばし、狙いを
 定めてトリガーを引く。直撃。ムカデが棚の裏に転げ落ちると、
 棚を慎重に引き出し、死体の確認をしようとしすると、予期せぬ
 場所からもんどり打ちながら飛び出てきた。心拍数500。
 高レスポンスなリアクションで尾てい骨をドアノブに叩きつけ、
 錯乱した新兵のようにトリガーを引きまくる。
 敵はようやく死亡。よく見るとそんなに大きくなかった。

6時  戦いの終わりと同時に、私の精神力も尽きて爆睡。
14時 息子のシャイニングウィザードで起床。
16時 ヨメ逃走。息子とプロレスごっこ。
   (息子:武藤、私:ストロングマシーン2号役で)
18時 ヨメ帰宅。なので今度は私が逃走。久々にバイクに乗る。
   すんごい速くてビックリしてたら、強い雨が降ってきた。
20時 息子を風呂に入れるついでに髪をバリカンでカット。
21時 息子を寝かしつけてたら、自分も轟沈。
   閉店間際のおもちゃ屋で、面白いものを見つけたら、友人が
   たくさん集まってきて収拾がつかない状態になり、店長に
   迷惑がられるという変な夢を見る。
25時 悪夢から起床。今に至る。
Posted at 2006/07/10 01:31:18 | コメント(4) | トラックバック(1) | 今日のできごと | 日記
2006年07月05日 イイね!

漢なクルマ漫画

漢なクルマ漫画先月、帰宅したら、有野さんから宅急便が届いていた。
タミヤRC30周年のポスターを飾った有野篤さんのサイン入りポスターだった。

有野さんはクルマ雑誌を中心に活躍するイラストレーター。自分の事を「ポンチ絵師」と謙遜するが、私はこの人ほどクルマをおもしろく描ける人を知らない。

作品のほとんどは、クルマも人物もディフォルメされている。いわゆる「マンガ絵」と思う人がいるかもしれないが、実はディフォルメ絵を描くことは、写実な絵をかくことよりはるかに難しいのだ。

写実の場合、見たままに描けばよいわけだが、ディフォルメは、描くものの特長をつかみ、出すトコは出して、引っ込めることは引っ込める。その度合いが大切であり、独特のバランス力が必要なのである。ただただ、がむしゃらに線を引いていれば身に付くものではない。描くものを本当に好きでないとできない。

絵を描かない人の中には、マンガ<写実と考える人も多い。実はプロにもそんな輩がいるが、これは知的怠慢だ。

視覚で捕らえたものを、自らの経験から、全く別のバランスで再構築させる作業は、とんでもなく想像力を必要とする。また、技量の伴わない指先から「奇跡的に生まれるエラー」というものもある。

写実はデジカメとソフトウェアでできるが、マンガはできないのだ。

私が有野さんの作品を知ったのは、「オプション」に載っていた漫画「漢峠(おとことうげ)」。漢な走り屋を目指す「のぶ太」と、走りの師匠である居候のオッサン「ドリえもん」や、その他の楽しい仲間が繰り広げるのは、抱腹絶倒間違いなしのパロディだ。

何だ、この無茶苦茶な面白さは?と驚き、「有野篤」という名前が頭に刻まれた。
その後、別の媒体でたまたま私もイラストを掲載したので、HPに書き込んだのだが、それでメールをやりとりする間柄になった。

どうしてこんなに面白い絵が描けるのかなぁと思ったが、その理由もわかった。

それなりに苦労し、悔し涙を流しながらも「ねじ曲がらないで明るく生きよう」そう決めて頑張る人は「笑い」をもたらすエンターティナーになる。描き手の魂は必ず作品ににじみ出るのだ。

代表作は、少し前までオートスポーツ誌で連載していた「オレ様烈伝」。毎回毎回、名F1ドライバーの半生を面白おかしく描写され、なぜこんなに面白いモノが単行本にならないのかと悔やまれる。

いろいろ面白いマンガはあるが、何度も読み返して笑える作品は少ない。私にとって有野さんの作品は、そんな数少ないマンガの一つに挙げられる。

面白いことに、小さな子供というのは「流行」を知らないはずなのに、人気のあるマンガやテレビには反応する。

ウチの娘や息子も「ポケモン」とか「ちびまる子」を見ると動作がピタリと止んでしまう。

試しに有野さんのポスターを見せたら、二人ともに狂喜乱舞。破かれては困るので慌てて取りあげたが、クルマ好きの息子は号泣する始末。

そんな事を有野さんに伝えるととても喜んでいたが、後日「お子さん用に」とステッカーセットが届いた。

小さなシールとなったクルマのイラストをまじまじと見ると、有野さんの優しさ、おおらかさを感じ取る事ができる。

そういう心の大きさが、他人を幸せな気分にさせる作品を生み出すのだろう。


有野さんのHPはこちら
Posted at 2006/07/05 02:15:12 | コメント(5) | トラックバック(1) | たのしいじだうしゃ | 日記
2006年07月04日 イイね!

