白河小峰城(白河市)
丹羽長重が大改修した白河小峰城
2007年07月17日

白河小峰城は単に、白河城と呼ばれたり、小峰城と呼ぶこともあります。日本100名城の一つで、盛岡城、会津若松城とともに東北三名城の一つにも数えられています。
白河小峰城は、南北朝時代の興国元年(1340)年に、結城親朝が小峰ヶ岡に城を構えて小峰城と名づけたのが始まりとされています。その後、白川結城氏の分家小峰氏の居城でしたが天正18(1590)年に白河結城氏が豊臣秀吉の奥州仕置により改易されると、蒲生氏、上杉氏などの支城となりました。
寛永4(1627)年、丹羽長重が10万石で棚倉城から移封されると、幕命により寛永6(1629)年より城郭の大改築に着手し、4年の歳月を費やして寛永9(1632)年に近世城郭としての姿を完成させました。
その後丹羽氏、榊原氏、本多氏、奥平松平氏、越前松平氏、久松松平氏、阿部氏と七家二十一代の城主の交代がありましたが慶応3(1867)年最後の阿部氏が棚倉に移封された後、白河藩は天領となり城郭は二本松藩丹羽氏の預かるところとなりました。
戊辰戦争では、奥羽越列藩同盟軍と新政府軍との激しい攻防の舞台となり、慶応4(1868)年5月1日、大半を焼失し落城しました。
その後、城跡には曲輪・土塁・石垣・水堀を残すのみとなりましたが、平成3(1991)年に本丸跡に三重櫓(天守に相当)が、平成6(1994)年に前御門が当時の史料に基づいて復元されました。戊辰戦争の激戦地となった松並稲荷山の杉を使って復元をしており、中に入り柱や床板、腰板などを見ると弾傷が確認でき、当時の痕跡を見ることができます。
平成18(2006)年、日本100名城に選定されています。
平成25(2013)年の大河ドラマ「八重の桜」の第23回「会津を救え」の「八重の桜紀行」で紹介されました。
平成23(2011)年3月11日に発生した東日本大震災により、石垣、曲輪などが崩壊したため、秋から修復工事が行われ平成27(2015)年4月から入城可能となりました。
平成31(2019)年4月、鈴木和夫市長が城山公園で石垣修復の完了を宣言しました。なお、帯曲輪にあった白河バラ園は閉園となりました。
その後も本丸周辺の「史跡整備事業」を進めており、旧バラ園である帯曲輪の園路整備と、水懸口(みずかけぐち)北面石垣の修復が行われています。
開館時間 4月〜10月 9:30〜17:00
11月〜3月 9:30〜16:00
定休日 年末年始(12/29~1/3)
料金 無料
H19.6.29
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R2.12.26(写真差し替え)
住所: 福島県白河市郭内
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