観音寺(米原市〔旧山東町〕)
石田三成と羽柴秀吉との出会いの地・観音寺
2008年10月27日
観音寺は、正式には伊富貴山観音護国寺といい、大原観音寺ともいわれる千手観音を本尊とする天台宗の寺院です。仁寿年間(851-854)、律師三修により伊吹山中で創建された古刹です。
弥高・太平・長尾の三ヶ寺とともに伊吹山四ヶ寺の一つでしたが、伊吹山上から正元年間(1259~1260)現在地に移ったといわれています。弘安年間(1278〜88)頃までに寺観が整備されたと伝えられます。当初は法相宗に属していましたが、弘和3(1383)年には天台宗へ改宗しています。
この地は、近江守護佐々木信綱の長子重綱が坂田郡大原庄を与えられ、大原氏を称し重綱とその子孫は、大原判官と呼ばれ、大原氏の歴世中には、観音寺へ寺田のほか領家米、千部経読誦興業料、段銭などの寄進を行いました。
室町時代以降は浅井氏、次いで長浜城主となった羽柴秀吉も寺領を安堵し、江戸時代以降も緒約を免除せられ、領主の庇護を受けてきました。
観音寺は、現在の長浜市石田町、石田三成の出身地とは目と鼻の先にありますが、三成はこの寺で小僧をしていたと伝えられています。
三成が鷹狩りの際に立ち寄った羽柴秀吉に最初にぬるいお茶を一杯、次に少し熱めのお茶を半分くらい、最後に熱いお茶を少々出し、その心遣いにいたく感心したという「三献の茶」の舞台としても有名で、その時に水を汲んだ「石田三成 水汲みの井戸」が残っています。
また、木造伝教大師坐像、本堂、鐘楼、惣門は国指定重要文化財になっています。
H20.10.12
Photo Canon EOS R6 MarkⅢ
R8.6.13(写真差し替え)
住所: 滋賀県米原市朝日1342
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