成羽陣屋〔山崎氏御殿〕(高梁市・旧成羽町)
丸亀城の高石垣を築いた山崎氏の御殿・成羽陣屋
2007年12月01日
成羽陣屋〔山崎氏御殿〕は、万治元(1658)年にこの地に入った山崎豊治(5千石、旗本交替寄合格)が築き、以後11代210年の間、明治維新までこの地を治めました。
山崎氏は山崎家治が元和3(1617)年にも3万石で入封し、鶴首城の麓に御殿を構えましたが、寛永16(1638)年に肥後天草に移封後、讃岐丸亀に移封されました。その後山崎氏は治頼の時代に嗣子が無く改易され、豊治が名跡を嗣ぎ、旗本としてこの成羽に戻ってきたというわけです。
御殿は鶴首山北麓に築かれ、東西276m、南北90mの敷地で周りを石垣で囲っていた豪壮な居館でした。正面に東から御作事門、大手門、御庫門があり、外側に外外園、御下馬、的場、労役場、お堀があります。屋敷内は御作場、書院、御庫の三区画になっています。
石垣の積み方は「打ちこみはぎの扇の勾配」に近い積み方と「野面積」の二様となっています。石垣の高さは高い所は390cmで上手の低いところは260cmあります。西の御庫のある石垣が「野面積」で前藩主の水谷勝隆が築造したところで、山崎豊治がこれを引継ぎ広大な規模の御殿としました。諸大名の御殿におとらぬものであり、丸亀城の高石垣を築いた山崎氏らしい御殿です。
御殿跡は現在、成羽小学校、高梁市役所成羽地域局、成羽美術館となっています。
Photo Canon PowerShot G9
H19.11.23
住所: 高梁市成羽町下原
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