
佐渡島を出港してから2時間。
新潟の街が見えて来ました。「高いビル」がなんだかとても懐かしい感じです。佐渡島の滞在はたったの5日だったんですけどね。
さてさて、今日は長岡花火大会を目当てに、のんびり寄り道しながら長岡の友人宅を目指します。
港内に入ると、新日本海フェリーにご対面。頭が垂直に切り立っている新造船「あざれあ」ですね。
う〜ん、いつかはトレーラーを牽いてあれに乗り、北海道を周りたいものです。そのために…新トレーラーは全長7m以下のものを選んだんですから。(全長7m以上のトレーラーは「貨物扱い」となり料金が跳ね上がるんです。)
さて、「新潟の旅」第二弾が始まります!
下船後、早速やって来たのは「道の駅・新潟ふるさと村」。新潟港からはほんの15分程のところにあります。
いやはや、この道の駅、すごいですよ!
新潟の特産品や伝統工芸品を取り揃えたお土産屋さんや郷土料理を味わえる飲食店街のが入った「バザール館」、明治から昭和にかけての新潟の歴史を体験して学べる「アピール館」、そして花の公園やアスレチック広場などまで揃っていて、テーマパークのよう。
この日お世話になる長岡の友達から、「昼間はどこに行ってたの?」と聞かれ、「新潟ふるさと村、って知ってる?」と奥さんが答えたら、「新潟県民でふるさと村を知らない人はいないよ。」と言われたそうです。
こちらはバザール館。
特に魚介類が豊富。「トレーラーを牽いて来てたら、冷蔵庫に入れて持って帰りたい!」って、指を加えて眺めてしまいました。
おっ!発見!
阿部辛製菓の柿の種、神楽南蛮味噌味とかんずり味で、奥さんの好物です。
両実家へのお土産をここでゲットすることができました。
さてさて、こちらはフラワーパーク。
見事に花が咲き乱れていました。
しかし、
子ども達はこっちに夢中。
ここで、お魚釣りは禁止ですよ!
こちらはアスレチック広場。
冷房完備のアスレチックなんて素晴らしい!(って、軟弱?)
そして、こちらがアピール館。
相変わらず、お魚観賞を楽しみ、
雪遊びを満喫しました。(大げさ?)
展示はフロア毎に時代が区分されています。写真なんか貴重だったであろう、昔のショットや資料が並んでおり、大人がもっとゆっくり見て周りたいところでした。
それにしても、本当に…雪国の暮らしって大変だな、と改めて感じさせられたのでした。
さて、2時間近くを過ごした「道の駅・新潟ふるさと村」を出発して、給油。
神奈川→新潟港(370km)+佐渡島内(350km)=720km
無給油で700kmオーバーは初めてかも!
そして、国道8号線をゆったりと走って長岡市に入り、奥さんの友人宅に到着しました。
さっそく、プールを準備してくれて、水遊びを満喫する子ども達。
案の定?
長女はなかなか友達の輪に入れず、しばらく外から眺めていましたよ…。こういうとき、次女はなんの躊躇もなく溶け込めるんですよね。この写真は、長女が「やっと」一緒に遊べるようになった時の様子です。(笑)
ちなみに、こちらのファミリーとは昨年の夏も裏磐梯の曽原湖オートキャンプ場で一緒にキャンプを楽しんだんです。(新潟から裏磐梯って、高速で1本だから意外と近いんですよね。)
娘達は一緒にキャンプをした「友達」のことを覚えていたかちょっと微妙でしたが、歳が近いこともあってすぐに仲良しに。この後もずっと子ども達だけで遊んでいてくれ、大人達はゆったりと会話を楽しむことができました。(「怖いもの知らず」の次女が階段から落ちる事件は発生しましたが…)
こちらは、ここの旦那さんがDIYで作ったブランコ。
この後しばらく、長女からは「○ーちゃんのお家にもブランコ作って。」とせがまれるようになってしまいました。う〜ん、作れなくもないかな。太い梁が通っている天井を探してみるかなぁ。
このお家のブランコはむき出しの階段に結びつけていました。ここをブランコにしてしまうとは、いいアイディアですね!