追悼

マン島ツーリストトロフィーというレースがある。
イギリスのど真ん中にある小さな島で行われるこのレースは、かつてオートバイレースの最高峰と呼ばれ、Honda・Motorcycleが世界への一歩を踏み出したステージでもあった。

一周60キロの公道が、電信柱もあれば石垣の壁もあり。もちろん、特殊舗装などもされていない。昔は平均時速が160km/hを超えると「オーバー・ザ・トン」と称えられたが、パワーウェイトレシオが1を切る現代のスーパーバイクが全開で走れば200km/hを超える。

クローズドコースでいくら速くても、マン島で勝つことはできないと言われている。荒れたコースの隅から隅まで知り尽くし、暴れる車体を押さえ込みながら、石垣のウォールに全開で突っ込んでいくような、そういう走りをしなければ勝つことはできない。

このレースに参加していた前田淳選手が亡くなった。80年代後半から国内でかなりの速さを見せつけながらも、アマチュアにこだわり、1度引退したものの、数年前から再びマン島で走り、シングルフィニッシュを何度も決めていた。日本人で、いや世界でも指折りの「行動最速ライダー」だった。

現代のモータースポーツは資金と政治力が全てである。そんな中で困難を乗り越えながらマン島にチャレンジする前田選手の姿は、私にとっては興味深いものであり、密かに応援していた。

エスケープゾーンもろくにない公道でレースをすることの是非はともかく、きっと彼は何事もなく今年もマン島を好成績を残してくるのだろう、と普通に思っていた。

事故があったその日、石原都知事がマン島を視察していたというニュースが流れた。噂では三宅島TTレースという計画があるとかないとか。

前田選手も少し映った。
別に喜んでいる様子もなく「オレはレースをやりに来ているんだ。」と精悍な顔つきを見せていた。

それが私の見た前田選手の最後の姿になってしまった。

なぜ三宅島復興のためにTTレースをするのか、私にはその意味がわからない。

前田選手も、それを望んでいたのかはわからない。

彼らが走っているのは、そんな理由じゃないはずだ。
オートバイに乗っている私だって、彼らの聖域には入り込むことはできない。

命をかけてやっているようなことに、命をかけずにノコノコやってきて、それで一番うまい汁を吸おうなんてのはゲス野郎のやることだ。


前田選手のご冥福をお祈りします。

でも、私にとってはあまりにも悲しすぎる出来事でした。
Posted at 2006/07/04 02:22:24 | コメント(5) | トラックバック(0) | ニリンのヒトリゴト | 日記
2006年07月01日 イイね!

The X 「Honda CBX」

The X  「Honda CBX」小雨が降りしきる休日。しばらく顔を出していなかった主治医の所に顔を出しに行くと、、珍しいオートバイがあった。

「CBX」

中型免許を取りに行った20年前、教習車輌のほとんどがCBXだった。教習で散々乗ったのだから、免許が取れたら別のオートバイに乗りそうなものだが、なぜかCBXは人気が高く、初めての愛車にそれを望む友人も少なくなかった。

その数年後「アレはCBXではない。」とCBXに乗っていた友人が言ったのを覚えている。

どういう事かというと、私が教習所で乗っていたのは「CBX400F」であって、「CBX」というのは自分の乗っている1000ccだと言うのだ。

「Honda CBX」。

Honda並列エンジン系の称号である「CB」の頂点に君臨していたリッターマシン。前代未聞の空冷並列6気筒24バルブ、6連装のCVキャブで100馬力以上をたたき出した。

その友人は、中学に入るか入らないかという時、目の前を颯爽と駆け抜けたオートバイに目を奪われた。それがCBXだったそうだ。そして十数年後、ついに彼は長年の憧れを手に入れた。

‘90の当時は空冷マルチブームで、ZやCB、GSXなどの「空冷4発」が流行り、私たちもそれに便乗した。その中でも彼の真っ赤なCBXは独特のオーラを放っていた。ガソリンタンクはCBシリーズとは思えないほど幅広く、さらにその幅に収まりきらないシリンダーブロックが張り出している。

同時期の空冷4発が「ギュギュギューン!」と回るのに対し、CBXは「ホワーンッ!」と軽く吹き上がる。Honda独特の太いタコ針がピョンピョンと跳ね上がる様は驚きを通り越し、フラッグシップなのにずいぶんケイハクだなぁ、とすら思ったほどだ。

ワインディングに響くサウンドは素晴らしいの一言に尽きた。姿が見えなければ、一体どんなレトロ・スポーツカーが走っているのだろう、と間違える人もいた。

しかし、口の悪い評論家からは「ダイヤモンドを新聞紙で包んで売っているようなモノ」とまで酷評されている。フレームはアンダーパイプを持たないダイヤモンド・タイプで、クソ重い6発を押さえ込むには役不足なのだ。ただそれは高速・高荷重域の話であって、ツーリングのレベルでは問題ない。

