
S1000R 下地の状態が整ったようなので、いよいよ最終調整です。
電子制御ダンパーのおかげか、乗り心地は不思議と悪くなかったのですが、
前後ともサスペンションのストローク感がなく、直線以外では怖くてスロットルを開けられない状態で、まるで猛獣にやっとのことでまたがっているような感覚でした。
(いかにもスーパーバイク的非日常体験、と納得してしまう御仁もおられるかもしれません)
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【セミアクティブサスペンション】
日本仕様のS1000Rは「DDC」(ダイナミックダンピングコントロール)というセミアクティブサスペンション(ダンパー)ゆえ、前後とも減衰力を任意に設定することができません。
大まかに結論だけ述べてしまうと、走行状況と選択した走行モードに応じて瞬間的に(1/1000秒対応だそうな)制御してくれるので、
任意のスプリングプリロード調整に応じた(BMW おすすめの)減衰力が、試行錯誤せずとも得られることになります。
(ステアリングダンパーは関連して制御されない(調整機能もない)ので念のため)
すなわち、前後とも対辺14mmのレンチさえあれば、ばねと減衰力のバランスを考える必要なく、荷重に対するストロークに着目して、好みの動き・姿勢・荷重移動を探ることができる実用性の高いシステムで、相当高価な装備と思われます。オーナー諸氏は大いに活用すべきです。
(説明書や資料を読んでも、BMWの説明の仕方では実用上のメリットを想起できるような具体性に欠けているように思えます。良ければ顧客目線でコンサルティングしますよ(笑))
【現状確認】
二輪車の場合、明らかな故障がない限り、一般的にリヤサスペンションから調整します。
赤いスプリングの上にある油圧シリンダーで、任意にスプリングプリロード(初期荷重)を加減できるようになっています。
大まかにいうと、締めこめば同じ荷重での沈みこむストロークが減ります(=高荷重対応シフトになる)。誤解している向きも多いですが、バネレート(ばねの反発力)自体は変わりません。
(いわゆる四輪でいう「車高調整式」ですが、これは言葉の使い方が間違っていて単なる「プリロード調整機能付き」にすぎません。車高調整を目的とするならプリロードを変えずに寸法だけを調整できないといけません)
ものさしの右に見える六角頭がプリロード調整ノブ(ナット)です。
最弱(左に目一杯回した状態)から12と1/2回転締めこまれていました。
スプリング上端からシリンダー可動部下端の距離は目盛りで17.5mm(実寸21.5mm)の辺りです。
(特にこの数値に意味はなく、あくまで現状位置と調整量の確認・管理が目的です)
取扱説明書には初期設定値の記載はなく、車両自重のみの状態に比して、運転者が乗車した状態で、フロントはフォークストローク量で6~10mm、
リヤはアクスルの上下ストローク量で20~24mmとなるよう、積極的に運転者に合わせて初期値を出すよう求められています(納車時の整備者側の仕事と思いますが、やったのかどうか…)。
※但し、最重視すべきは動的な前後車高バランスや車両姿勢、ストローク量に基づくコントロール性の高さと安心感で、静的なアライメントはそれを得るための開始点・一目安に過ぎないと思います。
実際の初期および走行中のストローク量は測定していませんが、ほとんど動いていないようなので、ひとまず体感に基づいて調整してみたいと思います(オーナーに引渡しの際には、跨ってもらい測定してみるつもりです)。
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【プリロード再設定】
下の写真は仮のプリロードを設定し直したところ。くぼんだ部分の溝から上の部分の見え方が違います。
サスペンション作動量を増やす目的で、最弱から8回転締めこみとしてみました。
先と同じ基準の測定で、ものさし目盛りでは15mm(実測19mm)。
車両自重のみの状態で、リヤショック長で2.5mmほど短縮。運転者の重量が加わった際は後ろの車高がさらに下がります。
(当初最弱から6回転(調整前の半分)としてみたところ、自重で溝が見えないほど沈み込んだ状態だったので2回転締め増しした)

ばねと減衰力のバランスを見る際は、車両を立てた状態でシートを押してサスペンションを沈ませ、手を離した際の戻る速度でおよその目安としますが、走行によって随時フィードバックや補正が掛かるようで、前回の走行状態(ストローク僅少)が減衰力の初期値になっているのか戻りは遅めでしたが、走行開始で即変化するものと予想してひとまず試乗してみましょう。どれくらい変化があるのか、期待半分不安半分です。
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【試運転 ― 操縦性の明らかな変化 ―】
跨ろうとすると、明らかにシートが低くなっています。
跨った際の沈み込みも増えていて、バイクを小さく感じます。比較的小柄なオーナーには二重の朗報と思います。
走りだすとすぐに、前輪の舵角の入り方がスムーズで自然になっていることに気づきました。
ステアリングダンパーによる舵角遅れの違和感も大幅に減っています。
後下がりで曲がらない印象など微塵もなし。結果として僅かでも増えたキャスターアクションが舵角レスポンスに作用しているのかもしれません。
巷で言われるような「前傾姿勢=運動性重視」などと単純に答えが出るようなものではありません。
高荷重前提のサーキット用車両をそのまま道路に持ち出しても、「動きは重く、舵角はつかず、フラフラとインに寄っていくだけで、曲がらず開けられない」場合も少なからずあるでしょうね。
整備前の、常にバイクと対峙し続けさせられるような気を抜けない緊張感とは打って変わって、
共同作業ができる安心感というか人車一体感が出てきました。
左折時など、教習所のバイクのようなフレンドリーさすら感じられ、同じ車両とは思えない変貌ぶり!