さて、夕ご飯を頂くことになりました。
仲良し軍団になれた子ども達は「子どもテーブルで」。リビングにある、この掘りごたつ式テーブルも旦那さんのDIYなのだとか。すごいなぁ〜!
今日のメニューは焼き肉です。
旦那さんが庭でせっせと肉を焼いてリビングに届けてくれました。
「これをやりたかったから、ウッドデッキを作ったんです。」とのこと。
私もDIY大好きなので、興味津々に家の中を隅々まで眺めてしまいました。
ちなみに、こちらのご家庭。夫婦共働きで平日はとても忙しく、平日は朝4時半に起床し、奥さんは掃除、洗濯。旦那さんは朝食と子どものお弁当作り。そして、6時には子どもを起してみんなで朝食なんだそうです。食事は朝も夜も旦那さんの担当なのだとか。もう、脱帽です。
そんなこんなで、美味しく焼き肉を頂いていたら、遠くから花火の音が聞こえてきました。
「始まったね。」
と食事の片付けをして、車2台で花火見物へ。始まってから移動を開始するなんて…さすが地元民。「余裕」ですね。(笑)
長岡花火大会を見に来たのはこれで2回目です。前回は4年前。私達にはまだ子どもがいない頃でした。
その時、この友人は長岡駅近くのマンションに住んでいたので、マンションの屋上という「特等席」で花火見物をさせてもらったのですが、今回は一戸建てに引っ越しされていたので、その特等席はなくなってしまいました。
けれど、やっぱり地元の方です。
花火が始まってから家を出発しても、車を停められ、芝生の上に寝転がりながら「長岡花火」を見物できるような場所を知っているんですから。
長岡花火のすごいところ。
もちろん、たくさんあると思いますが、その一つは、花火と音楽を共演させてしまうところだと思います。しかも、その音楽や解説をFM放送で流してしまうなんて、すごいアイディアですよね。
花火見物をしていると、周りにいる人はみんな必ずラジオをつけています。なので、音楽がどこからともなく自然に聞こえてくるんです。
「長岡花火は祈りの花火」なのだとか。
昭和20年8月1日に大きな被害を受けた長岡空襲から復興するために始まった長岡花火。
そして、中越大地震からの復興を祈願して始まったフェニックス(不死鳥)。平原綾香さんの「Jupiter」に合わせ、2km以上の幅で連続して打ち上げられる花火のスケールには言葉を失います。
ネット等に投稿されているコメントを読むと、「フェニックスを見て涙を流した」という話が多いのだけれど、本当に本当に涙腺が緩んでしまうんですよね。これが。
フェニックスの映像はYouTubeにもたくさん投稿されているようなので、気になる方はぜひ見てみて下さい。「長岡花火大会 フェニックス」で簡単に見つかりますよ!
そして、花火大会の最後にもう1つ感動させられることが…
FM放送でアナウンサーが「花火師さん、スタッフのみなさん、ありがとー!」と叫ぶと、それに合わせて、花火を見ていた観客がみんないっせいにスマホや懐中電灯を空に向けて振るんです。そうすると、「こんなに人がいたの???」ってビックリするほど、目の前の暗闇が光の海になるんですよね。
これだけたくさんの人が、それぞれの様々な想いを胸に、この花火を眺めていたのか。
そう思うと再び涙腺が緩んでしまうのでした。
こんな感動を味わせてくれた、長岡の友人に感謝です。
翌日も友人夫婦は4時半に起床。そして私達の朝食まで用意して下さり、6時にみんなでご飯を頂きました。そして、出勤を見送り、私達は神奈川への帰路につきました。
佐渡島4泊+長岡1泊=計5泊6日の新潟の旅。
最後の最後までお腹いっぱいでした。お世話になった方々、本当に本当にありがとうございました。
(完)
<備忘録>
長岡8:30→(国道8号)→越後湯沢10:20/10:40→(関越道)→高坂SA12:10/12:30→自宅13:45