馬鹿でかいエンジンのおかげで重そうに見えるが、実際はそれほどでもない。ハンドリングも軽く、誰でも乗れる。ジュラルミンパーツを多用し、少しでも軽くしようとしているのだ。アンダーフレーム省略も軽量化のためかもしれないが、シリンダーを寝かせてヘッド廻りを冷やさねばならないものの(そうしないと長いカムやプラグが冷えない)、ホイールベースを延ばして運動性が下がるのを嫌ったからだろう。

だからCBXはパッケージ的に破綻しているオートバイだ。それを示すように、Hondaのフラッグシップとして残ることは許されなかった。ビッグスポーツとしてはバランスの良い4気筒に、ツアラーの座は水平対向水冷のGLシリーズが適役だった。

件の彼はCBXを維持することができず、2年も経たないうちに水冷のスポーツツアラーに乗り換えた。周囲がハイパワーモデルに買い換えて、ツーリングの度に口惜しい思いをすることも原因だったが、買ったバイク屋にベンツを維持するくらいカネがかかるよ、と脅されての惜売だった。(実際はそんな事はない)その後、結婚して子供も2人生まれ、仕事も忙しくなったので代替車も処分し、気がつくと10年以上の月日が経っていた。

私は彼に連絡をした。

買う、買わないは別として、CBXに乗ってみないか?と。

彼は少し迷ったが、店にやってきた。
その顔は、冷静を装っているものの紅潮し、初めてデートする小学生のような表情を浮かべていた。かつての愛車と同じワインレッド。ゆっくりと慎重に、そして味わうかのように跨り、トップブリッジに伏せてみせた。十数年前の過去と現在がシンクロした瞬間だった。

小雨の降る中、彼は少し長めの試乗を終えて帰ってきた。言葉は少なかったが「もの凄く気持ちがよかった!」と言った時の顔は、日々の仕事に疲れ切っているそれではなかった。

私も十数年ぶりにCBXをライディングした。

BIG・CBシリーズはK3、FZ、R、SF1000/1300、と一通り乗ったが、CBXはそのどれとも違うのだ。Hondaは模範のようなオートバイばかりを作るメーカーだが、もう一つの顔である「狂気」を感じるモデルも数台ある。CBXはその中の一つだ。当時の4気筒ライバル車と比較しても、やはり別物なのだ。

街道をちょっと開け気味で走る。シールド越しの視界とは別に、自らが走っている姿を思い浮かべることができる。それは最高のオートバイの証だ。

170馬力もあるようなレプリカにも道を譲らない「ヤングのビッグスクーター」が慌てて路肩に寄っていった。信号待ちでも、周囲から視線を感じる。

「何だアレ?」、「すげぇ!」

驚嘆の声も聞こえてきそう。思わず、クラッチミートに気合いも入る。

渋滞を抜け、バイパスに入る。このシルキー、いやセクシー・シックスの本気を味わうためだ。合流の登り勾配。2速3,000rpmからスロットルを捻り上げる。慌て出すフレームにもお構いなしに、巨大なシリンダーが自らを前方の大気の壁にぶち当て、めきめきと突き破っていこうと喚き散らす。150psの水冷のように、背骨を抜かれるような恐怖感はないものの、速い。

タコメーターの針が視界の隅でぐんぐんと跳ね上がり、右に倒れ込んでゆく。

この時の音。

雄々しいとはまさにこのことだ。

左右の防音壁に跳ね返り、サラウンドで炸裂するエキゾースト・ノートは鼓膜以外の所に反応し、思わず口元が弛む。

「クソッ!コイツはシビレるッ!」

レッドゾーンに入ろうかという回転域でも、120度間隔でクランクを押し下げるinline-6はまだ回ろうとする。ギアを掻き上げ、さらにトルクをかけてゆく。轟々と車体を突進させ、ブレーキをかけることすら一瞬忘れさせる。

この手のオートバイは、レプリカにも、アメリカンにも、水冷ツアラーにもない魅力がある。

それは「単車」というテイスト。

世の中じゃ「ちょいワルオヤジ」なんてのが流行っているそうだが、オイルのシミもないような新品のハーレーを転がしていても、所詮「ちょいワル調」に過ぎない。

こういう「単車」を普通に転がしてこそ本物だ。

残念ながら、このCBXは一足先に売れてしまい、友人の手に渡ることはなかった。
しかし、彼の心の中で、何かくすぶっていたものに火がついたかもしれない。

「CBX」。私も今後乗る機会はないかもしれない。
今後、こんな狂気沙汰のモデルはホンダどころか、どこのメーカーだって作らないだろう。コストと効率と安全でガンジガラメになっているからだ。

しかし、あの時代はこういう狂気が許されたからこそHondaを始めとした日本車は強かったのではないか?

低迷するF-1のHondaワークスなんかを見ていると、そう思うのだ。
Posted at 2006/07/01 00:54:58 | コメント(5) | トラックバック(0) | ニリンのヒトリゴト | 日記

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「[整備] #ユーノス500 エアコン故障!自分で修理できんのか!? https://minkara.carview.co.jp/userid/107616/car/19853/7492121/note.aspx
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