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川瀞庵の庵主のブログ一覧

2023年05月26日 イイね!

北相模総鎮守の別当寺

北相模総鎮守の別当寺武相卯年観音霊場 第三十番 白瀧山

高厳寺 です。

相模原市中央区にある云われのよく解らないお寺です。

南部山南覚院縁起によると、

創建不祥、上溝堂ケ谷戸に南蔵院南部山高厳寺有り。

正応二年(1288年)に南部山高厳寺に南覚院遷化とあり。

村社八幡宮は、康永二年(1343年)に社建と地元の家の古文書「高橋道覚覚書」に書かれている。

この村社は上溝八幡宮で、この別当になる。とある。

別当寺=神仏習合説に基づいた神社の管理に当たる寺のこと。



この後、室町時代の関東は応仁の乱よりも早く戦国時代に突入したので、

大永五年(1525年)権僧都円重の代にお社出来と有り、
文禄四年(1596年)康永二年より二百五十三年後の時に宮再興、願主南蔵坊慶高

などとあるのみです。

延宝八年(1680年)八幡宮拝殿建造願主南蔵坊玄山、
元禄五年(1692年)南覚院玄山導師神道を修める
宝暦三年(1753年)社殿・拝殿・末社などの修繕、別当寛祐の尽力によるとあり、

以前より村社八幡宮は、別当寺南覚院の所有となっている。


はたまた、南部山高厳寺は、宝暦九年(1759年)の武相観音霊場巡りの創建に参画して、山号を「観音様縁起」のいわれの白瀧山に改名したと言う。

そして結局廃仏毀釈令により、南部山南覚院が廃寺となってしまったので、この記録を残すために文久三年(1865年)に南部山南覚院の石柱が建てられたとあり、なにがどうなったかは煩雑です。

明治二年、村社上溝八幡宮は、亀ケ池八幡宮と改名され(これが北相模総鎮守)、明治の末期には南部山高厳寺観音堂は、現地に移され、 

で、結局今は、上溝元町自治会館の改築に併せて観音堂が現在の形になったという。



観音様はというと、奈良・平安時代のものだといわれており、なるほどそんな気もしますが、観音様の世話人がご開扉をやっているので、お寺自体は名前だけ残っている感じです。








Posted at 2023/05/26 21:43:57 | コメント(0) | トラックバック(0) | 観世音菩薩霊場巡礼 | 日記
2023年05月25日 イイね!

片倉城主ゆらいの名刹

片倉城主ゆらいの名刹武相卯年観音霊場 第十八番 龍雲山

高乘寺 曹洞宗です。

応永元年(1394年)法光圓融禅師 峻扇令山大和尚によって開基されました。

その後、現在の地に移築され臨済宗から曹洞宗に改宗を経て、永正二年(1505年)通庵浩達大和尚によって改めて開山しました。

開創に関して、当時の片倉城主永井大膳太夫髙乘公が深く関わっており、寺名はここから採っています。



当寺は、三多摩の曹洞宗の名刹で、多摩八大寺の一つに数えられています。

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本堂に隣接する大慈閣には、観音像が奉られていますが、京都の古仏商から買って集めた三十三体観音像が安置されています。

この三十三間体観音像が秘仏で、卯年のご開扉の時にしか見られないようです。

正面にあるご仏前の十一面観音は、いつでも見られるのかな?

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見にくいかもしれませんが、龍の上には、片倉城主の家紋、毛利氏と同じ家紋がw

また、高尾霊園になっており忌野清志郎のお墓があるそうです。

今回も、観音様メインなので、霊園の方は行きませんでした。




Posted at 2023/05/25 20:43:28 | コメント(0) | トラックバック(0) | 観世音菩薩霊場巡礼 | 日記
2023年05月24日 イイね!

関東十八代官家 設楽家の菩提寺

関東十八代官家 設楽家の菩提寺武相卯年観音霊場 第二十三番 聚林山

興福寺 曹洞宗です。

天正八年(1580年)雨宮秀徳の開基。

山号・院号・寺号は、秀徳と弟夫妻の戒名から採っている。

慶長二年(1597年)に、相模国愛甲郡小野村(現厚木市)の龍鳳寺の末寺になっている。

江戸時代は、関東十八人代官の一つ設楽氏の菩提寺で、設楽家三代の墓もある。

山門は、設楽代官家の旧門との説明のあるものもネットで出てきますが、意識していなかったので、よくわかりません。
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今回は観音様のご開扉なので、観音様メインで見たのでお墓は見ていないです。

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池には鯉がおよいでいます。

小さな水車もw

本尊の写真は、eitaikuyou.net/tokyo/kofukujiのスライドショーが見易いかな?

建物、庭は↓(ここのお寺も寺院葬なるものをしているそうです)

Posted at 2023/05/24 20:33:14 | コメント(0) | トラックバック(0) | 観世音菩薩霊場巡礼 | 日記
2023年05月23日 イイね!

万葉公園に隣接するお寺

万葉公園に隣接するお寺武相卯年観音霊場 第二十二番 常光山

真覚寺 真言宗智山派です。

寺伝によれば、鎌倉時代中期の文暦元年(1234年)に創建されたと云われている。

応永十八年(1411年)長山修理亮忠好が中興開基となり、隆源が観音堂を創建。

明暦四年(万治元年・1658年)に鐘楼堂、嘉永五年(1853年)に本堂が建立された。

金銅薬師如来倚像(奈良時代前期)は、八王子市の有形文化財に指定されており、八王子市博物館に寄贈されている。

また心字池は、小比企丘陵の北側斜面からしみだした湧き水によって潤っています。

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シャア専用観音堂

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心字池は菖蒲がキレイなのかな?

蛙合戦の言い伝えの旧地として、市指定史跡になっています。

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幼稚園児がお散歩に来ていました。

今度は、万葉公園や八王子湧水めぐりにも行ってみたいです。

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検索するとスライドショーがみられますが、心字池はありません。






Posted at 2023/05/23 20:40:11 | コメント(0) | トラックバック(0) | 観世音菩薩霊場巡礼 | 日記
2023年05月22日 イイね!

甲州街道沿いのお寺

甲州街道沿いのお寺武相卯年観音霊場 第二十一番 祥雲山

長安寺 曹洞宗です。

甲州街道沿いに建っているので、本堂は北向に建っています。

陽山嶺暾大和尚を開山として創建、創建の年代は寛永3年(1626年)と云われているが、定かではない。

寺名から、八王子宿の整備に尽力した大久保長安が関係していると思われるが、これも定かではない。

さらに、葵の御紋をあげているが、これも経緯は判っていない。

本堂に至る敷石は、昭和の初めに八王子を走っていた路面電車「武蔵中央電気鉄道」の敷石だと伝えられている。

ここも、検索するとスライドショーがみられます。







Posted at 2023/05/22 20:26:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | 観世音菩薩霊場巡礼 | 日記

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「光岡のM55がかっこいいと思う」
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74式戦車と同じ年です 相模川の瀞庵の庵主で、日本文化の継承をしています 三増峠(信玄道) 戦車道路 行幸道路 大山街道等をうろついて...
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