大野城(宇美町・太宰府市・大野城市)
日本100名城に指定されている朝鮮式山城・大野城
2008年09月27日
大野城は天智天皇2年(663)、白村江の戦いで唐・新羅軍に大敗したため翌年の天智天皇4(665)年に百済の亡命高官2名の指導により唐、新羅の侵攻に備えて築かれた朝鮮式山城です。北西の水城、南方の基肄(きい)城とともに太宰府政庁を中心とした防衛ラインを形成していました。
大宰府政庁の北に聳える四王寺山中にあり、北は博多湾から南は築後方面を眼下に納める絶好の場所に立地し、雄大な備えを誇る朝鮮式山城で、山の稜線に沿って土塁を巡らし、谷には石垣を築き、その内側に倉庫等の建物を設け、大宰府が危急の場合に逃げ込み、長期間籠城防戦できるしくみになっています
現在、確認されている城内への入口は5箇所あり、食料の備蓄や居住に利用されたと考えられる70棟余りの建物が丘陵を造成した平坦面に残されています。
平成15(2003)年7月の集中豪雨によって山林が崩壊、この土砂災害によって石垣などが甚大な被害を受けましたが、徐々に復旧されたとのことです。
百間石垣、小石垣、主城原礎石群、太宰府口城門などは遺構がよく残っていますが、全部回るのはかなり大変な規模です。
平成18(2006)年4月6日には、日本100名城(86番)に選定されました。
写真上:大宰府口城門(みんカラマップ)
写真下:百間石垣(ホームページURL)
H20.9.7
Photo Canon EOS 5D MarkⅣ
R7.11.24(写真差し替え)
住所: 福岡県糟屋郡宇美町・太宰府市・大野城市
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