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【フロントサスペンションの調整】
主となる後輪側の動きが良くなった分、今度は前輪側の突っ張り感が気になってきました。
右フォーク上端の調整ノブ(ナット=黒い部分)を最弱まで弛めてみると、意外にも、1と1/3回転(締めこみ量は1mm程度)締めこまれていただけでした(下の写真は調整前)。
そのまま最弱で試乗してみると、制動時に少しですがノーズダイブ(フォークの沈み込み)を感じられるようになりました。加減速時の姿勢変化を少しでも感じられるようになり、リーン開始と同時に車体の向きが変わり始めるのも体感できます。低速(微速)での安定感も増したようです。
プリロード設定などによるサスペンションストローク量やストローク速度、車速や各方向への加速度、前後左右の姿勢変化などを総合して、DDCが状況に合わせて減衰力を常に調整しているのが想像できます。
視界の限られた夜間の試乗、遠慮がちにしか走らせられないのでひとまず中断。
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【経験したことのない異次元の操縦性(旋回特性)】
翌日昼休み、再度テストコースに繰り出し、好印象は変わらず。
そこで欲をかいて、安定感が増した分、もう3/4回転ほどリヤスプリングを締めこんでみたところ、
かつて経験ないほどバイクが曲がり込もうとする動きにビックリ!
「前輪が想像以上に切れ込む」などの低次元・未完成なものではなく、体感的には、前後輪が同時に進路を変え始めるような、強烈な曲がり方です。
曲がるきっかけさえ掴めれば、あとは好きなだけスロットルを開けていけそうです。
速度を乗せたまま曲がりこんでいくコーナーなどはライン取りの自由度が格段に上がっていて、数段上達したような錯覚をしてしまいそうでした。
これならばエンジン制御の「ダイナミックモード」(非常に猛々しい)も”戦闘力”として使えるかもしれません。
ただし、交差点左折など低速では想像(先入観)以上に向きが変わる感覚です。
筆者が整備・調整前の状態に感じたのとは逆の意味で「怖くて乗れない」印象をオーナーが受けるかもしれません(笑)
慣れるまでは先ほどまでの設定にしておいた方が良さそうで、戻しました。
ひとまずこれをベースセッティングとして引き渡そうと思います。
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【総括 ― 並外れた技術追求の社風は不変。サスペンションを活かせる車体の重要性 ― 】
ある筋からは「あえていじりにくく作っているのではないか?」との声を聞いていたBMWモーターサイクル、
S1000系はレース対応車種からの派生ということもあるのか、整備性は決して悪くないと感じた。
初めて乗った時の印象の悪さからは想像できないほど、整備・調整後のフレンドリーで限界知らずのような変貌ぶりには心底驚かされた。ステージを選ばない「公道最速」の称号も頷ける。
前後ブレーキを除けば、決定的な不調箇所は無かった気がするが、
やはりステアリングステム、スイングアームピボット、前後アクスル、エンジンマウントといった箇所の締付トルク・クリアランス管理と、フロントフォークの平行度、キャリパーピストンの作動性といった組み付け状態や手入れ(=チューニング(調律))の重要性をあらためて認識した。
前後サスペンション調整による変化の大きさは、きちんと作動できる状態の下地があって初めて活用できるもので、いくら自動調整機能のあるサスペンションとはいえ、小手先の調整だけで魔法のような問題解決はあり得ないであろう。
気難しさが微塵もなく、それでいて圧倒的な凶暴性すら感じさせるパワーユニット、
高荷重対応の足回りをいかようにも活かせる優れた車体づくりやそれらの統合力に、
BMWの技術水準や先進性の高さといった、裏付けのある付加価値の高さをあらためて知ることができた。
あえてワイルドさを演出するような乗車姿勢(必要以上に張り出したハンドルバー、フットペグ)には、走行性能追求を妨げるような商業的要素(トレンド追従)も漂うが、
対価に見合う、所有自体を大いに誇りに思えるであろう超高性能車であり、手軽にできるサスペンション調整機能(最適値を見つけにくい減衰力調整が一切不要)を大いに生かして、オーナーには変化を感じるセンサーを磨き、自分に合ったセッティングを見つけ出して真髄を味わってほしい。
近年のBMWモーターサイクルには、「孤高の存在」というよりも、親しみやすい高性能を売りにした高級量販ブランド的なイメージを持っている向きも多いと思うが、
昔と同様、熱心な愛好者の期待をさらに上回るほどの、特に見えない部分である意味常軌を逸するほどの独自性や性能追及の熱意は変わっていないと確信し、あらためてリスペクトを強くした。
その点、ディーラー整備工場には、ユーザー目線(実際に入庫車両を試乗してオーナーの要求の真意をくみ取るなど)での、高性能を「ユーザー自身が活かせる状態を維持する」高いレベルの対応を求めたい。それこそがユーザー、取り扱い車両メーカー双方へのリスペクトを表すことになるのではありませんか?
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嬉しい驚きで、思わぬ長文となりました。
まだまだ試行錯誤の連続ながら、今回の整備・調整が助けとなれば幸いです。